第17話「鈴花の気持ち」
「――じゃ、また明日。ばいばい春風さん」
いつもの別れ道に着くと、笹川君は男の子とは思えないかわいらしい笑みを浮かべて私に手を振ってくる。
本当に女の子なんじゃないかと思うような笑顔で、というか今でもちょっぴり男装疑惑を持っていた。
なんせ笹川君は、女の子顔負けくらいにとてもかわいいから。
実際、入学当初は何人もの男の子が彼に注目していたらしいし。
男だと知ったことでみんな大ショックを受けたみたいね。
女の子たちは笹川君をネタに妄想を膨らませている子が多い。
攻め役となる男の子は人によって違うみたいだけど、受け役として想像するのはみんな笹川君みたいなの。
本当女の子はこういうことが好きだと思う。
まぁこれらは全て、女子更衣室などで女の子が話していることを聞いて得た情報なんだけどね。
必要なことがあれば話をするけど、こんな雑談を私にしてくるような子はいない。
なんせ、私が冷たく突き放してしまっているから。
少なくとも近寄ってくるなオーラを全開に出している。
そうしないと、また私はやりすぎてしまうから。
「どうかしたの?」
昔のことを思い出してしまい固まっていると、笹川君が不思議そうに小首を傾げて私のことを見てきた。
何そのかわいらしく傾げる首は?
やっぱり君は女の子じゃないの?
と言いたくなったけど、笹川君は女の子扱いされるのが嫌なようなので私はグッと我慢する。
そして首を横に振り、誤魔化すために口を開いた。
「うぅん、なんでもない。さよなら、笹川君」
「あっ、うん……」
笹川君は戸惑ったような表情を浮かべたけど、今は気分が晴れなかったから私は気付かなかったふりをしてそのまま帰路についた。
一人で帰るようになった途端、物寂しい思いに襲われる。
先程までは笹川君が隣にいて楽しく会話をしていたせいだ。
楽しく話をしていたのに、急に一人になれば寂しくなって当たり前。
ほんと、どうして笹川君は電車登校じゃないんだろう。
電車登校ならまだ話せていたのにね。
私は一人になった寂しさからぶつぶつ心の中でだけ文句を言う。
口に出すと独り言になってしまい、周りから変なふうに思われるから言葉にはしないの。
――それにしても、世の中って意外に狭いんだよね。
私は立ち止まり、鞄からスマホを取り出してお気に入りの小説サイトを開いた。
そしてブックマーク登録をしているある作品のページを開く。
そこには、『文』という作者名が書かれていた。
私が大好きな作品の作者さんの名前だ。
一年前、『銀髪クーデレ美少女は今日もかわいい』というタイトルに惹かれて私はこの作品を読み始めた。
とはいっても、正直タイトルは駄目駄目だと思う。
これだとタイトルが何よりも大事なWeb小説では読む人の気を引けないからね。
だけど、私は自分が銀髪なことと、クーデレやかわいいというワードに惹かれてつい読んでしまったの。
どうして惹かれたかはあえて言わない。
だって、自分で言うのはとても恥ずかしいから。
話を読んでみた率直な感想は、素人が書いてる物だなって感じだった。
文章は拙いし、終わりに『~だった』などを多用し過ぎてる。
他にも気になる点は色々とあった。
だけど――不思議と、小説の続きが気になり読まずにはいられなかった。
そして作品は話数が増えるたびに面白くなっていく。
最近では珍しくなった、尻上がりに面白さを持ってくるやり方を彼は取っていたからだ。
今はもうそのやり方は古い。
最初から爽快感などがないと読者はその話で読むのをやめてしまい、その後の話でどれだけ面白くなろうと読んでもらえなければわかってもらえないからね。
でも、彼の話は序盤でも目を放せなくなるような、不思議と物語に没頭させられる面白さがあった。
書き方としては尻上がりに面白くしようとしているのがわかる書き方なのに、序盤から既に面白い。
