再会
早朝の五時半――
アパートの一室で、目覚まし時計がけたたましく鳴った。
「んっ……」
掛け布団の中から手だけを伸ばし、目覚ましを止める。
内崎は何も感じることなく、歯を磨いて、朝食を食べる。
次に、化粧をして、服を着る。そしてまた歯を磨く。
玄関に向かい、腕時計を見る。
(仕事には間に合うな……)
玄関の鏡で容姿を整える中で、目線のはじで見える写真立てが気になった。
写真立てを手に取る。
そこには、同じ夢を目指していた中条と田所、その二人の間で笑顔を浮かべる自分が写っている。
「懐かしい……」
それぞれが新たな目標を持ちながら生きている。
内崎にとってそれは嬉しくもあり、寂しくもあった。
(私は……これからどうなるんだろう……)
少しの不安に包まれながら、駅へと向かう。
朝の通勤ラッシュで、席に座れることは奇跡に近い。
内崎は人ごみの中で、吊革を必死に掴み、揺られている。
ふと、前の席に座る男性二人に目が行く。
「どの時代も相変わらず、朝の電車は人ごみだらけだなぁ」
「伊敷さん。僕らはなんとか座れてるのに文句を言わないで下さいよ」
男性二人組は何気ない会話をする。どちらもデザインが少し古いスーツを着ていた。
伊敷と呼ばれていた若い男は紺色のスーツで、名前は分からないが、三十代後半くらいの男は茶色のスーツを着ている。
そしてどちらのスーツにも、襟元に狼のロゴが刺繍されている。
(あっ!)
その時、内崎の瞳は大きく開いた。
(あの襟元のロゴ……どこかで……)
電車が駅に停まる。
「降りますよ。伊敷さん」
「ああ、分かってるよ」
男性二人組は席を離れ、電車を降りていく。その間、内崎の視界はずっと男性二人組を見ていた。
「お、宮沢さんだ」
浦川が駅のホームで待つ宮沢に手を振った。
内崎には浦川たちの声は聞こえなかったが、手を振った姿は見えていた。
電車の扉が閉まり、走り出す。
内崎が何気なく浦川の手を振る先を見ると、そこには憧れていた頃の宮沢が駅のホームに立っていた。
「み、宮沢さんッ!?」
内崎は満員電車の中で、思わず声を上げた。
探し求めた人がいる。
内崎は電車を降りようと人ごみをかけ分けるが、間に合うはずもなかった。
(なんでここに……!?)内崎の頭の中で、あらゆる考えが交差する。
間違いなく宮沢に見えたが、昔あった時のままで歳をとっていなかった。
優しく、尊敬する先輩。
電車は興奮気味の内崎を乗せたまま、次の駅へと走り出していた。
次の駅に着いた内崎は一駅戻って宮沢を探したが、見つかるはずはなかった。
降りた駅から少し離れたコインパーキングで、
「街中見学はどうだった?」宮沢は車の運転席側に乗り込んでいた。
浦川と伊敷は車の後ろの席に乗り込んだ。
「まさか俺たちが二十年後の未来に来るとはね」
伊敷は腕を組み、頷いた。
「未だに信じられませんが、街中やテレビを見る限り、信じるしかないようですね……」
浦川は車の窓から街を見ている。
「まあすぐに慣れるさ。それよりどうよ? 俺のデザインしたロゴ入りスーツは」
「確かに着心地はいいですけど……」
「かっこいいだろ?」
「まあ、はい……」
「そして、俺はこのスーツだ」
宮沢は何気なくスーツを着ているが、ワインレッドのような色の派手なスーツだった。
「宮沢さんは未来慣れしてますね」
「まぁな。でも俺だって初めて来たときは驚いたもんだよ」
宮沢が辺りを見渡し安全を確認すると、車が走り出した。
宮沢がバックミラー越しに二人の顔を見つめた。
「そういえば、変装の為に特殊メイクしてるんだったな」
「今更気づいたんですか!?」浦川は驚いた。
「えーと、確か浦川が三十代くらいの顔に、そして伊敷が二十代の若者顔に変装か、俺たちの生きていた時代とは逆だな」
「この変装……本当にどんな奴でもバレないんだろうな?」
伊敷が車の窓に映った自分の顔を見つめながら訊く。
「当たり前だ! なんせミラさんが考えたんだからな。現次の目をもってしてもバレないさ」
「それならいいが……。それよりお前は何故特殊メイクせずにそのままなんだよ?」
「俺は今回の作戦でメインじゃないしな。それに俺の顔なんて覚えている奴なんかいないさ」
