第32話「抜けている二人」
「――もう、帰るの?」
二人して袋一杯に詰まったぬいぐるみを持つ中、春風さんはどこか寂しそうに僕の顔を見上げてくる。
あれから春風さんが欲しがる物をたくさんとったのだけど、まだ物足りないのかな?
でも、そろそろ空も暗くなってきたし帰らないと姉さんが心配してしまう。
「他にほしい物があったのなら、また今度こようよ。本が完成したらまた時間はできると思うからさ」
今は何よりも本を完成させることを優先しないといけない。
資料候補となる写真もいっぱい撮れたし、もうゲームセンターに時間をさけないからね。
「また今度……うん……!」
どうやら春風さんも納得してくれたようだ。
とりあえず今日のところはもうこのまま帰ることにする。
途中春風さんは岡山駅のすぐ近くにある大型デパートに興味を示していたから、今度はあそこに行くのもありかもしれない。
日本全国で有名なデパートで、その中でも岡山に出来たのは西日本で一番大きいと言われている。
中に入ってるお店では服屋さんがたくさんあるし、ぬいぐるみなども売っていたりするから春風さんも喜びそうだ。
電車の中は帰宅ラッシュと重なってしまったのか、人がかなり多かった。
ギュウギュウと押し合う形になり、目の前にいる春風さんはどこか苦しそうにしている。
僕が立っている位置の背中にはドアがあり、帰宅方面ではこちらのドアは僕たちの駅まで開くことはない。
だから、春風さんと体の位置を入れ替えることにした。
「春風さん、こっちにおいで」
「あっ……」
周りの人たちになるべく迷惑にならないよう気を遣いながら、僕は春風さんの腕を引っ張り、そして自分の体をスライドさせる。
そうすることで、春風さんをドアの位置に行かせることができた。
そして僕は、彼女を押しつぶさないように体に踏ん張りを利かせる。
ギュウギュウと押されるのはとても辛いけど、ニ十分くらいの辛抱だ。
春風さんに苦しい思いをさせないためと考えればこれくらいどうってことない。
「…………」
ふと、春風さんの視線が僕に向いていることに気が付いた。
視線を向けて見れば、ジッと僕の顔を見つめている。
だけど、視線が合った途端慌てたように逸らされてしまった。
もしかしたら、強引に体を入れ替えたらから嫌だったのかな?
そうだとしたら悪いことをしてしまった。
「ありがとう……」
――しかし、春風さんは小さな声で僕にお礼を言ってきた。
見える横顔は赤く染まっており、彼女が嫌がっていたわけではないとわかる。
いや、寧ろこれは……。
「あっ、うん……」
春風さんの表情を見てしまった僕は、そう頷くことしかできなかった。
なんだか顔が熱くなっているような気がするのはなんでだろうか。
よく考えれば春風さんの顔が結構近くにあるし、これで気持ちが高ぶらないほうがおかしいのかもしれない。
春風さんの体からはいい匂いがしているし、変な気持ちになりそうだ。
「「…………」」
ガタゴトと揺れる電車の中、僕たちは無言で立ち尽くす。
時々チラチラと春風さんが僕の顔を見上げてくるけど、彼女の視線が気になった僕が視線を向けるとすぐに逸らされてしまっていた。
ほんのニ十分くらいで着くはずのにもう感覚では一時間くらい経ったかのようだ。
早く着いてほしい、そう思うのと同時に、まだこのままでいたいと思ってしまう自分がいる。
それだけこの時間を惜しいと思っているわけだ。
だけど、やっぱり目的地があって移動している以上、遅かれ早かれこの時間に終わりは来てしまう。
「着いちゃったね」
「うん……」
僕は行く時に乗った駅に着くと、どこか物寂しい思いを抱いた。
声をかけてみた反応を見るに、きっと春風さんも似たような感情を抱いている。
まさか彼女とここまで仲良くなれるとは思わなかったな。
ましてや、こんなにも離れたくないだなんて思うようになるとは思わなかった。
どうやら僕の中ではもう春風さんという存在がなくてはならないような感じになっているらしい。
でも、もう空も暗くなっているため、帰らないと――あれ?
思考を帰る事に切り替えた僕は、あるおかしいことに気付いてしまう。
というのも、なんで春風さんがここにいるのか、ということだ。
「あの、春風さん、どうしているの?」
「えっ?」
僕が声をかけると、『何言ってるのこの人?』とでも言いたげな目を向けられてしまった。
うん、その思考に陥るのはわかる。
先程まで一緒に遊んでいたのだから一緒にいるのは当たり前だと言いたいんだろう。
だけど、そうじゃない。
僕が言いたいのはそういうことじゃないんだ。
今現在いるのは、僕たちが岡山駅に行くために入った駅だ。
そしてその駅は、学校に一番近い駅だったからこそ僕たちは使っている。
普通に聞けばこれだけなら春風さんもここにいるのはおかしくない。
しかし、彼女は本来電車通学だ。
つまり、彼女の家の最寄り駅はここではないため、本来の予定ではあのまま春風さんは電車に乗ったまま帰る予定だった。
それなのにこの子はなぜか僕と一緒に降りてきてしまっている。
「えっと、春風さん電車に乗ってそのまま帰る予定だったんじゃ……」
「えっ? あっ、あぁ……!」
春風さんは一回キョトンッと首を傾げたけど、自分がやらかしていることに気が付いたようで小さく声を上げる。
その表情からは後悔していることがありありと伝わってきた。
「気付かずに降りてきちゃった?」
「う、うん……」
僕の質問に対して気まずそうに目を彷徨わせながら首を縦に振る。
どうしてこうしっかり者に見えてこの子はこうも抜けているんだろう。
……そう思ったけど、よく考えれば僕も忘れていたため人のことを言えなかった。
「電車、三十分後だね……」
「うん……」
僕たちの住んでいるところは田舎に近くて、三十分に一本しか電車が通らない。
車で移動する人が多く、電車を使う人が少ないから本数が都会に比べて大分少ないのだ。
車を運転できない学生の身としてはもっと本数を増やしてほしいけど、これは言っても仕方がないことなんだよね。
春風さん一人残すのも気が引けるし、仕方ないから僕も残っておこう。
「とりあえず、電車が来るまで待っていようか」
「ごめんね……?」
申し訳ないことをしたと思っているのか、春風さんが様子を窺うような感じで上目遣いに謝ってきた。
若干あざといと思ったのは内緒だ。







