第1話「ぶつかったのは学校一の美少女」
「『――すずのひんやりとした手がとても気持ちよく、僕は本当に手を繋いでるんだと実感した。』…………うぅん、微妙かな?」
賑やかな空間から逃げ、静寂を求めて図書室を訪れた昼休み。
僕は一人長机に広げたメモ帳と睨めっこをしていた。
僕の趣味は小説を書く事であり今現在その執筆中になるんだけど、いまいちシチュエーションがしっくりとこない。
経験をした事がないから想像がうまくできないのかな?
でもそれを言ったら、彼女いない歴=年齢の作家さんはラブコメが書けない事になってしまう。
もちろん実際はそういう方でもしっかりとしたラブコメを書かれてるし、大ヒット作だって出されてる方もいるのだからこれは言い訳でしかない。
もっとしっかりシーンを思い浮かべればいい描写が――。
「――あれ、笹川君?」
「――っ!?」
目を閉じた瞬間に耳元で聞こえてきた女の子の声。
咄嗟に振り返れば顔見知りの女の子が僕の事を見つめていた。
「やっほぉ。いつもお弁当食べたら教室からいなくなると思ってたら、図書室にいたんだねぇ」
女の子はニコッと微笑みながら僕に近寄ってきている。
それを見て僕は机に置いてあるメモ帳を手に取ると、彼女の横を走り抜けた。
「ご、ごめん……!」
「えっ――」
走り抜けた後ろから戸惑いの声が聞こえてきたけど、僕は構わず図書室を出た。
昔からそうなのだけど、僕は自分の見た目にコンプレックスを抱いていてあまり人と話すのが得意じゃない。
特にほとんど話した事がない人は苦手で、咄嗟にこういうふうに逃げてしまっていた。
図書室は一人で静かに小説を書けるいい場所だったのだけど、あの子に見つかってしまったからもうあそこでは書けないかもしれない。
ずっと通っていて初めてあの場で会ったから今日たまたま図書室に来ていたんだと思うけど、これからも図書室に来る可能性がある以上場所は変えないといけない。
だって、自分が書いた小説を知り合いに読まれる事ほど恥ずかしい事はなく、ましてや僕が書いている小説には少しばかり問題があるからだ。
この小説を同じ学校の人に見られでもすれば、もう僕は学校にこれなくなるかもしれない。
それくらいこの学校の人に見られると困るような小説を僕は書いている。
前にお願いした時は駄目って言われたけど、やっぱり部室を開けてもらうように頼むしかない――。
そんなふうに気を別の事にやってしまったのがよくなかったんだろう。
僕は廊下の曲がり角から人が歩いてきている事に気付いていなかった。
人影がはっきりと視界に入ってから気付いてももう遅い。
反応が遅れ、更に勢いが付いた僕の体は止まる事ができずに人影にぶつかってしまったのだ。
「わっ!」
「きゃっ!」
ドンッと体がぶつかる音と共に聞こえてきたのは、女の子特有のかわいらしい声。
ぶつかった衝撃の弱さから言っても相手は体重の軽い女の子みたいだった。
痛みに耐えながら目をゆっくりと開けると、僕は思わず息を呑んでしまう。
純白に近い白くてきめ細かな肌。
肌の白さに似合う銀色に輝く長い髪。
鼻筋が通っている高い鼻。
薄く綺麗なピンク色をしている唇。
閉じてる瞼から生える長い睫毛。
僕が目を開けて視界に入ってきたのは、見惚れてしまいそうなほどに整った女の子の顔だった。
そしてそんな女の子の顔は僕の顔からすぐ近くにある。
というのも、勢いがついてる側と勢いがついていない側。
これらがぶつかった時、当然勢いがついてる側が前のめりに倒れてしまう事になる。
もちろん当たった時の体勢にもよるのだけど、相手側が少し背が低かったからか、それとも僕の勢いがつき過ぎていたせいなのかはわからないけど、今現在僕は彼女を押し倒してしまっていたのだ。
しかもぶつかった相手は学校一の美少女として名が知られる春風鈴花さんだった。
その事実に気が付いた途端、僕の全身からは大量の冷や汗が流れる。
春風さんが有名なのは何もアイドル顔負けにかわいいという事だけではない。
彼女は男女関係なく素っ気なくて冷たい事でも有名なのだ。
ただ、僕が今焦っているのは冷たいと有名な彼女を押し倒してしまったからではない。
もっとまずい爆弾を今の僕が持ってしまっていたからだ。
しかもその爆弾は、ぶつかった衝撃によって僕の手から落ちてしまっていた。
冷静に考えてこれは非常にまずい状態だ。
「いったぁ……」
彼女に見られるとまずい物がなくなっている事に気が付き、慌てて探していると組み敷いてしまっている春風さんが泣きそうな声を出した。
その声に釣られて視線を再度彼女の顔に戻すと、両目にうっすらと涙を浮かべた春風さんが丁度僕の顔を見たところだった。
至近距離で目が合った事により、少しの間お互い黙り込んで見つめ合ってしまう。
正直どちらかが顔を少しでも動かせばお互いの唇が重なってしまいそうなほどに近い距離だ。
かわいい……。
元から凄くかわいい事は知っていたけど、至近距離から見ると本当にかわいいと思った。
だけど、ふと僕は冷静になる。
この状況を誰かに見られたらいったい僕は周りからどう思われるのだろうか?
