第26話「クール美少女はやる気十分」
「春風さん、僕の読者だったの?」
コクッ――。
僕がした質問に対して、春風さんは小さく頷く。
そういえば、彼女が文芸部の部室に居座り始めた頃、僕の作品のタイトルを一度見る機会があってその時驚いた声を出していた。
あれは、自分が読んでいた作品だから声を上げたということか。
うわ、ということは僕の妄想じみた内容を全て春風さんに読まれていたってこと?
しかもこの子案外抜けているくせに、僕の小説なんて興味ないふりをしてシレッと僕の隣にいたのか。
春風さんは見た目通り抜け目がなかったらしい。
それはそうと、僕はこれからいったいどんな顔をして彼女の隣にいればいいのか。
普通に考えて、僕が春風さんをモデルにしていたことが気付かれているんじゃないのかな?
……どうしよう、今すぐにここから立ち去りたい。
僕は顔が熱くなるのを感じながらこの場を離れようとする。
しかし、春風さんが僕の腕を放してくれなかった。
「私はこの作品が凄く好き。だから、これを直せば絶対に人気が出ると確信してる」
「春風さん……」
春風さんは自分がモデルにされていることに気が付いていないのか、僕の作品のことを推してくれているらしい。
それはとても意外で、同時に嬉しくもあった。
やはり誰だって、自分の作品を推してもらえたら嬉しい物だ。
「ね、あの作品を出したらいいと思う。――うぅん、あの作品を出してほしい。そして、私にイラストを付けさせて」
春風さんは一度僕の腕を放すと、両手で僕の両手をギュッと握ってきた。
そして上目遣いで僕の目を見つめてくる。
まさか僕が女の子にこんなことをされる日が来るだなんて夢にも思わなかった。
ましてや相手は学校で一番人気の春風さんで、数週間前までなら関わりもしなかったような子だ。
僕は本当に今夢を見ているんじゃないだろうか?
「私も春風さんの意見に賛成です。他の子たちが甘やかすものだから私は言いませんでしたが、私もあなたのその作品のファンですよ」
「神代先生……」
いったいどうしたというのか、今日の神代先生はとても優しい。
いつもの数倍の温かさがあり、なんだか先生というよりも大人のお姉さんという感じだ。
こんなふうに笑みを浮かべていれば本当に大人気だったろうに、もったいないなぁ。
――そんなことを考えていると、ふと背筋が凍るような感覚に襲われた。
そして何か嫌な感じの雰囲気を感じてそちらを見ると、春風さんが凄く物言いたげな目を僕に向けている。
というか、最早睨まれているような目つきだ。
「えっと……?」
「笹川君の、ばか」
「えぇ、どうしたの……?」
先程まで笑顔を向けてくれていたのに、急に頬を膨らませてこちらを睨む春風さんに僕は戸惑ってしまう。
なんだかまた僕の腕を抱き始め、ギュッと自分に押しつけるようなことをしてるし、本当どうしたんだ?
「知らない」
「なんで怒ってるの……?」
「笹川君がばかだから」
「そんな理不尽な……」
よくわからないけど、本当に春風さんは怒ってしまっているらしい。
正直言えば腕を抱かれているのはかなり嬉しいのだけど、こうも拗ねられているんじゃあ話にならない。
どうにか機嫌を直してほしいのに、春風さんは話してくれないし。
僕はどうにか春風さんのご機嫌がとれないか謝ってみるけど、頬を膨らませた春風さんは全然許してくれない。
終いにはプイッとそっぽを向いてしまう始末だ。
駄目だ、手に負えない。
そんなふうに僕が困っている横では、何かを観察するように僕たちを神代先生が見ているのが視界に入る。
そして――。
「先程から気付いていても指摘しないなんて、女の子顔負けのかわいらしい顔をしていながら笹川君はムッツリですね」
と、神代先生が呟いたのが僕の耳に入って、僕は余計に顔が熱くなるのだった。
――結局は、拗ねてしまった春風さんに右手を拘束されたまま、僕は神代先生と今後の打ち合わせをすることになった。
てっきり、買ってくれた人のためにいい小説を書けるようにするだけで、宣伝自体には僕の小説は使われないと思っていたのだけど、神代先生は僕の小説も宣伝に使うらしい。
というのも、僕の作品はブックマークがほとんどついていないため、ちょっとした爆発で一気にブックマークをとれればそれだけでランキングを駆け上がれるとのこと。
それで注目を集めれるようになれば、今度行われる同人即売会に出品する旨と、更なる修正を加えることを伝えるだけで、ファンなら買ってくれる人が出てくるという狙いらしい。
その際に春風さんのイラストが付く事ももちろん宣伝をしましょう、と言ってくれだのけど、締め切りまでの日数を考えると厳しいものになる。
しかもよくよく考えれば春風さんは普通のイラストが書けなかったはずだ。
それなのに締め切りまでに描くことなんてできるのかな?
その答えが気になった僕が尋ねてみると、春風さんは『大丈夫、頑張る』とコクコクと頷いてくれた。
どうやらやる気は十分らしい。
前にエロイラストしか描けないのはモチベーションが上がらないからと言っていたけど、これなら問題はなさそうと見ていいのかもしれないな。
何より彼女が描いてくれないと下口先生との約束も果たせないんだから、彼女が自分から描くと言ってくれている以上信頼して任せよう。
そんな感じで、僕たちは約一ヵ月半後に行われる同人即売会へと向けてスタートした。
やはり神代先生は神代先生だったというのか、文章力を上げる特訓はとても厳しい。
スパルタと言っても過言じゃないくらいチェックは厳しく、そして変な表現の仕方をするとめちゃくちゃ怒られる。
だけどそのおかげで、みるみるうちに自分の腕が上達していることがわかった。
ただ厳しくしているのではなく、僕のためを思ってアドバイスしてくれるからこそ、僕の腕は伸びているんだろう。
それに先生は部費では足りないからとのことで、本の印刷費は肩代わりしてくれると言い、しかも売り上げからかかった費用を引いて残った分は全て部費に当てていいと言ってくれた。
部費が増えればラノベとかも資料として買えるし、僕も春風さんも素直に嬉しい。
それだけでも凄く嬉しかったのに、先生は当日会場に車で乗せていってくれると言ってくれた。
今まで怖い先生だと思っていたのが嘘かのように優しい人だ。
神代先生が顧問で心からよかったと思う。







