第10話「お互い様」
「六万人!? プロのイラストレーターさんじゃないか!」
「商業で活動してないからプロじゃない」
「あっ、うん」
驚いて大声を出した僕に対して春風さんの冷静なツッコミが入ってき、僕はコクリと頷くしかなかった。
だけど――違う、そうじゃない。
そうじゃないんだよ、春風さん。
僕が言いたかったのはフォロワー六万人という数にある。
その数字はもうプロのイラストレーターさんと遜色ない数字なのだ。
むしろ人によっては勝っていたりもする。
まさかこんなすぐ傍に大人気イラストレーターさんがいたなんて思いもしなかった。
……ただ、エロイラストのみだから完全ノーマークで初めて聞いた名前だけど。
春風さんのアカウントには『すず』という名前が書かれている。
僕は結構イラストレーターさんが描かれたイラストをSNSでチェックしてるんだけど、この名前には聞き覚えがなかった。
だけどそれは、SNSにたくさんのイラストレーターさんがいるから僕が網羅できていないだけで、このフォロワー数なら普通に人気イラストレーターさんだ。
試しに春風さんが載せているイラストへのコメントを見てみると、みんなキャラがかわいいとか、シチュエーションがいいと褒めるコメントばかりだった。
まぁ中にはド変態な発言もあるけどそこはスルーする。
もしかして春風さんが言うモチベーションとは、エロイラストを上げるとチヤホヤされるからモチベーションになるということなのかな?
でも、普通のかわいいイラストでもチヤホヤされるとは思うけどね……。
「春風さんはこういう感想が欲しくてイラストを描いてるの?」
「うん、そう。これが私の生きがい」
春風さんは僕の質問に対して戸惑う様子も見せずコクリと頷く。
凄く正直な子だ。
もう少し取り繕ってもいい気はするけど、素直なところは彼女の長所だと思う。
まぁ自分の欲望に素直すぎるような気もするけど。
だけど、彼女は昨日僕にエロイラストを描いてることがバレた時に泣き崩れていた。
それは自分がしていることが他者に受け入れてもらえないとわかっているということだ。
そんな彼女に僕が何を言える。
ましてや否定なんてできるわけがない。
それに、僕は昨日彼女のことを肯定してしまっている。
それなのに彼女にエロイラストを描くのはよくないなんて言えるはずがない。
「…………やっぱり君は理解してくれるんだね」
僕が黙り込んでいると、春風さんは優しい笑みを浮かべて何かを呟いた。
いったい何を呟いたのかは気になったけど、聞こうとする前に春風さんが急にペンタブレットを使ってイラストを描き始めたためそれどころじゃなくなった。
なんでこの子はシレッと僕の隣でエロイラストを描きだしてるのかな?
そして僕はそんな彼女をどんな表情をして見ればいいんだ。
でも、春風さんは凄く嬉しそうに描いてるんだよね。
こんな表情をされたら止めることなんてできないじゃないか。
…………仕方ない、小説を書こう。
春風さんの邪魔をすることに抵抗を覚えた僕は、気を紛らわせるために小説を書くことにした。
とはいっても、僕のメモ帳は未だ手元にないのだけど。
探してみた感じやっぱり鞄の中や自分の机の中にはなかった。
となると僕がどこかにしまったという可能性はなく、落としたという線が濃厚になる。
そして拾った確率が高いのは、どう考えても春風さんしかいなかった。
結局、邪魔する形になってしまうね。
「あの、お楽しみのところ悪いんだけど――」
「ちょっと言い方が気になる」
「あっ、ごめん。えっと、イラストを描いてるところ悪いんだけど、その……昨日メモ帳を拾ったりしなかった?」
「これよね? 私のメモ帳を持って行ったからこれが君のなんだってわかって中身は見てないから安心して」
そう言って春風さんが見せてきたのは、見慣れたほんのりと汚れたメモ帳だった。
長めに使っていたことで汚れが誤魔化せなくなっている僕のメモ帳に間違いない。
よかった、中身は見られてないんだ。
もし中身が見られていたら春風さんと顔を合わすことなんてできないからね。
「あ、ありがとう。でも、気付いてたなら昨日返して欲しかったな」
「渡すタイミングがなかった」
確かに、昨日はいろいろとあったからね。
僕のメモ帳のことに関して切り出す暇はなかったと言える。
後、僕なんて春風さんと別れるまで自分のメモ帳の存在を忘れていたのに、春風さんのことを言えるはずがない。
「そうだね、ありがとう」
「うん」
僕は春風さんからメモ帳を受け取るために手を差し出し、春風さんも僕の手にメモ帳を置こうとする。
しかし――。
「――それで、このメモ帳には何が書かれてるのかしら?」
春風さんは、僕の手にメモ帳が渡る寸前にヒョイッと自分のほうへとメモ帳を戻してしまった。
「……見なかったのに、中身については聞いてくるの?」
「勝手に見たら失礼でしょ? でも、君の口から聞くのは問題ない」
どうやら真面目なところは今まで持っていた印象通りらしい。
だけど、好奇心は隠せないみたいだ。
いや、うん。
こういった他人の秘密が気になる気持ちはわかるんだけど、正直凄く困るよ。
「見逃してもらえないでしょうか?」
「普段なら聞かないけど、君は私の秘密を知ったわよね? だったら私も君の秘密を知らないと不公平じゃない?」
あっ、この子……中身を見てなくても、このメモ帳に僕が知られたくない秘密があると目星をつけている。
しかも、自分の秘密を僕に知られたことで僕の秘密を握らないと気が済まないみたいだ。
まぁそれとこれは、自分の秘密を他者に話されないようにする防衛的な意味もあるんだろう。
春風さんの目には話すまでメモ帳は返さないという意思が見て取れた。
自分の秘密が握られている以上彼女は絶対にここで退かないだろう。
この状況を乗り切るには一つしかない。
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