6話
目を覚ました時、見た事の無い天井という景色よりも先に、硬い寝台による身体の不調に意識が割かれる。ごつごつとした石材の上に草を編んだ敷物。一室というよりむしろ安物の牢屋とでも言うべき空間。
恐らくは、寝ている間に運ばれたのだろう。どれくらいの時間が経過したかも分からないが、死んでいなければ問題はない。出来る事なら心安らかに日々が送れれば満足だ。
特に枷を嵌められることもなく、かといって子供を放置するには適当とはいえない状況。少なくとも現状は、昨日までの生活に比べれば満足とは程遠い。
魔法。前世ではおとぎ話の中にしかない空想の産物だったが、この世界では当然の理として確かに存在するもの。昨日までの僕の希望。
人によって全く異なる性質を持ち、大まかに属性という括りをつけられているそれの中で、僕の魔法は言ってみれば特殊に過ぎた。
たとえば、大まかに火の属性に括られている人がいるとする。その中には『燃えている』という現象をそのまま対象に押し付けるようなものから、周囲の酸素を集めて圧縮しその断熱圧縮により燃焼を起こしているものもいるかもしれない。
本質的には別の事象を起こす『魔法』だったとしても、それを本人が知っているかという話になれば別だ。理論ではなく言葉に出来ない感覚で働かせるこれは、結果から本質を類推するより他にない。
だからこそ、知識というものは魔法がどのようなもので、ほかに何が出来るかの幅を広げるのに圧倒的なアドバンテージを与えてくれた。
そう理解した上で僕の魔法がなんなのか。そう問われれば、この世界一般で知られている属性のどれにも該当しない希少なものであることは確かだった。
影を動かすだけであればあるいは『影』とか、そういったものになるのだろう。それしか出来なければ。そしてそれだけだったら、果たして何の役に立つのか。
影というものが何なのか。前世の拙い知識を総動員し、少しでも役に立つ可能性は片端から試して。その結果から言えば、僕の魔法の本質は『影』では無かった。
例えば昔の哲学者が、この世界は真実の世界の影に過ぎない、という考えを言っていた。
例えば、この世界の全ては波動であるという考えがあった。
例えば、すべての波は円運動の影に過ぎないという発想があった。
では果たして、僕の魔法はただ目に見える光の『影』に干渉しているだけのちっぽけで役立たずなものなのか? それとも、本当は何かを成すことのできる可能性だったのか。
その答えの一つであったはずの影への潜航。おぼろげに見えた僕の魔法の本質。言い表すならば『虚数』とでも言うべきもので。
考え付く限りの、知っている全ての、努力も、応用も、何もかもを成してきたつもりで。そしてそれが、何の役にも立たなかった現実。
いわば慢心していたと言っても良い位の体たらく。それを考えて恥じ入り憂鬱になる前に感じるのは結局のところ不安と恐怖で。
体を起こして、怯えのままに周囲をもっと把握しようとしたところで。ぎぃと、扉が開くのであった。