学校で一番かわいいと有名な春風さんを押し倒し、襲っていると勘違いされると思う。
そして何より、目にうっすらと涙を浮かべたまま何も言わずにジッと僕の顔を見つめる春風さんが怖い。
彼女は素っ気なくて冷たい事で有名だ。
それは得てしてきつい性格の子に多い特徴といえる。
いったい今彼女が何を考えて僕の顔を見つめているのか、それを想像するだけで怖かった。
何より、僕は今さっきまでいったい何を探してた?
その物が春風さんの目に止まったらまずいんじゃなかったのか?
彼女に見惚れていた僕は、今自分が何をしないといけないのか思い出し慌てて床に視線を落とす。
だけど目に映る場所にはその物が見つからない。
いったい何処にいったのか――すぐにでも見つけないといけないため焦って左後ろを見ると、春風さんの右手のすぐ傍にそれは落ちていた。
あった、僕のメモ帳――!
僕は慌ててメモ帳を手に取る。
これがもし春風さんの目に止まれば僕は終わってしまうところだった。
本当に見つかってよかったと思う。
しかし――。
「ちょ、ちょっと……!」
僕がメモ帳を手に持つと、春風さんがなぜか焦ったような声を出して僕の顔を見てきた。
もしかして中身を見られた……?
一瞬冷たい汗が再度僕の体を伝うけど、落ちていたメモ帳はちゃんと閉じた状態だったため、絶対に彼女には中身を見られていないと思い直す。
多分春風さんは僕がぶつかって混乱していたけど、今になって状況を理解して文句を言おうとしているのだろう。
今回は完全に僕が悪いため、ちゃんと謝らなければいけない。
「ご、ごめんね……!」
「あっ、えっと、そうじゃなくて……!」
なんだろ?
謝ったらちょっと予想外の反応が返ってきた。
いつの間にか頬が赤く染まっているし、恥ずかしそうにチラチラと僕の顔を見上げてきている。
「ど、どうかしたかな……?」
春風さんと話すのは初めてで正直怖いというイメージがあるから苦手意識を持っているのだけど、ぶつかっておいてそのまま逃げるわけにもいかず彼女が何を言いたいのか聞いてみた。
しかし、僕はその事をすぐに後悔する。
「そのメモ帳……」
「――っ! ご、ごめんね!」
「あっ! ちょっと待って! こら、待ちなさい!」
メモ帳という単語が聞こえてきた瞬間、僕は半ば無意識に駆け出していた。
自己防衛的な体の反応だったんだと思う。
本当にこのメモ帳の中身を春風さんに見られると僕は終わってしまうんだ。
少なくとも明日から学校にこれなくなるような状況になる。
だからぶつかっておいて申し訳ないけど、彼女がメモ帳に興味を示した以上逃げるしかなかった。
あの場に残っていたらメモ帳を見せてというやりとりにもなりかねないからだ。
「――――――っ!」
走り去る僕の背中側では何か春風さんが言っているような気がしたけど、僕はもう振り返る事をしないのだった。
――まるでラブコメのような学校一の美少女との衝突事件。
まさかこれが、本当にラブコメのような展開になっていくだなんてこの時の僕には想像もつかないのだった。
この作品を読んで頂き、ありがとうございます!
今回は少し挑戦した作品になります(*´▽`*)
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