第13話「眼鏡美人は唐突に」
でも、それを差し引いても春風さんと一緒にいるのは楽しかった。
みんながいるところでは素っ気なくて冷たい態度は変わらないのだけど、二人きりになると途端にかわいらしい笑顔を見せてくれる。
正直それだけで僕の胸は高鳴っていた。
――だけど、春風さんは文芸部の部員じゃない。
そんな彼女が毎日のように放課後文芸部の部室に顔を出しているともなれば、ある問題が起きるのは必然だった。
コンコンコン――。
いつものように春風さんとラノベの話で盛り上がっていたある日、突然部室のドアが誰かの手によってノックをされた。
第三者が現れたということで春風さんの雰囲気は途端にクールなものになり、いったい誰が来たのかと言いたげな表情で部室のドアを見つめる。
しかし僕にはノックをした人物に心当たりがあり、慌てて小声で春風さんに声をかけた。
「春風さん、急いでペンタブレットをしまって」
「わかった」
春風さんは素直に僕の指示に従ってペンタブレットを鞄の中へとしまう。
ちゃんと自分が持ってきてはいけない物を持ってきているという自覚はあるらしい。
春風さんが素直に言う事を聞いてくれたことに安堵し、僕は部室のドアを開けに行った。
ドアを開けた先に立っていたのは、無表情で感情が読めない眼鏡美人。
文芸部の顧問である神代先生だ。
「部活動に励んでいますか、笹川君?」
目が合って開口一番、神代先生にしては珍しい質問をしてきた。
こんなこと入部して以来一度も聞かれたことがない。
なんだか嫌な予感がする。
「はい、頑張ってます」
「そうですか、それは結構です。ところで――どうして、文芸部の部員ではない春風さんがここにいるのでしょうか?」
神代先生は冷たい目をして僕から視線を春風さんへと移す。
おそらくだけど、春風さんがここにいると知ってて神代先生は来たんだと思う。
それにこの様子、注意をしにきたということなんだろう。
今日たまたま来ていただけと言っても通じないはずだ。
最近だと春風さんがここに来ていることは結構噂になっているし、先生の耳にも届いていると考えるべきだと思う。
下手な言い訳は先生を完全に敵に回すことになるな。
僕はチラッと春風さんの目を見て、話しを合わせてもらうようにアイコンタクトをとる。
すると僕の考えが通じたのか、春風さんはコクリと小さく頷いた。
それを見て安心し、僕はゆっくりと口を開く。
「彼女は部活動見学に来ているんです」
「部活動見学……そうなのですか?」
神代先生は僕ではなく春風さんに尋ねる。
怪訝に思ってるのが表情からありありと伝わってきた。
「はい」
春風さんは短く切った言葉で首を縦に振る。
冷たさを感じるクールモードになってるからか、春風さんの態度に動揺は一切ない。
そのため、いくら勘が鋭い神代先生でもこの嘘は見抜けなかった。
「そうですか、それはよいことです。去年の三年生が卒業してから部員が笹川君一人でしたからね」
うん、僕が勧誘をしなかったからですね。
それはわかってるので責めるような目を向けてくるのはやめてくれませんか、神代先生。
怖いので口には出さないけど、僕は心の中でだけ神代先生に反抗をした。
「それで、春風さんは文芸部に入るつもりになりましたか?」
神代先生は僕から視線を外すと期待するような目で春風さんを見る。
これはもう春風さんのことを一切疑っていない。
後は春風さんが頷いてくれればこの場は見逃してくれるだろう。
しかし――。
「いえ、特には」
春風さんは嘘が付けないのか、それとも何も考えずに即答したのかはわからないけど、迷う姿も見せずに否定をしてしまった。
さすがのこれには僕も頭を抱える。
「……笹川君、ちょっとお外でお話ししましょうか」
トントン、と肩を優しく叩かれた僕が顔を上げると、とてもいい笑顔で神代先生が僕の顔を見下ろしていた。
こんないい笑みを浮かべる神代先生は初めて見る。
そしてその後に見せた目は笑っていなかった。
「ぼ、僕は春風さんを勧誘しないといけませんので……」
「それはまたいつでもできますよね? どうやら毎日のようにこられているようですし」
やはり神代先生は春風さんが毎日文芸部の部室に来ていることを知っていたようだ。
春風さんがあっさりと否定してしまったことで文芸部に入るつもりがないと思われただろうし、これから僕は事情聴取にあうんだろうね。
「春風さん、ごめんけどちょっと待っててくれる?」
「別にいいけど」
春風さんはいいと言いつつもどこかつまらなさそうだ。
だけどこの状況を作ってくれたのは彼女なため許してほしい。
というか、正直僕を助けてほしいのだけど春風さんは僕が連れ出される理由に心当たりがないらしい。
何か用事があって出て行くと思ってるみたいだ。
「さて、行きますよ」
「はい……」
僕は諦めて神代先生に付いていく。
とはいっても、部室を出て入口より少しだけ距離をとった場所で色々と質問をされただけだけど。
文芸部の部室に部員じゃない子を連れ込むなんて何を考えているのか、とか、最近下校時間ぎりぎりにばかり鍵を返しに来ている理由は春風さんか、とかそんな感じの質問だった。
後は、たまに文芸部の部室に行った時に変な匂いがするけど問題になることはしてないかということも聞かれた。
神代先生が何を言いたいのかはすぐに察したけど、さすがにそんなことはしてないためすぐに否定しておいた。
ただ、変な匂いには当然心当たりがある。
春風さんが時々変な物を持ち込んでしまっているので、それが原因だ。
例えばこの前のスライムとか。
あの子ペンタブレットのことで何も言わなかったからか、資料だと言って好き放題文芸部に変な物を持ち込んでるからね。
バレないように片付ける僕の身にもなってほしいところだよ。
まぁ春風さんからは悪気が全く感じられないから僕も注意できないんだけど……。
「聞いていますか、笹川君」
「は、はい!」
「聞いていたらそんな動揺をしなくていいはずです。私の話を聞いていませんでしたね?」
「すみません……」
神代先生が言ってることはごもっともなので僕は頭を下げるしかなかった。
「はぁ……仕方ない子ですね」
挙句神代先生には溜息をついて呆れられてしまう。
元々評価が高かったわけではないのだけど、多分この数分足らずで僕の評価は怒涛のように下がってるはずだ。
なんだろ、ちょっと辛いな。
「ところで笹川君」
「はい、なんでしょうか?」
「君は春風さんが文芸部の部室に来ていることに関してどう思っているのですか?」
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