車は街中をしばらく走り、アパート兼作戦基地に着いた。
アパートの一室を開けて、中に入る。
「お帰りなさい」
「ただいまです。ミラさん」
浦川はそう言ってリビングの椅子に座った。
「あとの伊敷さんと宮沢さんは?」
ミラはそう言いながら、キッチンの方へ行く。
「二人は外で一服してるよ」浦川は人差し指と中指で煙草を吸う素振りを見せた。
「そうですか。街の見学はどうでした?」
ミラはお茶の入ったコップを浦川に渡した。
「どうも。楽しかったですよ」
浦川はお礼をしながら笑顔で答える。
「あれは見てきましたか?」
ミラの問いに、お茶を口に含んでいた浦川は何回も頷いて答えた。
そして、お茶を飲みこみ――
「手島の建てたビルですよね? 街のど真ん中にある真っ白な高層ビル……。嫌でも目に入ってきましたよ」
『未来タワー』
手島がタイムマシン研究を発表したと同時に建設が始まった。
今では尼左市のシンボルになっている。
「どうですか? 出来そうですか?」
「ロボットではなく人が働いているのであれば出来ると思います」
浦川の目は真剣だった。
「そうですか。それは期待ですね」
そして、作戦実行の日が訪れた。
浦川と伊敷は未来タワーの入り口に立っていた。
「着きましたね」浦川は巨大なガラス張りの入口を見つめていた。
「ああ、それにしてもデカいなぁ……」
伊敷が未来タワーを見上げると、浦川も釣られて見上げた。
あまりにもタワーが大きすぎて、下からでは上層部を見ることが出来ない。
『お前たち! 試験の受験者か!?』
二人が前を向くと、警備員が声をかけてきた。
「は、はい! すぐに入ります! すいません!」
浦川のわざとらしい演技に伊敷の口元が緩んだ。
『早く入れ!』
警備員の言葉に促されながら建物の中に入ると、広いロビーが二人を出迎えた。
「受験者の方ですね?」
受付の女性が二人に声をかけてきた。
二人が頷くと、女性は手を広げて案内する。
「あちらのエレベーターに乗っていただいて、十三階を押していただくと試験会場になっております」
浦川と伊敷は受付の案内通りにエレベーターに乗り込み、十三階のボタンを押した。
エレベーターが上昇を始める。
「緊張してきました……」
「いつも通りにやれば大丈夫だろう」
伊敷は怖いほど落ち着いていた。
到着の音と共にエレベーターのドアが開いた。
まず目に入ってきたのは会場の入り口に『試験会場』と書かれた看板だった。
会場の扉は開いていて、奥には並べられた椅子があり、既に何人かが座って試験開始を待っているように見えた。
「こちらで受付していますので」女性の小さな声が聞こえた。
会場入口を通ってすぐの所で、小さな受付が出来ていた。パイプ椅子に座る男女の前には長机が置かれている。
二人が受付の前まで行くと、番号の書いた紙と数枚の資料がそれぞれに渡された。
「紙と同じ番号の椅子に座ってお待ちください」
二人がそれぞれの番号の席に座る。
しばらくして、席のほとんどが埋まると、会場の出入り口が閉まった。
沈黙の中、目の前にある舞台にスーツを着た男が上がった。
「皆さん初めまして。そして、現次グループを選んでいただきありがとうございます。私は試験官のリーダーをしています。林と言います。よろしくお願いします」
林は丁寧に頭を下げる。
試験が始まった。
内崎がデスクの椅子に座り、朝の出来事を思い出していると、
「内崎先輩!」
「はッ!?」
突然の声に横を見ると、資料を持った後輩の女性がこちらを見つめている。
それと同時に辺りの作業音が耳に入ってきた。
「ごめんなさい……」
内崎は目をつむり、眉間にしわを作る。
「大丈夫ですか? 体調でも悪いんですか?」
後輩の女性が心配そうな顔で内崎を見つめると、内崎は笑顔で「大丈夫よ」と言った。
「それならいいんですけど……」
「それで、何の話だっけ?」
「あ、この資料のチェックをしていただけないかと」
内崎は女性の資料を手に取り、問題がないのを確認する。
「これなら問題ないと思うわ」
「ありがとうございます」
内崎の言葉に安心した後輩の女性は笑顔で仕事に戻った。
(私らしくないわね……)
