山賊な焼き物
皆さんは「山賊焼き」をご存じだろうか? 私はこれまで山賊焼きのことを全く知らなかった。興味がなかったので、知ろうともしなかった。山賊焼きの「山」と「焼き」の部分しか見ずに、「スペアリブの和風バージョンか何かだろう」と軽く考えていた。ちなみに私はスペアリブを殆ど食べたことがない。恐ろしい話である。人は無知な物事に対して、ここまでも傲慢な知ったかぶりになれるのだ。そんな私のなめ腐った態度に、天罰が下ろうとしていた。
最近のコロナウイルスの蔓延で、実家では空前のテイクアウト旋風が巻き起こっている。発端は、父の「経営的に厳しい地元飲食店を応援しよう」という提案によるものらしい。そして今日、父が近所の飲食店から買ってきた件の山賊焼きが我が家の食卓に登場したのである。そのファースト・コンタクトは衝撃的だった。山賊の襲撃のように。
まず肉がデカい。大きい、ではなくデカいのだ。成人男性が「小さく前習え」のポーズを取った際に、両手のひらの内側に収まるか収まらないかぐらいのサイズである。幸い大きさに比べて厚さはさほどでもないが、それでも十分に厚い。さらにわたしを驚かせたのは、山賊「焼き」という名前なのに揚げ物であることだ。こんがりキツネ色になった片栗粉で覆われ、鼻腔をくすぐるカラリとした匂いは、自身が揚げ物であることを雄弁に物語っていた。只でさえ大きいのにボリュームのある肉料理、しかも胸焼けする油ものである。書いてるだけでお腹いっぱいになりそうだ。しかし筆者を怖じ気づかせたのは、大きさだけではなかった。
ローストチキンは、大きいがニワトリの形がはっきりと分かる。なので、「ああ、こいつはニワトリなんだな」と安心できる。手羽先やもも肉のローストも同様だ。しかしその山賊焼きは違った。まず全体の形がつかめない。私の稚拙な文章力では形容できないほどに複雑な見た目で、どんな肉のどんな部位なのか、さっぱりわからない。そして直径2センチ、長さ4センチほどで、しわの入った円筒形の銀色の物体が目に付いた。よくよく見ると、アルミホイルで肉の一部分を包んでいるものだった。おそらく「お手が汚れないようにここをつかんでください」というお店側の配慮だろう。だが小さい、小さすぎる。山賊焼きの巨体を持つには心許なさ過ぎる。そして我々家族は、山賊焼きに挑みかかった。
一口目を食べて、「ああ、これは鶏肉だ」と理解出来た。事前のイメージでてっきり豚肉か何かだと勘違いしていたのだ。味の方はというと、非常に良かった。柔らかさと適度なかみ応えを保持してふっくら揚がった肉に、適度な味付けとサクサクした衣。初見の驚きも忘れて味わった。だが、ある程度食べ進めるとまた驚く。出てくる骨が小さいのだ。スーパーで売っている骨付き肉よりも小さい。肉の大きさに比べると奇妙だ。これは鶏肉のどの部位なのか?そう思っていると、私の頭の中に恐ろしい考えがよぎった。本当にこれは「鶏」肉なのか?なにか別の、未知の鳥類の肉なのではないか?
ある山村で平和に暮らしている農民たち。すると黒い影が奇声を上げながら飛来してくる。空から降りてきたソレは農民達をくちばしで突き、ツメで引き裂きながら、老若男女問わず虐殺していく。家畜も穀物も根こそぎ奪われ、平和な光景が地獄へと転じていく…。この地域に伝わる伝説的な災厄「山賊鳥」、そんなおぞましくて非常にくだらない妄想が広がっていった。
最初は美味しいと思っていたが、山賊焼きの圧倒的なボリュームは徐々にダメージを蓄積させていった。揚げ物特有の、胃の奥から押し上げてくるようなむかつきが襲ってくる。まだかなりの量が残っているのに満身創痍だ。最初から一個丸々食べることをあきらめて二人でシェアしている母と祖母も、働き盛りの兄も、現状ニートの私も、皆が皆苦しそうだった。もはや希望はないのか、山賊鳥に蹂躙された村人のように、私も蹂躙されてしまうのか。そんな最中、あるものが目に付いた。
山賊焼きの下には、大きなキャベツの葉が何枚か敷かれていた。恐らく油が垂れないように敷かれたものだろう。だが、私はとあることを知っていた。キャベツには胸焼けを防ぐ効果があるのだ。恐らくこれは、山賊鳥に襲われた農民達の無念が出現させたキャベツだろう。彼らの想いを無駄にしないためにも、絶対に完食しなくてはいけない。妄想に重ねた妄想で勝手に元気になった私は、再び戦線に戻った。
ある程度肉を食べたらキャベツをかじり、再び肉に戻る。ミルフィーユ戦法によって山賊焼きはみるみるその量を減らし、ついには骨を残してこの世から消え去った。終わってから気付いたのだが、なんで山賊「焼き」なのに揚げ物なんだろう、と。「山賊」と名が付いているからにはどうしても悪いイメージがつきまとう。ならばいっそ名前で詐欺をすることでヒールキャラで売り出そう、と商品開発部の人が考えたのだろうか?そんなくだらないことをまた考えながら、ぬるくなったお茶をごくりと飲んだ。