第21話「廃部」
「あっ、それは……」
まさかペンタブレットを持ち出されるとは思っておらず、春風さんは言葉が出てこない様子。
そもそもどうして春風さんのペンタブレットを下口先生が持っているかということなのだけど、教室にペンタブレットを持っていくわけにはいかない春風さんが文芸部の部室に置いていたところを見つかってしまったんだろう。
それにしても、普段文芸部とは関係がない下口先生に見つかってしまうとは……。
部員でもない春風さんが文芸部の部室に頻繁に訪れていたことで目を付けられていたのかな?
「全く君は……まだ高校生だろ? なのにどうしてこんなイラストなんかを描いているんだ。それに君は我が校を代表する子なんだ、こんな部員も一人しかいない部活で油を売られるのも困るというのに、こんなイラストなんかにうつつを抜かして……」
下口先生は頭が痛そうに手で頭を抑えながら、若干馬鹿にしている感情が入り混じった態度で溜息をついた。
それを見て春風さんがムッとするけど、ここで突っかかっても何もいいことはないため、僕はソッと手を握って何も言わないように制止する。
いきなり掴まれたからか少し驚いたように春風さんが僕の顔を見てきたけど、僕は首を横に振って駄目だよということを伝えた。
すると春風さんは納得してくれたのか、コクリと頷いて僕から視線を外す。
その表情はどこか照れ臭そうだった。
「この子たちは私の話を聞いておるのかね、神代先生」
春風さんとやり取りをしてすぐ、何やら凄く物言いたげな表情で下口先生が僕たちを見ていた。
その横では神代先生が厳しい表情で僕たちを見ている。
「笹川君、事の重大さがわかっていますか?」
「は、はい」
なんで僕が――と少しは思わなくないけど、事は文芸部の部室で起きており、ましてや文芸部員でもない春風さんの滞在を部長である僕が容認している。
そこで問題が起きたのであれば、当然責任は僕にあるというわけだ。
「だったらいちゃつくのをやめなさい」
「い、いちゃついてなんて……」
絶対にいちゃついてなんていないのに、なぜか言い掛かりをつけられてしまった。
さすがにこれには文句を言ってもいい気がする。
……でも、神代先生が相手なので文句なんて言えるはずがないのだけど。
「正直こんなものを部室で描いていただなんて、謹慎処分を言い渡さずにはいられない」
「「そ、そんな……!」」
下口先生の口から謹慎という言葉を聞き、僕と春風さんの声が重なる。
確かに十八歳を迎えていない春風さんがエロイラストを描いていたのは問題だし、本来持ち込んではいけないペンタブレットを持ち込んでいることも問題だ。
しかし、それでも謹慎処分なんて重いと思った。
「だが、春風さんはうちの学校にとってとても大事な生徒だ。彼女には偏差値が高い大学に入ってもらわねば困るため、間違っても傷物にするわけにはいかない」
どうやら下口先生は本気で謹慎処分を言い渡すつもりはないらしい。
春風さんがいい大学に入ればこの学校の宣伝になるため、謹慎で春風さんの評価が下がることを避けたいというわけか。
だけど、そうなるとどんな罰が待ってるんだ?
嫌な予感しない。
「そうだな、この文芸部を廃部にするか」
それは、あまりにも唐突に出された提案。
誰一人として意見を聞かず、完全に思い付きで言われている言葉だった。
「ど、どうして廃部にされないといけないのですか?」
さすがに廃部と言われて黙っているわけにはいかず、僕は意を決して聞いてみる。
「文芸部は君一人だけだろ? 部として認められるのは五人以上所属する部活動のみだ」
確かにそれは生徒手帳にも書かれていることだ。
だけど、それは新たに部活を発足する時のルールじゃないだろうか?
今まで神代先生にさえ駄目とは言われてなかったのに。
「もちろん一人しかいない部でも、何かしらの成績を出していれば問題はない。しかし、この文芸部に実績などなかったよな?」
よくご存じなことだ。
先生の言う通り、文芸部に実績なんて存在しやしない。
いつも自分たちが書いた小説に対して意見を交わすだけだった部で、コンテストに出すことなんてなかったからだ。
去年でさえそうなんだ、僕一人だけとなっている今の文芸部で何か賞に応募する事なんてできるはずもない。
……廃部はいくらなんでも酷いとは思うけど、部員が足りていないのは僕の怠慢が招いた結果であり、部室を本来与えられた目的とは違う使い方をしていたのも僕らだ。
それで罰を受けるのは仕方がない。
それに僕がやっていることはただ小説を書いてWeb小説サイトに載せているだけなのだから、別に部活じゃなくても家でできることだ。
ここで反発をして春風さんが何か罰を受けるよりも、文芸部がなくなったほうがいい。
――そう思ったのだけど、ふと、エロイラストやラノベについて笑顔で語る春風さんの顔が頭を過った。
文芸部がなくなってしまうということは、もう春風さんと関わることがなくなってしまうかもしれない。
そう考えたらなぜか急激に胸が締め付けられる感覚に襲われた。
……うん、つまりそういうことなんだ。
僕はここで春風さんとの関係を終わらせたくない。
だったら、やるべきことは一つだ。
「あの――」
廃部を考え直してください。
僕はそう言おうとした。
しかし、僕がそれを言葉にする前に、手を繋いでいた春風さんが僕の前に体を出してしまった。
「廃部なんて……そんなの駄目です!」
春風さんは今までで聞いたこともないほどの大きな声を出して文芸部の廃部に異議を唱えてくれた。
正直彼女が廃部に対して反対してくれるとは思ってなかったので驚いたけど、春風さんも放課後の時間を大切に思ってくれていたのかもしれない。
そう考えると、僕は彼女に背中を後押ししてもらった気持ちになった。
「下口先生、勝手を承知の上でお願いがございます。文芸部は僕にとって大切な場所ですので、廃部を取り消してください。お願いします」
僕は深く頭を下げ、下口先生にお願いをする。
このままみすみす文芸部を廃部にされたくはない。
例えどれだけ怒られたとしても、なんとか食い下がってみよう。
僕は不機嫌そうに舌打ちをする下口先生の言葉を待ちながら、ソッと心の中で意思を固めた。







