第16話「ラッキースケベとちょろい彼女」
「いたっ――くない……?」
僕たちが倒れてすぐに聞こえてきたのは、襲ってくるはずだった痛みが襲ってこなかったことで戸惑っている春風さんの声。
きっちり僕は彼女の体の下に自分の体を滑り込ませることができたようだ。
その代わり、僕は彼女に押しつぶされて痛いのだけど。
特に顔が痛い。
思いっ切り骨にぶつかったようなのだけど、僕の顔はいったいどこにぶつかってるんだ。
「あっ……笹川君が庇ってくれ――っ!」
僕が痛みに思考を巡らせていると、春風さんの体が僕の上から離れていった。
僕を押しつぶしていることに気が付いてすぐにどけてくれたのかもしれない。
しかし、僕から離れていった春風さんはお礼を言ってくるどころか凄く物言いたげな目で僕の顔を見つめてきた。
顔を赤らめながら若干睨まれているような気もする。
そしてなぜか自身の胸に両手を当てて隠すようにしてるのだけど、これはまさかあれかな?
僕はラブコメで定番なラッキースケベに遭ってしまった?
でも、とても固い感触というかほぼ骨だったと思うんだけど、本当にそうなの……?
春風さんが僕の顔を睨んでいる理由を察した僕は戸惑いを隠せなかった。
というか無理矢理そちらに思考を向けている部分もある。
だって、きちんと状況を理解すると顔が熱くなるような思いをするだろうから。
「笹川君のえっち……」
「不可抗力だったのですが」
「すけべ」
春風さんは余程怒っているのか、顔を赤く染めながらジト目で僕のことを罵ってくる。
そちらの性癖がある人ならご褒美だと喜びそうな表情だ。
だけど僕にはそんな特殊な性癖はないため早急にやめてもらいたい。
「本当に誤解だって」
「…………」
うわぁ、全然許してくれない。
黙り込んでジト目で僕の顔を睨むように見つめている。
本当に事故なんだけどなぁ。
どうしたら許してくれるんだろう?
困った僕は春風さんから視線を外し、辺りを見回してみる。
すると、先程買ってきたいちごミルクが視界に入った。
うん、卑怯かもしれないけどこれで機嫌を直してもらおう。
「ごめん春風さん。それはそうと、飲み物を買ってきたんだけど一緒に飲まない?」
「あっ、いちごミルク……!」
いちごミルクの缶を差し出すと、春風さんの目が輝き始めた。
相変わらずいちごミルクが大好きなようだ。
「――やっぱり優しい……」
「えっ?」
「うぅん、なんでもない」
何か春風さんが呟いた気がしたのだけど、聞いてみても首を横に振られてしまった。
どうやら空耳だったらしい。
だけどいちごミルクの効果はてきめんだったのか、いちごミルクを受け取った後春風さんはご機嫌な様子で椅子に座る。
もう先程の件に関しては不満がないようだ。
「あっ、お金」
「いいよ別に。今回はおごり」
「でも……」
「気にしないで、僕が勝手に買ってきた物だから」
「そっか、ありがとう」
春風さんはお礼を言った後嬉しそうにいちごミルクを飲み始める。
普段のクールな表情ではなく、年相応の女の子のようなかわいらしい笑みを浮かべて両手で持っている缶に口を付けていた。
かわいい。
そう思わずにはいられなかった。
だけど、見られていても春風さんはいい気がしないだろうし、僕は自分が買ってきたコーヒーに口を付ける。
口いっぱいに広がる苦みは不思議と癖になる味。
僕はコーヒーの中でも無糖が好きなんだよね。
逆に砂糖が入るとちょっと苦手かもしれない。
「ブラック……大人……」
「ん?」
「なんでもない」
視線を感じたから視線を向けてみると、なぜか僕のほうを見ていた春風さんがプイッとソッポを向いてしまった。
なんだろ、怒らせることなんて何一つ言ってないと思うんだけど。
まさかいちごミルクを口にすることができたから、また先程のことを思い出して盛り返そうとしているのかな?
うわぁ、それは困るな。
先程のことは濡れ衣だったのに怒られるのはかなわないよ。
話全然聞いてくれなかったしさ。
先に何か手を打つべきか、そう思考を巡らせる僕だけど何か言う前に春風さんの口のほうが先に動いた。
「ありがとう……」
「えっ?」
「ありがとうって言ったの」
上手く聞き取れずに尋ね返すと、若干吐き捨てるようにお礼を言われた。
いちごミルクを奢った時は全然声色が違う『ありがとう』だ。
感謝どころか怒ってるんじゃないかと思ってしまう。
「何に関して?」
「さっき、身をていして庇ってくれたこと」
「あっ、状況を理解してたんだ」
「うん、当たり前」
「だったら怒らないでほしかったんだけど……」
「そ、それとこれとは別だと思うの……! だって笹川君、私のむ――大切な部分に顔を埋めていたんだよ……!? 女の子として怒って当然じゃない……!」
うん、今この子思いっ切り言い直したね。
やっぱり僕の顔が当たっていたのは春風さんの胸だったんだ。
うわぁ、思い出すと顔が急に熱くなってきた。
こんな経験初めてだよ。
……でも、一つ言わせてほしいんだけど胸ってあんなに固い物なの?
もっと柔らかい物だと思ってたのに、ほぼ骨みたいな感触だったよ?
いったいどうして――あっ。
僕はふと春風さんのことを見て考えるのをやめる。
どうして柔らかい感触ではなく、骨にぶつかったような感触だったのかを春風さんを見たことでわかったからだ。
世間一般では胸は一括りにされるけど、大きさなどで細かく分けることもできる。
そしてそれは、人によって大きさが違うから生まれるものなのだ。
また、当然大きさによってクッション性にも差は生まれてしまう。
――そう、彼女はまな板だったのだ。
「なんだろ、今凄く笹川君のイラストの続きを描きたくなったんだけど」
目の動き、もしくは向けられている視線からか、それともこの状況からかはわからないけど、僕が彼女のことをどう評したのかを察したようだ。
もしかしたらこれが女の勘という奴なのかもしれない。
というか目が怖いんだけど、春風さん。
他の子たちがいる時の冷たいほうのクールモードになってるじゃないか。
「いや、うん、ごめん。僕が悪かったから本当にやめてください」
このままだと本当にイラストの続きを描き始めかねないと判断した僕は、早々に頭を下げて許しを乞うのだった。
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