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彼が残したもの

「これを見ろ」宮沢の声と共に、

探偵事務所のテーブルに写真がばら撒かれた。

「もう、雑ですねぇ」浦川は写真の中から一枚手に取った。

写真には、紙に書かれた文章が写っていた。

「私たちを裁く人間が必要だ……。過去を変えても今は変わらない……。これどういう意味でしょうか?」

「俺にだって分からねぇよ。けどもっと気づくことがあるだろ?」

「この字は熊切さんの字だ……」伊敷が深刻な表情で言う。

「確かに熊切さんの字ですね……」浦川も同意見だった。

「やはり、あいつの字か……」

「この手紙をどこで?」

「殺された遺体の傍に置かれていた。しかも連続的にだ」

「「連続殺人事件!?」」伊敷と浦川は声が合う。

「そういうこと……。しかも、これで十九人目だ……」

「じゅ、十九人も!? 被害者たちに接点は?」浦川は手帳にメモを取り始めた。

「遺体の傍に手紙、そして被害者の心臓を的確に拳銃で撃ち抜かれていたこと以外は特にない……。指紋も出てこないし、目撃者はいない。公には関連性は無いと報道してるが、それもいつまで続くか……。本当に厄介な事件だよ」

「それで宮沢さんは我々の事務所に来たと……」

「あぁ、そうだ。お前たちなら熊切について何か知っているかもと思ってな」

「知ってるも何も……熊切さんは私たちにとって父親同然の存在ですから。生き返って殺人鬼になったと思いたくありません。それに熊切さんがもし殺人鬼になったとしたら――」

「誰も止められない。か?」

「はい……。熊切さんほど敵に回したくはない存在いませんから」

浦川は悲しい表情を見せた後、

「もし熊切さんが生きてるなら……私たちが捕まえてみせます」

伊敷も頷いた。

「ふん、自分が育てた弟子たちに自分を捕まえてもらう……。アイツらしい狂った考えだ」

「この探偵事務所も一気に忙しくなったな……」伊敷が頭を掻く。

「今受けている依頼は終わりそうなのか……?」

「いえ……謎が謎を呼ぶばかりで……」

「まあ、依頼の内容は訊かないでおくとするよ」

宮沢は立ち上がり、胸ポケットから一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。

「じゃあな」宮沢が事務所を出て行った後――

伊敷はその紙を広げた。

『お前らの今受けている依頼は、大体想像はつく……気をつけろ!お前らを監視するものがいる』

伊敷はため息をつきながら、紙をテーブルの上に置いた。

「これは命がいくつあっても足りなさそうだ」



のむは探偵事務所を後にし、研究所『蟻の巣』に戻っていた。

あと少しで人類が成しえなかった研究が完成する。

完成すると世界が大変なことになる。

手島が捕まる前までは世紀の大発明だと喜ぶことが出来ていた。

だが、今は違う。大きな成果には常に争いごとが絶えない。まして未来と過去を行き来できるタイムマシンだ。そんなものが悪用された世界など想像したくもない。

のむの手は自然と止まっていた。

「どうしたんだ? お前らしくもない」

のむが振り返ると、手島の姿があった。

「手島さん……。私、自分に迷ってるんです」

「それは、自分の生きてきた道にか?」

「はい……。これでいいのかなと……」

「そうだな……俺は独房で……」手島は頭の中で、独房で出会った『友人』の話をしようとした。

「……」手島の思考が停まった。

「どうしたんですか?」のむが首をかしげる。

 (あの人……? 誰の事だ?)

