第23話「オタク特有の――」
「どうしてそんなことを神代先生が知っているのですか?」
同じ疑問を抱いたのか、下口先生は怪訝そうに神代先生の顔を見る。
そんな下口先生に対して、神代先生は一切感情を読み取らせない無表情で驚きの事実を口にした。
「公務員は副業禁止ということで引退をしてしまいましたが、私は大学生時代にプロ作家として活動をしていたからです。その頃には所謂ライトノベルというジャンルの作品を出したこともあります。ですから、そういったプロのイラストレーターの方たちの活動に理解があるのです」
神代先生がプロ作家だった、そんなことは僕も知らなった。
だからか、姉さんがよく神代先生と話していたのは。
「神代先生が作家だった……? T大に通っていた神代先生が……?」
「何も驚きのことはありません。勉強が全て、その考えは古いものだと私は思います。実際、学生時代に勉強しかやっていなかった人は、社会人になってから苦労をし、また、そういう社員に対して嘆く会社側の声もお聞きします。今は一つのことに特化する人間ではなく、両立できる人間が求められる時代になっています。その点を見れば、勉強と絵描きという活動を両立している春風さんはとても素晴らしい生徒だと思いますよ」
どうやら神代先生は防御から攻勢へと切り替えたようだ。
春風さんの活動をくだらないと思っている下口先生の考えを覆そうとしているんだと思う。
下口先生は学力だけで相手を判断するような人であり、そんな考えはもうとっくに古いものだ。
そこに神代先生は勝機を見出している。
そして春風さん。
褒められるのが嬉しいのはわかるけど、そんな力強くグイグイと服の袖を引っ張らないでほしい。
服が破れちゃうよ。
「し、しかしですね、神代先生。折角勉強ができる生徒にみすみすよそ見をさせるわけには――」
「勉強とこういった活動は両立できます。実際、去年在籍をしていた笹川君のお姉さん――笹川織姫さんは、才女と呼ばれるくらいの学力を誇りながら、プロの作家としても活動をしていましたよね? 小説家とイラストレーターという違いはあれど、費やす時間はどちらも多大なものです。ましてや織姫さんは県トップの大学、O大に首席入学しています。それが勉強と活動を両立できる何よりの証拠だと、私は思いますが?」
姉さんは学力だけでなく、文学にも秀でた人だ。
僕が活動している小説サイトで載せていた作品にファンが大量につき、高校時代に出版社から打診を受けてそれからプロ作家になっている。
今現在も、勉強と作家活動を両立していて、どちらでも優秀な成績を残している。
確かにその事実を見れば勉強と活動は両立できるものであり、勉強を理由に春風さんの活動を止めることはできない。
そして、勉強と活動の両立ができれば、勉強だけできるよりも春風さんの価値は上がる。
企業や大学は学力だけでなく、部活動の成績でも学生を評価しているからだ。
ただ、僕が今気になったのはそんなことじゃない。
いつの間にか、神代先生の捲くし立てるような話し方によって、話題がすり替えられていることだ。
元々は春風さんがエロイラストを描くことに対して問題視されていたのに、今では春風さんが勉強以外のことをしていることに関して問題があるかどうかの話し合いになっている。
きっとこれは、下口先生が生徒を学力で判断していることが一番の要因になっているのだろう。
結局下口先生は春風さんの学力に価値を見出しており、その妨げとなりそうな障害を除去したかったのだ。
その一因として、彼女が居座り始めた文芸部を排除しておきたかったんだと思える。
「で、ですが、それでは春風さんは何か絵描きとして評価に値する結果を残せているのですか? そうでないのであれば無駄な活動だと私は思いますが……」
反論の余地を見出せなかったのか、苦しそうにしながら下口先生は酷いことを言い始めた。
結果が全て、確かに部活動なのでよく聞く言葉だ。
しかし、時には結果以上に過程が大事なこともある。
ましてや春風さんの場合は絵描きとしての活動だ。
プロにならない以上、結果としては分かりづらいものになる。
下口先生が相手だと、描かれいてるイラストで技術の高さを説明したりしても無駄だろうしね。
「そ、それに、笹川君のほうはどうなのですか? 成績が優秀な生徒として笹川君の名前を聞いたことはありませんし、そもそも文芸部を廃部にするという話だったはずです。目立った成績を残せておりませんし、こんなことをしている文芸部は必要ありませんと私は思いますね」
いらないことを思い出すな……と思ったけど、どうせ後から思い出した時に掘り返されることだ。
ここであげられたのは、神代先生が味方についているこの状況ならむしろよかったかもしれない。
それだけ味方についてくれた神代先生は頼もしかった。
「わかりました、それでは結果で彼らの活動が意味あるものだと示しましょう」
神代先生も下口先生のその言葉を待っていたのか、珍しくもニヤッと笑みを浮かべた後、パンッと手を叩いて結果で示すと答えた。
もう既に彼女の中でシナリオは出来上がっていたようだ。
「丁度今年から六月の半ば頃に、大きな同人即売会が開かれることになっております。小説だけでなくコミックなども売り出されますが、知り合いから出店枠が余っているから誰か紹介してほしいと頼まれていますので、笹川君たちが作った作品をそこで出店致しましょう」
「出店……そこでいったい何冊売れたら、結果を出したことにするつもりですか?」
「百冊でいきましょう」
「たった百冊ですか……?」
「言っておきますが、夏と冬に開かれる日本最大級の同人即売会で、壁サークル――所謂人気グループも多く参加する催しです。ましてや同人即売会など、知名度がなければ一、二冊しか売れないことだって珍しくありません。そんな中で、初めて作品を出す素人の小説が百冊も売れる――これは相当な快挙ですよ?」
百冊を馬鹿にしたような発言をした下口先生に若干怒りの色を瞳に宿しながら神代先生が捲くし立てる。
この先生、クールで真面目そうに見えてかなりのオタクな気がするのは僕だけだろうか?
少なくともオタク特有の自分が好きな物を馬鹿にされるのは許されないという気持ちが見えた。







