第28話「怯えとお説教」
「――ふざけないでください!」
神代先生の元に向かった結果、初めて神代先生に怒鳴られてしまった。
この人は怖いけど、今まで怒鳴ったところはほとんど見たことがない。
静かに怒る、そういった人だ。
普段大声を出さない神代先生が怒鳴ったもんだから、職員室にいる先生方みんなが僕たちに注目をする。
なんだなんだ、と野次馬精神豊富な様子だった。
神代先生はコホンッと息を吐くと、場所を移すという意味で僕らに付いてこいとジェスチャーをした。
春風さんは怒鳴られたのが怖かったのか僕の背中に隠れてしまっており、更に怒られるのがわかっているため行きたくないとブルブル首を横に振る。
でもここで行かないと絶対に後でもっと怒られるため、僕は嫌がる彼女の手を引いて神代先生の後を追いかけた。
「それで、いったいどういうことですか?」
普段にも増してお怒りの様子を見せる神代先生。
彼女の視界には僕なんて存在せず、ジッと僕の後ろに隠れて顔だけを覗かす春風さんの顔を見据えていた。
僕は第三者的な扱いになってしまっているため、美人が怒るとどうしてこうも怖いんだろうと考えてしまう。
しかし、春風さんは怯えてしまっていて説明できそうにないので、僕は代わりに説明することにした。
「描こうとするとイメージが頭から消えて描けなくなるらしいんです」
「どうして笹川君が答えるのですか。私は春風さんに聞いています。君は少々過保護すぎますよ」
よかれと思って答えたのだけど、思いっ切り怒られてしまった。
「春風さん、どうしてここまで話してくれなかったのですか?」
神代先生は再び僕から春風さんへと矛先を戻し、ジッと彼女の顔を見つめる。
それに合わせて春風さんが僕の服の袖をギュッと握ってきたんだけど、本当にこの子は怒られるとなると弱いと思う。
優等生だし、今まで怒られたことがほとんどなかったのかもしれない。
だからここまで怯えてしまうんだろう。
「怒られると思って……」
もう怒られるのは避けられないと思ったのか、春風さんは小さな声で正直に答えた。
だけど、その答えを聞いて神代先生は余計に怒ってしまう。
「あなたは小学生ですか!」
「ひうっ――!」
「納期を守る、それは人として当たり前のことであり、イラストレーターとして活動するなら納期の一つも守れなくてどうするのですか!? ましてや怒られるのが嫌だからと報告しない人がありますか!」
怯えて僕の背中に隠れた春風さんに対して、神代先生が余計に大声を上げてしまう。
僕の後ろに隠れられているのだからもう僕が怒鳴られているようなものだ。
余程今回の件は先生の中で許せない物だったらしい。
しかし、春風さんが怯えきってしまっているのを見て、神代先生はふと我に返ったように咳ばらいをする。
そして、極めて優しい声を出した。
「まぁ、いろんなことが重なって守れないこともあるのは確かです。だから、そういう時はちゃんと相手に報告しないといけないのですよ? ある程度なら納期は伸ばしてもらえますから」
やはり、神代先生の根は優しいんだろう。
怯えてしまっている春風さんに対して今度は優しくたしなめるような言い方で注意をした。
それにより春風さんも少しだけ僕の背中から顔を出す。
まるで小動物のような子だ。
「ごめんなさい……」
そして、春風さんはシュンとしながらもちゃんと頭を下げた。
普段の春風さんを見ているとプライドの塊のような子に見えるけど、本当は優しくて素直でいい子だ。
だから自分が悪いとわかっていればこういうふうに謝ることができる。
……まぁ、彼女がエロ写真を撮ってる時に巻き込まれた僕は一度も謝られたことがないけどね。
とまぁそんなことはさておき、春風さんが反省した様子を見せたため神代先生もこれ以上は怒る気はなさそうだ。
「わかって頂ければいいのです。それで笹川君、これからいったいどうしますか?」
プロジェクトと考えるなら既に半分終わりかけているこの状況で、神代先生は僕にどう対応するかを聞いてきた。
これは神代先生に案がないとか、ただ責任をなすりつけられたというわけではないだろう。
今回の事は僕が主流で動かないといけないのと、こういった事態は今後社会人になってからも起きるためその対応力をつけさせたいんだ。
しかし、どうしたらいいんだろう?
春風さんが描けないという以上代役を立てるしかないけど、そうなると春風さんの活動が無意味じゃないと下口先生に証明することができない。
それに残りの納期を考えると依頼を引き受けてくれるような人もいないと思う。
納期さえあれば、お金次第で神代先生のつてでお願いできたかもしれないけどね。
「春風さんは、一応イラストを描きたいって気持ちはあるのかな?」
まず一番大切なのは春風さんの気持ちだ。
そう考えた僕は率直に彼女に聞いてみる。
すると春風さんはコクコクと一生懸命に頷き、描きたいと主張をした。
だったらどうして描かないのですか、と神代先生が小さく呟いたけど、描きたいのと描けないのとではまた違う。
春風さんは描けなくて泣いていたし、今苦しんでいるのは彼女だ。
そしてそれでも描くと言ってくれているのだから、僕はその気持ちを尊重したい。
「まずは挿絵の枚数を減らすのは確定ですね。当初は十枚予定でしたが、半分――いや、三分の一の三枚でいきましょう」
同人誌で出される小説にはイラストが付いていないことも多いと聞く。
それだったら、三枚でも十分だろう。
だけど、これには春風さんが反発した。
「そんな、少ないよ……! 五枚くらいなら描ける……!」
「本当に描けるのですか? 三週間あってまだあなたは一枚も描けてないのですよね? あなたが見栄を張ってできなかった時、笹川君の頑張りすらも無駄にするのですよ? どれだけ彼が頑張って文章力を伸ばしたか、あなたは見てきましたよね?」
神代先生は一応優しい声ではあるけど、厳しい言葉で春風さんに尋ねる。
この様子を見るに、もしかしたら先生は僕が頑張っていたのにその頑張りを無駄にすることを春風さんがしたから、あんなにも怒ったのかもしれない。
意外と目をかけてもらえてるのかな、僕は。







