ガラスの下のカマス
先日、面白いネット記事を目にした。「NOSE」という、無料ゲームについての記事である。何故無料ゲームが記事になるほどの話題になったのか?実はこのゲーム、出来た経緯がかなり特殊なのだ。
「DARK SOUL」というアクションRPGゲームがある。フロムソフトウェアの代表的なタイトルであり、世界中で高い支持を集めているゲームだ。NOSEの制作者もこのゲームの大ファンで、フロムソフトウェアに入社を希望して面接を受けたが、落とされてしまった。しかし制作者はこれにめげず、6年の歳月をかけてたった一人でDARK SOULをリスペクトしたNOSEというゲームを作り上げたのだ。製作者の情熱には感服するしかないが、ある疑問が残る。ここまでの技術を持った人間が何故フロムソフトウェアに入社出来なかったのか?
面接とゲーム、ということで思いついた出来事がある。少し前、大乱闘スマッシュブラザーズ(以下スマブラ)というゲームにおいて、企業対抗でのスマブラ大会というのが開発元の任天堂主催で行われた。名だたる大企業が続々参戦したものの、その中には目を疑う企業があった。SIE、株式会社ソニーインタラクティブエンターテイメントである。分かりやすく言えばPS4を作っている会社、任天堂のライバル企業だ。そんな企業が参加すること自体がイレギュラーなのに、大会でプレイしたSIEの社員さんの経歴も驚くべきものだった。その人はスマブラが大好きで、SIEの面接でもスマブラ愛を語り、見事入社したというのである。この人のやっていることは、普通に考えれば自殺行為にしか見えない。しかし実際にSIEの社員になっている。ダークソウル愛を持っていたのに落とされたNOSEの製作者さんとは真逆だ。これは一体どういうことか?
少し話は変わるが、プロレスラーの矢野通選手が出版されている「絶対、読んでもためにならない本」という本がある(※1)。ここで矢野選手が経営しているスポーツバーに訪れたお客さんが語っている話に、面白いものがある。水槽にカマスを入れ、最初は普通にエサをあげる。餌付いたら今度はガラス蓋を水槽にかぶせ、その上にエサを落とすようにする。エサは水面に届かず、最初は食いついたカマスもだんだんエサが手に入らないことを学習してしまう。すると今度はフタを外してエサをあげても反応しなくなってしまうのだ。このカマスが再びエサを食べるようになるにはどうすればよいのか?答えは単純で、別のカマスを水槽に入れてあげればよい。新しいカマスがエサを食べるのを見て、元いたカマスも再びエサを食べるようになるのだ。これは企業再生の論理であり、再生のためには新しい人材を入れることが必須、ということのたとえ話らしい。
再生のみならず、新しいカマスというのは企業にとって良いものだと私は考える。新しいカマスは古いカマスよりも想定外の視点やアイデアを持っている可能性が高い。その分イノベーションに繋がる可能性があるからだ。前述したSIEの社員さんも新しいカマスの最たるものだ。不利になりかねない情報を面接で全面に押し出す様を見て、SIEの面接官達はその人を「面白い人だな」と思ったのだろう。また、ライバル企業のゲームのファンという視点は、マーケティングの戦略で有利に働く可能性もある。自殺行為に見えてた社員さんのスマブラ愛は、実は真っ当な戦略に基づいていたのだ。
残酷な話になってしまうが、NOSEの製作者さんは古いカマスの部類にカテゴライズされる。自社のゲームがいくら好きだとはいえ、そこからの視点で見つけられるモノは想定内のモノである可能性が高い。常に進化を続けなくてはいけないゲーム会社にとって、そのような人材は必要だと見なされなかったのだろう。しかし、愛を裏切られたに等しい製作者さんに対してそのようなことを言うのは非常に酷だと思うし、6年かけてゲームを作り上げた努力は本物だ。フロムソフトウェアに落とされたことは残念だったが、その才能と情熱をまた別のことに活かして欲しいと思う。
※1 ためにならないと書いてあるが、私にとってはそこそこためになった。(私の人生経験が浅いだけかも知れない)また矢野選手のスタイルや来歴を見ると、矢野選手本人も新しいカマスであったように思える。