8話
大きさにして成人男性よりは小さく、魔法というものが存在している関係で多少鍛えた大人の人間であれば対処できる存在。
逆に言えば、何の鍛錬もしていない普通の大人であれば弑される脅威である化け物。であれば、ただの3歳に満たない子供にとってみれば、当然ながら対処不可能な死に他ならない。
「ギヒッ! ギヒヒッ!」
目の前の獲物を前に舌なめずり。ニタニタと笑い、どうやって甚振ろうか、何処から食べてしまおうか、そんな考えが透けて見える。
僕を此処に連れてきた連中は僕の事を殺す気に違いない。そう確信したくなる程度には、ゴブリンという存在は普通なら脅威的で。
つまり、普通ではない僕にとってみれば、少なくとも再度あの白い少女と対峙するのに比べれば圧倒的にどうとでもなる状況だった。
問題は。そう、問題はどうするべきか。少なくともただ何の特異な能力も持たず、大人を撲殺できる膂力しか無い化け物などは問題ですらない。
どうして僕が殺されずに生きているか。可能性の一つとしては今ここでコレに殺される光景を見る為という悪趣味な性癖。もしそうだったら寝ている間にでもけしかけてしまった方が良い。
殺さず、殺す為でもなく、それでいて普通なら死ぬような脅威をぶつける。となれば考え付くのは普通では無い可能性の選別。
有用なら殺さず、無能なら死んでも良い。そういった意図の下に整えられた状況であれば、僕の能力が有用だと証明するのが最善。
それは分かる。そこまでは誰でも考え付く。あるいは年相応の子供なら、生き残るために何も考えず全力で力を振るうだろう。
で? そうする事の利益と不利益は? 利益は有能だから殺されない、目の前の化け物に殺されない、命が掛かっているんだから最高の価値だろう。
しかるに不利益。自分の親族を皆殺しにした連中に自分の能力が露見して、対策を立てられ、一切逆らえず、いつ殺されるか分からない状況に追い込まれる。これは果たしてどれ程の損失なのか。
死の恐怖に怯え続けなければいけない奴隷のような生活なんて、最低の糞だろ。
死にたくない。死ぬのが怖い。僕のこれは、目の前の危険に対するものでは無くて、常日頃の安心できない事に対するものだ。
ただでさえ既にどれ程の恐怖があるかも分からないのに、更にそこに明確な上乗せ? ふざけるな。
だから、全力を出すなんて、自分の手札を完全に晒すなんてことはありえない。その上で、僕の価値を証明しゴブリンに対処しなきゃいけない。
「ギ?」
ゴブリンが首を傾げる。当然だろう。目の前の柔らかい御馳走が、突然よく分からない黒い塊になったのだから。
距離にして数メートル。子供の足で歩いても、それほど時間はかからない距離。影が、ゴブリンに触れて。
「!? ギャッ! ギギャ!」
胸に感じた違和感に、脅威を感じたのか、あるいはただ不快だったのか。まとわりつく影を振り払おうと暴れまわっても、影には、僕には当たらない。
すり抜けても構わず暴れまわるゴブリンは、もし人間が同じ状況になれば数秒で意識を失うにもかかわらず、10秒を超えてもなお動いていた。が、結局は意味が無かった。
直接心臓から伸びる血管を握られて、血流を止められてしまえば生きていられる存在など生き物ではない。
生き物でしかなく、体内の血管であれば子供の力でも容易く塞き止められるゴブリンが完全に死んだのは、それから程無くしての事だった。