5話
「そっか」
どれだけ努力をしても、覆せない現実っていうものはある。蟻一匹で象を持ち上げれるはずもないし、永遠に降り続ける雨も存在しない。
少女が何をどう納得したかということは、その納得によって進行する事態に比べればほんの些細な事でしかない。自我を保つ以上の事が出来ない切り札に、起死回生も狙えない基本スペックの差。
それでも、たとえ死ぬとしても最後まで足掻こうと右手に力を込めて……無表情だったはずの白い少女が、満面の笑みを浮かべていることに気が付く。
「おんなじなんだね!」
発言の内容に理解が及ばない。知性のレベルが違う生き物とは会話出来ないと言うが、そんなものじゃない。思考形態そのものが違う別の種族と会ったような気分で。
一瞬。気を抜いていない筈なのに気が付かない程の瞬間で、右手の握りこぶしを握り込まれる。潰されるわけでもなく、さりとて解放を望めない程の強さ。
「ふふ♪」
引きずり回される。道中遭遇する見知った顔が、呆けたまま床に倒れ伏していく。一人残らず、全員、皆。意識を白く塗り潰されて、抵抗も出来ずに死んでいく。
それを僕は、ただ黙って見ていた。止める手段など一つも無く、服を用意した彼女も、食事を用意してくれる彼も、僕を遠ざけた母親も、そして僕を利用しようとしていた父親も。
笑顔で喉を裂き、胸を突き、1人づつ確実に、丁寧なのか乱雑なのかもわからないけれど、血溜まりを作ってその中で眠るように、あるいは呆けるように倒れている。
屋敷の中にいた人間は誰も彼もが皆死に、それでも僕はまだ生きている。抵抗は出来ない。手段がない。最早意味も無い。
咽るような血の臭いの中を、逃走も出来ずに捕まったまま。連れ出された屋敷の外で、一台の幌馬車が待っていた。
「『白』、なんだそれは」
御者と、それから男が一人。荷台の側から声を掛けられて、初めてそこに居たとわかる。
「全員殺せという指示だったはずだが」
「みんなころしたよ? でもこれはおんなじだから」
何と同じなのか。何が同じなのか。欠片も理解できない理屈で、しかしそれが唯一今僕の命を繋いでいる。
「どういう意味だ、説明しろ」
知りもしなかったけれど、多分こういうのが殺気とかいうものなんだろう。多分、理解出来なければ、あるいは納得出来なければ殺すと、そう言っている。
自分の命が良く分からない少女に委ねられている現状は、いつもの通りに恐怖しか感じない。一度無力化された以上自分の魔法を信頼出来る筈も無く、もし『白』を無力化出来たとしても目の前の男に影を無力化されない道理は無い。
「しろくならないの。ぬりつぶしてもうごけるの。だからいっしょ」
沈黙。どのような感情や思考が男の中に巡っているのかは欠片も分からない。もしかしたら数秒だったかもしれないし、あるいは十分に時間が経っていたかもしれない。
「……わかった、とりあえずは連れて帰る」
「うん♪」
馬車に連れ込まれ、抱きすくめられる。およそ命以外の何もかもを奪われて、どこかへ連れ去られる中で。僕は、取りあえず死ななかった事に安堵して眠るのだった。