第31話「プレゼント」
「あれ、かわいい……」
移動している最中次に春風さんが興味を示したのは、クレーンゲームに格納されている猫のぬいぐるみだった。
まんまるとしたぬいぐるみで、眠たそうな猫の顔は確かにかわいい。
そのぬいぐるみを見つめる春風さんの目は輝いているし、多分ほしいんだろう。
「あのぬいぐるみがほしいんだね?」
「うん。でも……」
「そっか、任せて」
「えっ?」
僕は春風さんの不思議そうな表情を横目にクレーンゲームにコインを入れる。
そして――わずか二百円で、お目当てのぬいぐるみを手に入れることができた。
「わぁ、凄い……!」
隣では春風さんが目を輝かせている。
その表情は子供みたいでとてもかわいかった。
「はい、春風さん」
僕は景品取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、そのまま春風さんに差し出す。
「いいの?」
「もちろん。春風さんにあげるために取ったんだからね」
「ありがとう……」
春風さんは猫のぬいぐるみを受け取ると、ギュッと抱きしめて僕の顔を見つめてきた。
口元までぬいぐるみで隠れるその上目遣いは、男を悩殺しそうなかわいらしさを見せつけている。
僕は照れ臭くなってソッと春風さんから視線を外した。
「クレーンゲーム得意なんだね?」
「あっ、う、うん。そうだね。昔、姉さんに叩き込まれたからかな。あの人普通のゲームはせずに、クレーンゲームばかりする人だったから」
姉さんはゲームセンターのクレーンゲームにしか入ってないお気に入りキャラのグッズを入手するために、時々ゲームセンターへと足を運んでいた。
それに僕も付き添わされて、その際に色々と叩きこまれたのだ。
まぁ高校生になってからは僕が姉さんについていっていた部分もあるけどね。
あの人一人で行くとナンパされたりして大変なようだから。
「笹川君のお姉さんかぁ、やっぱり優しいんだろうね」
「そうだね、凄く優しいよ。怒ったところは見たことないかな」
「そうなんだ。それに、絶対かわいいんだろうなぁ」
うん、確かに姉さんは弟の僕が言うのもなんだけど凄くかわいい。
でも、今の話の流れって僕の姉さんだからかわいいんだろうなって言い方だよね?
その言い方はちょっと嫌だな。
「僕と姉さんはあまり似てないけどね」
「ふ~ん」
うわ、興味なさそう。
というよりも、信じてなさそうだ。
まるで『はいはい』とでも言われているような感じがする。
――と、そんなことを言う前にここに来た目的を果たさないと。
僕はスマホを撮り出し、嬉しそうに猫のぬいぐるみの頭を撫でている春風さんの写真を撮る。
僕の小説のヒロインは春風さんをモデルにしている。
だから、彼女を写真に撮ってイラストの参考資料にしてもらえれば、春風さんもイラストが描けるんじゃないかと考えた。
このゲームセンターも僕の小説のキャラが行く場所だ。
そして優先すべき挿絵の一枚としても決めていたシーンでもある。
きっとここで撮った写真は役に立つだろう。
だけど、春風さんには自然な表情をしてもらわないといけないため、なるべくこのことは隠しておく。
変に意識されると自然な表情は出してもらえないし、嫌がる可能性が高いからね。
もちろんイラストに使ってもらう分さえ選別したら残りの画像は消しておくし、春風さんに話す時は誠心誠意謝るつもりだ。
まぁ、それで春風さんが許してくれるかどうかはまた別の話だけど。
でももう彼女がイメージがつかなくて描けないと言っている以上こうするしかない。
それで怒られるのならもう仕方がないからね。
「春風さん、他にもほしいぬいぐるみある?」
とりあえず、後で怒られてもいいようにご機嫌をとっておくのは一つの手かもしれない。
そう思った僕は彼女にほしいものがないか聞いてみる。
すると、春風さんは別のクレーンゲームを指さした。
「あれ、ほしい」
「へぇ、春風さんって連れモンしてるんだ」
「連れモン?」
「あれ、違うの?」
「うん、あれかわいいって思ったからほしかっただけだけど……」
どうやら僕の早とちりだったようだ。
春風さんが指さしたぬいぐるみは、『連れて歩けるモンスター』という昔からシリーズ化されているゲームのモンスターだった。
アニメ化もされており、昔から子供だけでなく大人も遊んでいたゲームなのだけど、春風さんは知らないらしい。
最近だとネット対戦も主流化していて有名動画サイトでランクマッチなどのゲーム実況も行われてるくらい人気なんだけどな。
まぁ知らないのなら仕方がないね。
そんな連れモンには今や沢山のモンスターがいるのだけど、今回春風さんがほしがったのは、石や育て方によって進化先が変わる特殊なモンスターだった。
愛嬌溢れるモンスターで昔から大人気でもある。
だから春風さんがかわいいと言ってほしがるのも不思議ではなかった。
「春風さんってかわいい物好きなんだね」
「むっ、悪い?」
「うぅん、かわいいと思うよ」
「~~~~~っ!」
あれ、女の子らしくていいと思うって言ったんだけど、なぜか春風さんが僕から顔を背けてしまった。
後ろから見える耳は赤くなってるし、何やらポスポスとぬいぐるみの頭を叩いている。
どうしよう、大丈夫かな?
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
ぷしゅーっと音が聞こえてきそうなくらい顔を真っ赤にしている春風さんは、コクッと小さく頷いた。
全然大丈夫なようには見えないけど、彼女が大丈夫というのなら大丈夫ってことにするしかない。
万が一熱があるようならその時は無理させずに帰るようにしよう。
「じゃああれを取ってくるね」
「う、うん……」
春風さんは急にしおらしくなってしまったけど、嬉しそうに僕の後をついてくる。
彼女がかわいい物好きなら、今日だけでなくまたクレーンゲームをしにきてもいいかもしれない。
僕の場合買うよりもクレーンゲームでとったほうが普通に安くつくからね。
嬉しそうにぬいぐるみを抱いている春風さんを横目に、そんなことを僕は考えるのだった。







