第29話「まさかのデート展開」
「…………」
神代先生に指摘された春風さんはシュンとして黙り込んでしまった。
普段なら描けると言い張りそうだけど、今回は既にやらかしてしまっているため強く出られないんだろう。
だけど先程の言葉は彼女の気持ちを表していて、このシュンとした表情も描いたら駄目と言われてると捉えて落ち込んだとわかる。
別に神代先生は五枚も描いたら駄目だとは言っていない。
ただ、できるかどうかの確認をしただけだ。
春風さんが黙りこんでしまったことできっと春風さんは見栄を張っただけだと神代先生は捉えただろう。
しかし、彼女が乗っている時の描くスピードが速いことと、その作品のクオリティの高さを僕は知っている。
もし彼女を乗せることができれば絶対に作品がいい方向に進む確信があった。
だから僕はリスクを最小限にしながらある提案をする。
「でしたら、優先度の高いイラストを三枚まず仕上げてもらい、まだ余裕がありそうであれば五枚描いて頂くという形でどうでしょうか? これならもし三枚しか描けなくても痛手にはならないと思います」
「笹川君……!」
僕の提案を聞き、嬉しそうに表情を明らめる春風さん。
やっぱり五枚描きたかったようだ。
彼女の嬉しそうな表情を見れただけで僕は提案してよかったと思う。
「全く、笹川君はつくづく春風さんに甘いようですね」
神代先生には僕の提案が甘いと思われたようで、苦笑をされながら溜息をつかれてしまった。
だけど、僕の顔を見る先生の目はとても優しい目をしている。
文句を言いながらも僕の気持ちを受け入れてくれているようだ。
「後はイラストのほうなんですが――うまくいくかはわかりませんが、一つだけ手は思いついています」
ふと思ったことがあった。
春風さんはイラストを描こうとすると、頭からイラストの映像がなくなって描けなくなると。
だったら、模写ならどうだろう?
もちろん二次元キャラのイラスト絵にしてもらう必要はあるけど、大体のイメージさえあれば描ける可能性があると思った。
僕の思い付きはそのイメージになる物を用意するということだ。
「お任せしても大丈夫なのでしょうか?」
「はい。あっ、でも……春風さん、今日から時間を僕にもらえないかな?」
僕は神代先生に頷いた後、春風さんに時間を割いてもらうようにお願いする。
この思い付きには春風さんの協力が必要不可欠というか、彼女がいなければ始まらないからだ。
「えっと、どういうこと?」
状況がうまく呑み込めていないのか、春風さんは不思議そうに僕の顔を見上げる。
「そうだね、とりあえずこの後何も用事がなければちょっと遊びにいかない?」
「えっ!? あ、遊びに!?」
「うん……予定でもあったかな?」
「うぅん、大丈夫……! うん、いける……!」
ちょっと反応が変だったから予定でもあるのかな、と思ったけど、どうやらそんな予定はなかったらしい。
むしろ一生懸命頷いているから遊びに行きたかったようだ。
あまり自分から遊びに行くような子には見えないし、元から興味があったのかもしれないね。
乗り気じゃないより乗り気なほうが絶対にいいため、春風さんが頷いてくれてよかった。
「――全く、この子は……」
しかし、春風さんとは逆に神代先生は頭が痛そうに手で押さえて溜息をついていた。
この子、と言っているけどそれは僕と春風さんいったいどっちなのだろう?
まぁ多分春風さんだよね。
だってさっきから春風さんは色々とやらかしているし、逆に僕は何もやらかしていないのだから。
「まぁいいです。それよりも笹川君、この後行かれるということは制服のままということですよね? 校則で禁じられていない以上問題はありませんが、決して学校の評判を落とすようなことはしないでください」
なんだか諦められたような感じだけど、とりあえず許しはもらえたようだ。
一応注意はされたけど、元々問題になるようなことをするつもりはなかったので問題ない。
春風さんが少々心配なところがあるけど、彼女から目を離さなければ大丈夫だろう。
……うん、なんだかご機嫌でウキウキしているように見えて心配にはなるけど。
「笹川君、責任はとってくださいね?」
「えっ? あっ、はい、もちろんです」
神代先生は心配性なのか問題が起きた場合は責任をとれと言ってきた。
発案者が僕なんだから、言われなくても何か問題が起きればちゃんと僕が責任を取る気ではいる。
わざわざ言われることでもないと思うんだけどな。
「わかってなさそうですね……。まぁ私が口を挟むことでもないですかね。それでは、後はおまかせします」
一瞬物言いたげな目を向けられてしまったけど、何か自己完結したようでもう用はないから後は好きにしろと言われてしまった。
ちょっと先程の目は気になるけど、話を終わらせられたのなら仕方がない。
「はい、失礼します。行こっか、春風さん」
「う、うん……!」
僕が声をかけると、春花さんは嬉しそうに――そして、若干緊張したような面もちで頷いた。
何を緊張しているのだろう?
相変わらずたまによくわからないことがあるよね、この子は。
春風さんの様子に疑問を抱きながらも、僕はそのまま彼女と一緒に職員室を出る。
「――デート、まさかのデート展開……!」
何か後ろで春風さんがぶつぶつ言っているけど、チラッと見た表情はやる気に満ちていたので気にするのはやめた。
きっとこの後のことで挽回しようと意気込んでくれているのだろう。
余計な水を差すことはやめ、僕はこの後のことに思考を切り換えるのだった。