それが手島の頭の中の記憶が出した答えだった。

「この研究は正しいことだ。俺はそれが言いたかったんだよ」

『その通りです。これは正しいことです』

七三の髪型をした男は、まるで自分が最初から仲間だったかのように、笑顔を浮かべて手島とのむに歩み寄る。

「すいません。名前も分からない人は黙っておいてもらえますか?」

のむは怒りを気持ちを込めて言うと、男は自分の頭の後ろに手を当てた。

「これはすいません。私の名前は中谷かおると申します」

中谷かおるが頭を下げると、手島が話し出す。

「のむ。この人は私の命の恩人なんだ。あの独房から私の無実を証明してくれた。許してあげてほしい……」

「でも……」

「あ、そうだ手島さん。この後の予定は空いていますか?」

「まあ、少しなら」

「でしたら、ちょっと時間をください」

中谷は手島を研究所の外に連れ出した。


「いやぁ、すいませんね。まずはこれを」

中谷は一枚の写真を手島に渡した。

綺麗な女性が運転する車に男二人が乗っている写真だった。背景は山道で、研究所近くの道に似ている。

「これは?」

「前に言っていた怪しい奴らです。見覚えは?」

「記憶にないな」

「そうですか。それならよかったです……」

中谷は笑顔を崩さず、胸ポケットに写真をしまった。

冷たい風に木々が揺れた。



「何かあったんですか?」

探偵事務所に来ていた鈴木は、浦川と伊敷がどこか浮かない表情をしていたので、疑問に思い、声をかけた。

「実は……」

「いや、話さなくていい」

 伊敷は浦川の会話を止めた。

「何か相談に乗れるかもしれません。話してくれませんか?」

鈴木は二人にお願いをするように言った。

「実は……熊切さんの事で尋ねて来た警察がいまして……。その警察によると、連続殺人事件に熊切さんが関わっているかもしれないと……」

「連続殺人事件? もしかして今世間を騒がせてる事件ですか!?」

「そうです……。何でも遺体の傍に謎のメッセージが残されていて、その字が熊切さんの書く字にそっくりなんです……」

(もしかして!)鈴木の中で何かが繋がった。

「あの……熊切さんの顔写真か何かありませんか?」

「ちょっと待っててください」

浦川は事務所の奥に行き、一枚の写真を持ってきた。

「これですよ」

鈴木は写真を見つめた。

「やっぱりここに居たのね……」

鈴木の思っていたことが確信に変わった。

写真には、浦川と伊敷の間に熊切と言われている人物が、笑顔でこちらを見ていた。白いシャツに黒いジーンズを着た三十歳前後の熊切は、黒髪を後ろで束ね、黒ぶちの眼鏡をかけている。

