第22話「美人眼鏡教師は意外と優しい」
「廃部を取り消してほしい、だと?」
僕と春風さんが反抗したのが気に入らなかったのか、下口先生は人差し指で眼鏡の位置をクイッと調整すると、ほぼ睨んでいるような目を僕たちに向けてきた。
春風さんはそれが怖かったのか、スッと僕の背中へと隠れる。
普段はわざと冷たく演じてるだけで、結構気が弱いんだよね、彼女は。
顔だけ僕の背中から出して下口先生を物言いたげに見つめているけど、仔犬が懸命に威嚇しているようにしか見えなかった。
「卑猥な活動しかしていない部を残す必要はない」
下口先生は自分を睨んでいる春風さんの相手をするかどうか悩んだ後、何事もなかったかのように僕の目を見て却下ということを言ってきた。
春風さんを無視したのは触れぬが吉と判断したようだ。
「卑猥な活動だなんて……」
「していないと言うのか? ん?」
僕が否定をしようとすると、下口先生がペンタブレットの画面を見せつけてきた。
確かにこれを出されると否定はできない。
「むぅ……」
僕の背中では春風さんが不満そうに頬を膨らませている。
自分のイラストが卑猥だと、馬鹿にされるような言い方をされているのが気に入らないんだろう。
クイクイと僕の服の袖を引っ張ってきているのは、僕に抗議をしろと言ってきているのかな?
――いや、さすがにエロイラストに関しては何も言えないんだけど。
僕は後ろから不満げに服を引っ張ってくる春風さんと、前から怖い顔で威圧してくる下口先生に挟まれ困ってしまった。
すると、思わぬところから助けの声が聞こえてきた。
「下口先生、安易に卑猥な活動と評されるのはどうかと思います」
そう発言をしたのは、学校で一番怖いと言われている神代先生だった。
「神代先生……?」
さすがのこれには下口先生も驚きを隠せない。
というか、僕も驚きだった。
まさか神代先生が僕たち側に付いてくれるだなんて思わなかったからだ。
「彼らはまじめに部活動をしています。それは顧問である私が保証しますよ」
「しかしですね、神代先生。実際にこういうシロモノが出てきているわけなんですよ。これについてどう説明をなさいますか? 元々文芸部は部員が一人しかいなかったので廃部にするつもりだったのに、神代先生がどうしてもと言うから残していたのです。それがこの現状ですが……あなたの監督責任でもあるのですよ?」
下口先生も神代先生が怖いのか、若干顔色を窺うような様子を見せながらも春風さんのエロイラストを突き出す。
最後の責めるような言い方は、もしかしたらこの機会に立場を逆転しようとしているのかもしれない。
年齢や役職としての立場では圧倒的に下口先生のほうが上なのに、神代先生の纏う雰囲気がそうさせるのか、それとも彼女の有能さがそう思わせているのか。
そういえば確か、神代先生は日本で一番と言われるT大卒の教師だったか。
だから特別視されているのかもしれない。
……それにしても、まさか神代先生が文芸部のことを庇ってくれていただなんて知らなかった。
今まで廃部の話が上がっているということもされたことがないし、冷たい印象があるからすっぱりと見捨てるような人だと思っていた。
意外と神代先生は優しかったみたいだね。
そりゃあそうか、あの姉さんと仲が良かったんだ。
悪い人のはずがない。
僕は神代先生に心の中で感謝しつつ、先生方の会話に口を挟めるはずがなく、ギュッと僕の服の袖を握る春風さんと共に黙って見届けることにする。
だけど、正直神代先生のほうが圧倒的に分が悪い。
どんな理由があろうと、十八禁であるエロイラストを高校生が描く事は公に認められない。
それが教師ともなれば余計にだ。
しかし、神代先生には焦った様子が一切なかった。
落ち着き払っており、ジッと下口先生を見つめている。
それだけで下口先生は半歩下がってしまった。
「何事も経験、という言葉があるように、春風さんは今新しい挑戦をしているのです」
「と言いますと……?」
「彼女はそのイラストからわかるように、絵描きとしてとても素晴らしい才能を持っています。ですが、絵描きは技術だけでなく時にはシチュエーションを考えるなどの発想力も必要になります。だからこそ春風さんは、本来なら自分が一生触れる事もないような、エロイラストに挑戦をしているのです」
神代先生の言葉を聞き、僕は春風さんに視線を向ける。
しかし、僕の視線に気付いた彼女は先生方に気付かれないよう小さく首を横に振った。
うん、念のため確認したかっただけだけど、やっぱり春風さんはエロイラストを描いていることを神代先生に話していない。
いや、それどころかイラストを描いていること自体話していなかっただろう。
ということは、神代先生は先程知ったばかりなのにもかかわらずこんな話を考えたというわけか。
やはり頭の回転は速いのだろう。
「知っていた、ということですか? それではどうして先程生徒たちが来るまでに説明をしてくれなかったのですか?」
「本人たちがいるところで話したほうが話が早いでしょう。それに、私を呼ぶとほぼ同時に彼らを呼び出されてしまったので、説明をする時間もありませんでしたしね」
おそらく下口先生はあのエロイラストを見つけて頭に血が上ってしまい、職員室に戻るなりすぐに神代先生を呼び、新人である女教師にアナウンスで僕らを呼ぶように指示したんだろう。
春風さんのことは知っていたみたいだから、文芸部の部員は誰かと神代先生に聞いて僕を呼び出した感じか。
「確かにそうですが……しかし、それはそうとしてもどうしてこんなものを描くことを止めなかったのですか? 教師としては止めるのが筋でしょう」
下口先生は自分に分が悪いとわかるなりすぐに話の中心を変えた。
「確かに本来ならそうでしょう。ですが、私は彼女の才能に蓋をしたくはありません。それに、彼女に必要だと感じましたので、許すことにしました。実際、プロのイラストレーターとして活動をする方々は、普通のイラストだけでなくエロイラストも多く手掛けますからね」
確かに神代先生の言う通り、イラストレーターさんがSNSで上げている画像を見ればエロイラストがあることは珍しくない。
やはりそちらの需要も一定以上にあるからだろう。
ただ、よくそれを神代先生のような堅物そうな人が知っているな、と思った。
絶対興味がなさそうだし、ラノベすら読まない人に見えるのにね。