そんな作品は今まで読んできた中でも滅多になかった。
文章力がないのが惜しいと思ってしまうくらいに内容は面白いの。
きっと書籍にしてもらえれば一冊分くらいは最後まで読んでもらえることが多いから、面白さをみんなにわかってもらえるような作品だと個人的には思ってる。
何より、今は折角読んでもらえても文章力がなくてまともに読まず切り捨てている読者が多そうだから、これで文章力が付いたら絶対に人気作になると思っていた。
そんなふうに思うくらいに私はこの作品にハマっている。
そしてその作者さんが、実は同じ学校にいる同級生だと知ってとても胸が躍った。
本当は私の作品自慢をするために笹川君の元を訪れたのに、彼が文先生だと知ってもっと彼のことを知りたいと思ってしまった。
だって、言い方を変えれば憧れの人でもあったから。
だから私はもっと文先生と仲良くなりたくて、通学路で彼を待ってみたり、お昼休みに呼びに行ったりしてる。
最初は興奮から気持ちを抑えられずに行動してしまったというのが正直なところなのだけど、我に返ってやりすぎたと思っていた私に対して笹川君はとても優しい表情を向けてくれていた。
迷惑なんて思っていない表情で、戸惑いはあるけど嬉しさも感じられるような優しい笑顔だったの。
笹川君って私が付きまとっても全然嫌な顔をしない。
きっと顔だけじゃなく根から優しい人なんだ。
それに今日だって、身をていして私の体を庇ってくれたし……。
私は文芸部の部室で体勢を崩して椅子から落ちた時のことを思い出す。
その時笹川君は私の腕を引っ張って体を持ち上げてようとしたけど、勢いのせいで持ち上げられないとわかるとすぐに私の体の下に自分の体を滑らせてクッションになってくれた。
そんなことを咄嗟にできる男の子なんてそうそう居ないと思う。
「かっこよかったなぁ……」
あの時のことを思い返して、無意識にボソッと出てしまった言葉。
自分が何を言ったのか理解した途端私の顔は物凄く熱くなった。
「な、何を言ってるの、私は……! そ、それに笹川君えっちだったし、絶対そんなことない……!」
一瞬頭を過りそうになった言葉を私はブンブンと首を横に振って振り払う。
まさか、たった一回助けてもらっただけで――うぅん、私はそんな軽い女じゃない。
そ、そう、決して助けてもらったからって意識したりとかしないの。
笹川君とは一緒にいて楽しいし、もっと話していたいと思うけど、それは友達としてだからね……!
決して、異性として意識してるわけじゃないんだから……!
私はいったい誰に言い訳をしているのか。
そんなことがわからないくらいに必死に自分の胸の中で言葉を連ねた。
だけど、少しして落ち着くとやっぱり今日のことはもう一度ちゃんとお礼を言っておこうと思った。
今まで友達を遠ざけていたけど、笹川君なら仲良くできると思うから。
こういう時にちゃんとお礼が言えなければ友達じゃない。
それに相手は文先生でもある。
正直もっともっと仲良くしたかった。
また明日話せると思うと、それだけで胸が躍る。
明日が来るのがもう既に待ち遠しかった。
ほんと、早く明日が来てくれればいいのに。
『――ちょっと、いつも付きまとってきてうざい』
「――っ!」
突然、頭に過った言葉。
一番の仲良しだと思っていた子から言われた、とてもショックだった言葉だ。
……そっか、そうだよね。
仲良しになれると思って調子に乗りすぎたら駄目なんだ。
このままだと、また昔と同じことを繰り返すところだった。
私が楽しくて仲良しだと思っていても、相手が同じ考えでいてくれるとは限らない。
だから私は友達と関わるのが怖くなって自分から遠ざけるようになったんだ。
それは相手が笹川君だって変わらないんだよね。
何を調子に乗ってたんだろう、私は……。
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