「どうかしました?」

「二人には信じられないかもしれないけど……熊切さんは未来から来たのよ」

鈴木は真剣な表情で真実を告げた。

「み、未来から来た? 鈴木さんそれはいくら何でも……」

伊敷と浦川の信じられないと言った表情に、

「証拠ならある……ここに」鈴木は親指を立てて自分に向けた。

「私も未来から来たの。熊切……いや、西野と共にね。西野は私とここに来る前から熊切としてここに来ていたのよ」

「熊切さんが未来人……」

「う、嘘だろ……?」

二人が驚く中で、

「今世間を騒がせている連続殺人事件の犯人は……私と熊切よ」

探偵二人の目は大きく開いたまま、鈴木を見つめて固まった。

「驚くのも無理ないわ。少し落ち着いてから話しましょう」

鈴木は冷静にそう言って、事務所のトイレに向かった。


今週に入り、驚いたのは何度目だろう。

未来から来た謎の美女、鈴木。少し変わった研究員ののむ。謎の男ルガ。手島のタイムマシン研究。自分を育ててくれた熊切が、謎のメッセージを残した連続殺人事件の犯人。

そのどれもが自分の親とも言える熊切と関わっていた。

浦川はソファーに座り、事務所の天井を見上げた。

「熊切さんは未来から来た……。そして殺人を……」頭の中の声と口に出す言葉が繋がる。

「……」伊敷は黙り込み、煙草を吹かしていた。

そんな時、インターホンが鳴った。

「こんな時に……」浦川は玄関に歩み寄ると、玄関の近くにあるトイレから鈴木が出てきた。

『お届け物でぇす』と扉の向こう側から、男の大きな声が聞こえる。

(この声はッ!)鈴木の目が大きく開いた。

「浦川!」鈴木が大きな声を上げて、浦川に飛びつき、倒れこんだ。

「ど、どうしたんですか!?」浦川は倒れながらも驚いた。

『見つけたぁ!』と言う言葉と共に、開くはずのない玄関の扉が静かに開いた。

「あれがルガよ!」

鈴木の言葉に、うわの空だった探偵二人の表情が引き締まる。

「初めましてぇ……ずっと監視してました」

「そりゃ、どうも」伊敷が部屋の奥から、玄関に来ていた。

「男二人……華奢で弱そうですね……」

「ふん。お前も見た目は死にかけだけどな、ルガ」

「ハハ」ルガは嬉しそうに口を広げた。

「ここは伊敷さんに任せましょう」浦川は小さな声で、鈴木に言った。

「それって、どういう――」

「まあ、見ててくださいよ」伊敷は自信ありげに肩を回しながら答えた。

「順番なんて関係ない。どうせみんな、あの世行きだから」

ルガは浦川と鈴木に向かって、飛び込んだ――

と思ったら、ルガの視界は伊敷の拳で埋まった。

ルガは吹き飛び、事務所の玄関の扉にぶつかると、そのまま倒れ込んだ。

「今見ましたか!?」嬉しそうな表情の浦川に、

「え、ええ……」と唖然とする鈴木。

二人の目の前で、映画のような出来事が訪れていた。

「伊敷さんは腕っぷし。僕は頭脳。それが尼左市探偵事務所のスタイルなんです!」

浦川が鈴木に自信たっぷりに説明していると、ルガがゆっくりと立ち上がった。

「まだやるかい?」伊敷は攻撃の構えを取る。

「もちろんッ!」

ルガは口を大きく開きながら、今度は伊敷に襲いかかる。

「突っ込んでくるばかりじゃあ、俺には勝てないぜ!」

伊敷の左構えからの左ジャブは、寸前のところで空を切る。

「遅いなぁッ!」次の伊敷の左ジャブに、ルガは自分の右の拳をクロスに被せた。

ルガの渾身の右カウンターが伊敷の左頬に入る。

壁と床に鮮血が飛び散った。

しかし、伊敷は倒れない。

「いいカウンターだ」と言って、今度は伊敷がルガに飛びかかる。

それはハイレベルな殴り合いで、観客は二人――

その中で、ルガが倒れないことを祈るものは誰もいなかった。



とある街中にある一軒家を背に宮沢は立っていた。

宮沢の右頬に真っ赤な手形がついていた。

『うちの可愛い息子の何が分かるんですか!?』

連続殺人事件の被害者の母親の悲痛な声が、今も痛みと共に残っている。

(この職業はいつもこんな感じさ……)

いつかの辞めた先輩の口癖を脳内で再生する日々。

「はぁ……」宮沢はため息をつきながら、空に写真をかざした。

二十枚目のメッセージ。

その二十枚は関係しているようで、していなくも感じる。

「背後から拳銃で撃たれる……。撃たれた被害者は無職の男性で、部屋にこもりっぱなしだった……。一体アイツは何を考えて殺しをやっている?」

宮沢は独り言を言いながら、来た道を帰る。


宮沢は人ごみの中で歩きながら頭の中で事件の事を考える。

その時、何かに見られているような気がした。

「ん?」

後ろを振り返るが、見向きもしない人ごみが、宮沢を避けていく。

「気のせいか……」

気にせず前を向くと、少し先の物陰でこちらを見つめている女性がいた。

瞳は青く、髪は金髪。目鼻立ちは離れていて見えないが、凛として綺麗な女性だということが分かった。

女性はデニムのズボンに白いセーターを着ていて、肩には小さなカバンをかけている。

(刑事の俺を尾行……? まさかねぇ……)宮沢は自分の思い込みだと感じ、気にせず歩き始めた。

しかし、何処まで行っても、その女性は同じ距離を保ち、こちらを見つめていた。

宮沢は思い切って女性に声をかける。

「すいません。さっきから――」

「つけてます」

女性のあっさりした答えに、思わず拍子抜けした。

「何故ですか?」

「貴方に興味が湧いたからです」

その言葉だけなら、恋の予感を感じていたはず。しかし、女性の青い瞳の眼差しは、こちらを物珍しそうに見ているだけだった。

「興味ですか……ならそこの公園のベンチで私の全てを答えますよ」

「それは良い提案です」

公園のベンチに綺麗な女性と二人で座ったのは、いつ以来だろう?