内崎の頭の中で、昔の自分と今の自分を照らし合わせる。
まるで正反対の今に内崎は鼻で笑った。
(けど宮沢さんは何故かあの頃のまま……)
思い出は、憧れの人物を美化するが、今日見た宮沢は脳の錯覚ではなく本物だった。
「悩んでるのはタイムマシンの事ですか?」
後輩の男性が当たり前のように口にする。
科学の最高到達点と言うべきタイムマシンが発表され、世界中が希望と絶望に分かれた。
しかし、そんな出来事も時が経てば人間は慣れてしまう。
今ではタイムマシン旅行なども企画されているというが、賛成と反対が激しく入れ替わり、実行まではいかずにいる。
「タイムマシンなんて不安の元凶よ……」
「そうですかねぇ……私は乗ってみたいです」
「私も乗ってみたい!」後輩の女性は男性に賛同する。
他の人間にとって内崎は、凝り固まった職業気質で反対意見を思っていると思われがちだ。
だが現在、タイムマシンのせいで起きた事件がどうなるのかが問題視されている。
一歩間違えれば歴史が変わってしまうかもしれない。
タイムマシンは危険に間違いなかった。
「警戒に越したことないわよ」
内崎は後輩たちを鋭く睨んだ。
(問題があったらすぐに現次を捕まえて、タイムマシンなんかいらないものだと証明してみせるわ……)
内崎は秘めた闘志を燃やした。
昼下がり。
試験を終えた伊敷と浦川は、未来タワー近くのラーメン屋で反省会をしていた。
「どうでした?」浦川は伊敷に質問して、麺をすする。
「筆記試験はあんまり……。実技の体力テストは上出来だな」
「自分は逆でした……」
「だろうな。それより驚いたよ。試験官が急にメンバーを分けるなんか言い出して」
「それは驚きました。紅白戦みたいのをするのかと思いきや、ただ筆記と実技に分けたかっただけなんて」
「だよなぁ……」
二人は同時に麺をすする。
浦川はラーメンを味わいながら、店内を見渡した。
年季の入ったカウンター席が並び、その後ろには二名が座れるテーブル席が三つ。目線を少し上げると、どの席からも見えるところにテレビが置かれている。
浦川は、こじんまりしながらも地元に愛されているラーメン屋だと感じた。
「いらっしゃい!」
「今日は若い子が来てるんだねぇ」
七十代くらいの老女が、にこやかに二人を見つめた後、一番奥の席に行った。
「ひとみばあさん。今日は何にしますか?」
「そうだねぇ、ラーメンと焼きめしのセットでもいただこうかしら」
「あいよ!」店員が元気よく料理を作り始めた。
「じゃあ行くか」
「そうですね」
伊敷と浦川は会計を済ませ、店を後にした。
「ありがとうございやぁした!」
ひとみは二人が店を出たのを見て、
「あの二人は新入社員かねぇ」
「そうみたいですよ。あのデカいタワーの」
店員は厨房で、未来タワーの方向を指さした。
「ああ、未来タワーねぇ。もうそんな季節なんだねぇ」
ひとみは終始にこやかにしていた。
未来タワーの最深部――
そこにはごくわずかの者しか知らない秘密の研究施設がある。
「この少女は生きているのか?」
巨大な筒状ガラスの機械の中に全裸の少女がホルマリン漬けのようになっている。
「もちろん生きていますよ」
「でも……」
見る限り、呼吸が出来ているようには見えない。
「仮死状態で生きているんです。心配いりませんよ。手島さん」
現次は微笑み、余裕を見せる。
「この少女が不死のカギを握っているか……」
「そうです……。過去で出会った伊敷と浦川の二人は、彼女の細胞に適応し、人間離れした肉体を手に入れたのです」
「あの二人か……」
「はい。今は亡き研究員が生涯をかけて集めた人間は二千人、その中で適合した人間は二人だけ……」
「だからと言ってもう一度二千人集めても適合するかは分からない……か」
「はい……。貴方にはその不安定な確率を確実にするために来てもらいました。人間のひらめきと機械の精密さがおり合わせれば、何も不可能なことはありませんよ」
「ああ、そうだな」手島の目は情熱で輝いていた。
「それに……もう実験は始まっていますから」
現次は不敵に微笑んだ。
十五時を過ぎたころ。
「そろそろかな?」
宮沢は時計を見ながら言った。