もしかしたら生まれて初めてかもしれない。宮沢はそんなことを思いながら、ベンチに座り、質問を待つ。

女性の方を見ると、小さなカバンからメモ帳を取り出している。

(記者なのか?)宮沢がそんなことを思っていると――

「質問していいですか?」

「あ、はい」

「まず初めに私の名前はミラ。あなたの名前は宮沢彰さんで間違いないですね?」

「そうだ」

「次に質問ですが、宮沢さんが必死になって突き止めようとしている事件は管轄外のはずです。なぜそこまで知りたがるんですか?」

「俺のライバルでもある熊切が関わっているかもしれない事件だからだ」

宮沢がすぐさま質問に答えると、ミラはメモを取り始めた。

「宮沢さんにとって熊切さんはどんな人だったんですか?」

「どんな時も表に表情は出さない。まあ、出すには出すが本当の表情じゃない。結果、嫌な奴」

宮沢の答えに、ミラは何故かニヤけていた。

「ミラさんはもしかして熊切を知っているのか?」

「はい。よく知っています」

宮沢の背筋に衝撃が走る。

「あいつは今どこに!? 生きているのか!?」

「それはこちらの条件次第で返答が変わります。それでも良ければついてきてください」

ミラが歩き始めると、宮沢は迷わずついていく。



やはり殴り合いは楽しすぎる。

頬に痛みが流れ、脳がこいつには勝てないと悲鳴を上げている。

それでも勝ってきた。

ルガはそっと目を覚ますと、手足は縄で縛られて、探偵事務所のリビングにいた。

目の前には、今日中に始末しろと命令された標的三人がこちらを睨んでいた。

「やっと目を覚ましたか」

伊敷が声をかけると、ルガは笑って「楽しかった……」と言った。

「何が楽しい?」

「殴り合いが……」ルガはニヤけた。

「貴方は何者なの?」鈴木が問いただす。

「我輩は拳……脳の指示に従う……」

「つまりあなたはリーダーじゃないと……。じゃあ、貴方たちの計画は何?」

「知らない……」

「リーダーの名前は?」

「殴り合いをさせてくれる人……」

「話にならないわね」鈴木は呆れた表情をした。

「腹が減った……」ルガが呟く。

「捕まっている側なのにずいぶん余裕ですね」

浦川が言うと、

「やっと来た」

ルガの視線は事務所の玄関の扉を見ていた。

『ふふ、ずいぶん楽しそうなメンバーですね。ルガ』

謎の男の声と共に、扉が開く。

扉の先には七三の髪型をした男が一人、立っていた。

「貴方がリーダーね」鈴木が言う。

「その通りです。私の名前は中谷と言います。以後お見知りおきを」

「以後……俺達があんたらを逃がすとでも?」

「ふふ……私は泣き虫で弱虫の道化です……。なのでッ!」

中谷は何かを地面にたたきつけると、辺りは黒煙に包まれた。

「く、くそっ!」

「それではさようならぁぁ」


しばらくして、再び視界が開けた時には、ルガ、中谷、鈴木の姿がなかった。

「鈴木さんが!」焦る浦川に、

「あぁ、分かってる」

伊敷は冷静に答え、目の前に落ちていた手紙を拾う。

「そ、それって……」

「道化からの招待状だ……」



日が夕暮れに差し掛かる頃――

テレビで人気のあるチャンネルで生放送が始まった。

「新たな被害者が出たということですが、どう思われますか?」

ニュースキャスターの女性が二人のゲストに問うと、その中の一人、大柄でオールバックの男が偉そうに口を開けた。

「いやぁこれで二十人目となると、大きな事件ですねぇ。それに犯人の情報は未だにつかめてないとなると警察の信頼を疑うことになりますからねぇ」

「そうですよね。そうなると夜歩くのが少し怖いです……」

ニュースキャスターが脅えた表情で言うと、

「私が一緒に帰りましょうか?」大柄の男が嬉しそうに言った。

「それはセクハラになりますよ」

もう一人のゲストで、眼鏡をかけた賢そうな男が二人の話に入ると、場が笑いに包まれた。

「ガハハハ、嘘ですよぉ。けど本当に気を付けてくださいよ」

大柄の男は座った目でニュースキャスターを見つめた。

次に眼鏡の男が考えた表情を浮かべた。

「それにしても、変わった事件ですよね。被害にあった人に接点がまるでない……」

「それはきっと、犯人が快楽殺人鬼だからですよ。誰彼構わずに人を殺す……ひどい話だ。許せないね」

大柄の男の言葉にニュースキャスターは何度も頷いた。

その様子は、しっかりとテレビ画面で流れていた。

『みんな本当の真実を知ったらどういう表情をするか……』

どこかの部屋でテレビを見ている男が独り言をつぶやくと、女性が答えた。

「その時には、みんな『こんなこと初めから分かっていた』と言ってますよ。それが人間ですから」

「ハハ、貴方は本当に彼に似ているな」

「それはそうですよ。だって私は彼に――」

女性の携帯が鳴る。

女性はしばらく携帯を耳に当てると、

「仕事なんで行ってきます」と言い残し、外に出て行った。

一人残された男は、慣れた手つきで煙草に火をつけた。

「過去は変えられない……たとえ過去に戻ってきたとしても……」

男の吐く煙は渦を巻き、消えていく。



鈴木が目を覚ますと、そこは窓のない薄暗い部屋だった。

「ここは……?」

体は縄で椅子に縛り付けられて動けない。

すると、目の前の扉が開き、金髪で青い瞳をした女性が入ってきた。

「初めまして、鈴木さん。私の名前はミラと言います。あなたの監視役を任されました」

「それはご丁寧にどうも、ミラさん。私は何故ここに連れてこられたのかしら?」

「それは、中谷さんに聞いてください」

ミラの声と共に、部屋の扉が再び開いた。

「お目覚めの様ですね。鈴木さん」

部屋に入ってきたのは笑顔の中谷だ。

「それでは」ミラは席を外すように出ていく。

薄暗い部屋で、不気味なくらい笑顔な中谷と、それを睨む鈴木の二人きり。

空気は緊迫していた。

「そんなに睨まないでくださいよ」中谷は手を後ろで組むような姿勢で立っている。

「貴方は何を企んでるの?」

「何も企んじゃいませんよ。私はただ手島さんの手助けを――」

「嘘ね。あの研究を乗っ取って悪用する気でしょ?」

「悪用? あの存在自体が悪魔のような道具じゃありませんか? 未来から来た鈴木さん……」

「なぜそれを!?」鈴木の驚く顔に、中谷は表情を変えずにいる。

「私も未来からここに来たからですよ」

「あなたが未来で暗躍する謎の組織だったのね!」

「フフ、違いますよ……私は……」中谷は後ろで組んでいた手を前に出すと、その手には赤いフェイスマスクを持っていた。

「監視役の!」

「その通りですよ鈴木さん……。貴方は私の先輩です」

「それならなぜ私を縛っているのよ!?」

「現次さんが貴方を謎の組織のメンバーだと疑っているからですよ」

「私なわけない! 私は色んな調査をして謎の組織を見つけようとしているわ!」

鈴木の訴えに、中谷は笑いをふき出した。

「ハハハ、面白いですねぇ……。気づいていないなんて!」

「何がおかしいのよ!?」

「謎の組織……裏切り者は西野さんですよ! この過去に誰よりも早くに来て計画を立てた。そう、熊切と名乗ってね」

中谷の言葉に鈴木は何処かで同感していた。

「鈴木さんは気づいていたはずです……。西野さんが現次さんを裏切る可能性があると」

「確かに少しは思っていたわ……。けど、貴方は何故そこまで言い切れるの?」

「それはとある独房で西野さんにお会いしたからですよ」

「そ、それって――」

「そうですよ。手島さんが捕まっていた刑務所ですよ。しかも手島さんの隣の部屋に彼がいたんです。さすがの私も驚きましたよ……。その時、西野さんに訊きました。「貴方が裏切り者ですか?」と、そしたら彼は笑って「そうだ」と言いましたよ」