「宮沢さんは心配性ですね」
のむはテーブルに並べられたお菓子を選んでいて、左手にはティーカップを持っている。
「まあ、あの二人なら問題ないか」
宮沢はキッチンに戻り、晩御飯の準備に入った。
その時、玄関の扉が開いた。
「ただいま戻りました」
浦川と伊敷が帰ってきた。
「お帰りなさい。どうでした?」のむが訊いた。
「大丈夫だと思います」浦川は明るく答えた。
伊敷は「ベストは尽くした」と言って、席に着く。
「よく帰ってきた。二人とも」宮沢は腕を組み、頷いた。
「そんな、大げさですよ」
「今日は敵地に行ったんだからな」
「まぁそうですけど……」
「浦川。宮沢はビビりだからな」
リビングで、いろんな話が飛び交う中、
地下室からミラと鈴木が戻ってきた。
「二人ともお帰りなさい」
「ただいまです。ミラさん」
ミラは浦川と伊敷の顔を見つめ、
「二人の表情からすると、大丈夫そうですね。よかったです」
ミラは安心した表情で席に着き、お菓子を選び始めた。
「試験かぁ……懐かしいわね」
「鈴木さんも試験を?」
「私の場合は手島の研究員に教育を受けて、育てられた。そして、最後に試験を受けて、合格したわ」
「そうなんですね」
「まぁ落ちたら捨てられるからみんな必死だったわぁ」
鈴木は良き思い出話のように、にこやかな表情をする。
「サラッと怖いこと言うな……」
「ふふ、そう?」伊敷の言葉に鈴木は笑った。
宮沢はそれぞれの席に飲み物を置いていく。
「晩飯はもう少ししたら出来るから」
「いつもありがとうございます」
「気にするな。俺の出来ることをしてるだけだ」
宮沢はキッチンに戻っていった。
地下にある小さなライブハウス。
そこには熱気と夢が詰まっている。
そんなライブハウスの楽屋裏で、出番を待つ一人のアイドルが居た。
「モモちゃん。緊張してる?」
「いいえ! 私はアイドルですから!」
鏡越しの男性マネージャーに桃瀬は笑顔で答える。
夢を抱きながら迎えた二十歳の彼女の人生は、決して順調ではなかった。
しかし、今では多くのファンに囲まれ、業界でも注目を浴び始めていた。
あと少しで夢の大舞台。
「頑張ります」桃瀬は胸を躍らしていた。
「モモちゃんは誰よりも精一杯に努力しているわ……」
「ありがとうございます」桃瀬の目に涙が溢れそうになったが、ぐっと我慢した。
「さあ、最終チェックしましょう」
「はい!」
「まず、モモちゃんが登場。いつも通りにやれば大丈夫。そして最後に来てくれたお客さんにこれを配る」
マネージャーはペットボトルに入った飲料水を桃瀬に渡す。
「これは有名な会社のスポーツドリンクで、まだ発売していない飲み物よ。大丈夫。きっとファンも喜んでくれるはずよ。そして、お客さんにこれを渡しきったら、挨拶を交えて終わり。きっと上手くいくわ」
「はい!」
桃瀬が元気よく頷いたと同時に、扉からノックが聞こえた。
『桃瀬さん。お願いします』
係りの者が扉を開けて、声をかけてきた。
「さあ、行ってらっしゃい」
「はい!」桃瀬は張り切って楽屋を出た。
桃瀬のライブが始まった。
「みんな今日は来てくれてありがとう!」
「イェーイ!」
「今日は皆さんにプレゼントがあります」
会場がいい雰囲気でざわついた。
そして、係りの者が例のスポーツドリンクを用意した。
「モモちゃん! ありがとう!」
「桃神様! 最高!」
ファンは喜んでドリンクを口にした。
「私も飲むね!」
桃瀬も一時休憩をはさむように、ドリンクを口にしたその時――
「苦しいぃぃ……」
一人のファンがもだえるように倒れた。
そして、次々とファンが倒れていく。
「きゃあああ!」
「どうなっているんだ!?」
地下のライブ会場は大混乱に陥った。
「みんな、落ち着いて!」
桃瀬は必死に声を上げるが、観客の悲鳴と悶え苦しむ声にかき消された。
「うっ……!」
桃瀬の体に何か不気味なものが這うような感覚に襲われた。
体には悪寒が走り、震えが止まらない。
桃瀬はしゃがみ込み、激しく動く心臓を押さえた。
「前が……」
視界は真っ白な色に侵食された。
「ん……?」
桃瀬の視界は真っ黒な天井をぼんやりと映している。