「それじゃあ……まさかっ!?」鈴木に悪寒が走る。

「そうです……私が西野さんを始末しました!」

中谷は歓喜に満ちた表情をした。

その時――

鈴木の右目から、一筋の涙が流れた。

体と感情は冷静だが、本心が泣いていた。

「おかしいわね……。私は泣くことが出来ないはずなのに……」

現次を義理の親としてきた人間には泣くことは教えられていない。泣くこと自体が悪い事に感じるように教えられてきたからだった。

そして、西野との本当の別れに涙を流した鈴木は、本心では西野に惚れていたことを理解した。

「妖艶の魔女が涙ですか……。やはり貴方も西野さんも、私の想像していた殺人鬼にはなれないみたいだ。本当に残念です……」

中谷は心の底から失望した表情を見せ、スーツの中のホルスターから拳銃を抜いた。

「これで貴方の依頼は完了です。ありがとうございました」拳銃に指をかける。

中谷の一連の行動に、鈴木は恐れることなく、逆に笑顔を見せた。

「ハハハ……貴方に未来タワーを脅かす謎の組織が誰なのかを教えてあげる」

「それはさっきも言った……西野さんですよ」

「違う……。彼らよ!」

「それはあの二人の事ですか? あの平凡な二人に何ができると?」

「あの二人から私達の腐った未来が変わるのよ……」

「それは無理ですね。あの二人からは西野さんのような才能を感じな――」

中谷の携帯が鳴る。鈴木の嬉しそうな顔に、中谷は少し苛立ちを見せながら電話に出ると、ルガの声が聞こえた。

『研究所に奴らが乗り込んできましたぁ』

中谷は電話を切り、不敵に笑った。

「鈴木さん。救われましたね」

中谷は拳銃を下ろした。

「研究所に馬鹿二人が乗り込んで来たようですが、すぐにあの世に送ってやりますよ。その後は……あなたの番だ」

中谷はそう言い残し、部屋を出て行った。

そのすぐ後に入ってきたのはミラだった。



伊敷と浦川はのむの協力で難なく研究所に入れた。

「鈴木さんは最深部の部屋にいると思います!」

のむがそういうと、伊敷と浦川は同時に頷いた。

『待ってたよぉ……』

足早に行こうとする三人を止めたのは、ルガだった。

「貴方ですか……」

「もう一回殴られたいか?」

伊敷が肩を回すと、ルガは嬉しそうにはしゃいだ。

「あんた強いから、僕も本気になったよッ!」

ルガは浦川を無視して、伊敷に飛びかかり、力いっぱいに振りかぶった。

「惜しいな!」伊敷はその攻撃をひらりと避けて、次は自分の番とばかりに攻撃するが、当たらない。

ルガは明らかに強くなっていた。

中谷に力を抑えるように言われていたのかもしれないと思った伊敷は腹が立った。

「真剣勝負で手を抜く奴は死ぬんだぜ!?」

「あんたに俺が殺せるとぉ?」

伊敷の苛立ちが頂点に達したとき、彼の頭は冷静になるように勧めた。


それは伊敷の才能と呼べるものでもあった。


いつも冷静に対応する。言葉では簡単だが、目に見えない怒りや苛立ちが込み上げてきた時、冷静でいることは至難の業だ。

『お前はいつも落ち着いているな』

熊切の言葉と笑顔が、景色と共に甦る。

そこら中に血まみれで転がる人間の四肢の中に熊切と伊敷は立っていた。

他の警察や探偵仲間は現場から少し離れた所で嘔吐していた。

『伊敷、あいつらを見ろよ……あれが普通の人間だ』

「……」少し落ち込む伊敷の肩を、熊切は手で勢いよく叩いた。

『心配するな! お前は一人じゃない。俺がいなくなっても浦川がいる!』

「あいつはまだ小さくて頼りにならない……」

『そんなこと言うな。いつか浦川はお前の右腕とも呼べる存在になるよ!』


伊敷は思い出にふけり、拳を掲げながらニヤリと笑みをこぼす。

(親父……今じゃあいつは右腕どころか……絶対に守るべき家族になっちまったよッ!)