『生き残りは一人だけかぁ……』
何処からか男の声が聞こえるが、体は動かない。
「たす……けて……」桃瀬はかすれた声を上げる。
すると、桃瀬の視界に真っ黒い鳥の顔が映り込んできた。
「カラ……ス……?」
『ふふ、カーカー。カラスではありませんよぉ。これはペストマスクです』
カラスのくちばしのようなマスクをつけた男は首を傾げた。
「……」
桃瀬の反応がない。
『あらあら、反応がありませんねぇ。えっとお名前は……桃瀬絵美里……今日が二十歳の誕生日! おめでとうございますぅ! そして……職業はアイドル。素晴らしいぃ! まさに今日が最強アイドルの爆誕ですね!』
静かな会場にマスク男の拍手が小さく響いた。
桃瀬が再び目覚めたのは、夜の街を走る車の中だった。
「ここは……?」
思い返すが記憶が曖昧で思い出せない。
「あ、起きましたぁ?」
運転手の男が声を上げたが、桃瀬の席からは顔がよく見えない。
「貴方は? それにここは……?」
「ここはあのタワーの近くの街中ですよ」
運転手の男が指さす先に未来タワーが見えた。
「そして、我輩はルガです!」
「ルガ……?」
「はい。貴方のマネージャーみたいなもんですぅ」
桃瀬は思い返すが、ルガと言う名前の人物とのかかわりが思い出せない。
「まあ、すぐに慣れますよ」
「この車はどこに向かっているの?」
「未来タワーです。そこであなたはアイドルになるんですよ」
「あ、アイドル!?」
桃瀬の頭の中で、何かが引っかかるが思い出せない。
「そうアイドルです。この世界のナンバーワンのアイドルにね……」
街灯が不気味に微笑む男の姿を照らした。
数週間後。
浦川と伊敷に合否の紙が贈られた。
結果はどちらも合格。
しかし、誰も喜ばず、計画の為に動いていた。
「すいません」
浦川が一人で未来タワーの周辺を散策していると、声をかけられた。
声をかけてきたのは、警察だった。
「すいません。この子に見覚えありませんかね?」
警察は一枚の写真を浦川に見せた。
写真には笑顔でこちらにピースする女の子が写っていた。
「女の子?」
「はい。名前は『甘田まき』。見ていませんかね?」
「見ていないですね……」
「そうですか。ありがとうございました」
警察は一礼すると、何処かへ歩き去っていった。
浦川は空を見つめた。
(行方不明……か……。俺のことを探してくれてる人はいるのかな?)
浦川は少しだけ過去の世界が恋しくなった。
視線を落とすと、目の前に居た見知らぬ青年と一瞬だけ目が合った。
青年はパーカーのフードをかぶっていた。
(怪しく見られるぞ……)浦川は心の声で言った。
浦川は青年と何もなくすれ違う。
フードの男は自宅のマンションに着いた。
玄関を開けると、少女が笑顔で出迎える。
「福中! お帰りなさい!」
「ただいま……」
「どうしたの? 何かあった?」
「外でお前を探している警官がいた……」
「あ、そう」
甘田はそっけなく答えた。
「家族の所に帰らないのか?」
心配するように福中が言うと、甘田は下を向いた。
「あんなの……家族じゃないよ……」
少女のつぶらな瞳には暗い悲しみがこもっていた。
「そうか……ならここに居ればいいさ」
福中の言葉に甘田は笑みがこぼれた。
「ありがとう! ほら、昼ごはん出来てるよ! 食べよ!」
少女は無邪気に微笑んだ。
食卓テーブルには炒め物とごはんが置かれていた。
「おいしそうだ」
福中は席に着いた。
「食べる前に、これ届いてたよ」
甘田はポストに届いていた封筒を渡した。
「合否か……」
「ゴオヒ……?」甘田は首を傾げた。
福中は封筒を開けて合否を確認する。
「合格か……」
「何が合格なの?」
「この近くにでっかいタワーあるだろ? 俺はあそこで働くことになった」
「すごーい! よかったね!」
「あぁ」福中は少し照れながら頷いた。
お昼過ぎ。
内崎は車から降りた。
「内崎さん。こちらです」
先に来た警官が、地下へと続く階段の入り口で手を振っている。
「遺体の数は?」
内崎は暗がりの階段を降りながら訊く。
壁や天井には派手なステッカーが所狭しに貼られている。
「まあ、ついてきてくださいよ」
階段を降りた先で目にしたのは、血まみれのライブハウスだった。
「これはひどいわね……」
辺りには異臭が立ち込めている。
「遺体は確認できるだけなら、三十人以上ですかねぇ」
「犯人は?」
「三人ですね。全員死んでいましたよ」
「殺しまわった挙句に自殺……」
「それならいいんですが……」
「何かあったの?」
「それが……ライブハウスで生き残った人たちは、死んだ三人が犯人だと言っていますが、外で目撃した人は違ったことを言っているんです。『不気味な悪魔を見た』とね……」
「不気味な悪魔……?」
「はい。性別は分かりませんが、顔は人の顔ではなかったと。まあ、夜に起きたことなので定かではありませんが」
「事件が起きた時にこの舞台に立っていた人物は?」
「今さっき運ばれた方で、真咲紗知さんと言う方です」
警官は一枚の写真を内崎に渡した。
その写真には若い女性が笑顔で写っていた。
「それで、人ではない何かを見た人には会える?」
「それが……目撃者は少女なんですよ」
「少女?」
「はい。その少女は周りを気にしている様子で、警官が目を離した時にはいなくなっていたみたいです」
「少女の家族らしき姿は?」
「少女一人だったみたいです……。そのせいで私達の所では、幽霊だったんじゃないかと噂になっているんですよ……」
「夜中に少女が一人……。しかも外での目撃者はその少女、ただ一人……」
「不気味ですよね……」警官は体を震わせる。
ミラは地下にある部屋の扉をたたく。
「晩御飯が出来ましたよ」
「すぐ行きます!」
ぼさぼさ髪ののむは扉をゆっくりと開けた。
「また朝からずっとここに?」
「はい……。熊切さんの残した資料を参考にして、現次を止める武器がやっと完成しそうなんです」
のむは頭の後ろに手を当てた。
「それは楽しみですね。けど、程々にしといてくださいね? いざという時に寝られたら困るので」
「はは、寝ませんよぉ。しっかり睡眠はとるようにします」
地下の階段を上がる最中、のむは足を止める。
「あの……二人の事なんですが……訊いてもいいですか?」
「伊敷さんと浦川さんの事ですか?」
「はい……。この時代に来る前、中谷と言う男が『彼らは作られた人間』だと言っていました……」
「私は彼らの人生全てを見てきたわけではありません。けど、熊切さんは違います」
ミラは階段の壁にもたれた。
「不死身の体……それは人間が一度は求めたことがある伝説です。そんな伝説を研究する学者がいた。そして、その研究を止めたのが熊切さんでした」
「熊切さんは昔から過去に来ていた……」
「はい。彼らが幼いころからです。そして二人は熊切さんに育てられて、今がある」
「熊切さんは何故……」
「なぜ死ななければいけなかったのか。ですか?」
のむは静かに頷いた。
「それは誰よりも愛が深かったからです」
「愛……?」
「手島は熊切さんの親友でした。彼は手島を敵ではなく。止めるべき友として見てしまった……。熊切さん自身も気づいていました。だから死を覚悟して、大胆な行動をしていたのです。そして、死を決意した。あの独房で……」
「独房……。も、もしかして手島さんの居た刑務所ですか!?」
「そうです……。熊切さんは西野と名乗り、現次の計画を最後まで遂行した。その後は手島の居る刑務所にわざと入って、言葉で手島を変えようとした。未来と親友を変えるために……。しかし、強大な現次によって失敗に終わりました……」
「そんな大事な事……ここにいるみんなは知っているんですか!?」
「宮沢さんには私が伝えました。伊敷さんと浦川さんには鈴木さんが教えたそうです。鈴木さんが貴方に伝えなかったのは、これ以上関係ない人を巻き込みたくないからと言っていました」
「関係のない……そんな……」のむは視線を下げた。
「言い方が悪いかもしれませんが、貴方は幾度となく危険にさらされ、今でも危険に飛び込もうとしている。けど……」
ミラはのむの目を見つめた。
「貴方がここまでついてきたということは、手島を止める覚悟が出来ていると私は考えています」
「ミラさん……」のむの瞳が潤む。
「泣くのは全て終わらしてからにしましょう。そのほうが感動もひとしおです」
「はい!」