伊敷とルガの拳が交差する。

「お前らは早くいけ!」

伊敷の声に、浦川が頷いた。

「のむさん!ここは伊敷さんに任せて先を急ぎましょう!」

浦川はのむを連れて、エレベーターに乗り、下に向かった。

「行ってよかったんですか?」

のむの問いに、浦川は「大丈夫です」と笑顔で答えるが、内心では心配していた。

そんな二人を乗せたエレベーターは停まることなく降りていく。


「こちらだと思います!」

エレベーターが開いたと同時に、のむが足早に歩き始めた。

のむについていくと、コンクリートで固められただけの空間が広がっていた。

長い廊下に無数の扉――

その光景は監獄のような風景で、不気味な雰囲気だった。

「この部屋のどこかに――」

『鈴木さんはいますよ』

その声は廊下の中心に立つ男が発した声だった。

「中谷……」浦川の声は怒りに満ちている。

「また会いましたね浦川さん……。伊敷さんを置いてきて大丈夫だったんですか?」

「伊敷さんはあんな奴に負ける男じゃないです」

「いや、そうじゃなくて……あなたがですよ!」

銃声が響いた。

「きゃあああッ!」

のむは目を閉じて床に伏せる。

「のむさん……安心してください」

のむが目を開けると、浦川は拳銃を中谷に向けていた。

その姿に中谷は驚いていた。

「おかしいですねぇ……ちゃんと貴方に向けて撃ったはずなんですが」

「もう一回撃ってみるか?」

浦川の挑発に中谷はためらいなく引き金を引く。

弾丸が浦川に飛んでいく瞬間、浦川は弾丸の軌道を読み取り、自分も拳銃の引き金を引く。

二つの弾丸が重なり、破片になり、砕ける。

「軌道を読み取り、重なるように撃つ……。打つ瞬間は相手に合わせて撃つから発砲音は一回しかならない……。正解ですか?」

「正解」

「そんな事……できるわけない!」

のむは黙っているわけにはいかなかった。

「タイムマシンを作っている人間が常識人みたいなこと……。おとぎ話のようなものがあるなら神話みたいな超人もこの世にはいるんですよ」

中谷は呆れた表情をした。

「のむさん。安心してみていてください。こいつを片付けます!」

浦川は引き金を引いた。



「すいません。質問してもいいですか?」

静かな空間で、先に話したのはミラだった。

「私が何者か知りたいの?」

「それは知っています」

「話を外で聞いてたのね……」

「嫌でも聞こえてくるんですよ。だって――」

「それなら質問は?」鈴木がミラの言葉を遮った。

ミラは嫌な顔一つせず、口を開いた。

「貴方にとって、西野さんはどういう人でしたか?」

鈴木の中で一番困る質問だった。

日を重ねるごとに、腹立たしさや、後悔、そして切ない気持ちが入れ替わる。

鈴木は天井にむき出しのまま垂れさがる電球を見ながら、

「西野は現次の右腕と呼ばれ、どんな任務でもこなす優秀な隊員だったわ。私も隊員の一人で、西野をサポートする役を務めていた。けど、今は彼の真実を知って驚いたわ……。まさか彼が裏切るなんて思いもしなかったわ……」

「そうですか……。最近有名な連続殺人事件の犯人って西野さんが起こしたんですよね?」

「そうよ。西野が現次の右腕として実行した任務よ。内容は「過去に戻り。ターゲットを始末。そして、名誉ある死を遂げよ」」

「ひどい話ですね……。ターゲットはどういう理由で選んだんですか?」

「それは、将来に殺人を犯す人……。つまりターゲットが殺人を犯す前に私達がターゲットを始末するってこと」

「それって――」

「そう。任務が成功すれば、亡くなった人達が亡くならずに済んでいるし、依頼者の記憶は違ったものになる」

「それでは未来が変わるのでは?」

「変わらないわ。現次がタイムマシンを操作出来る限り……死を操作して金を手に入れる。人前では偽善、裏では大金を牛耳る……。まさに悪党よ」

「悪党……」

「手島は天才科学者だったけど、タイムマシンを持つべき人間じゃなかったってことよ……。他に質問は? これだけ自白すれば逃がしてくれるのかしら?」

鈴木は煽るような口調で言うと、ミラは真剣な表情で、

「貴方の話と現次の罪は全て西野さんから聞いています……」

「それって……どういう事?」

鈴木の疑問にミラは自身の服の袖を捲り上げると、機械で出来た腕が姿を見せた。

「そ、それってもしかして!」

ミラは表情を変えず、

「私は西野さんによって作られた人造人間です」

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