3話
目を覚ました時感じた恐怖は、未だ日の昇らぬ暗闇に対しての物でも、常日頃から感じていた漠然とした物でもなく、まるで差し迫った命の危機に対して感じるものだった。
悪夢を見ていた時、そうして跳ね起きたというのであれば納得するほどの鼓動の増加は、一切覚えていない夢の内容だとしても違うと断言できる。
冷たい空気、というのだろうか。違和感と呼ぶにはもっと具体的で恐ろしく、かといってでは何なのかと問われれば返答不能。体験した事の無い背筋の凍る感覚。
ふと、微かに感じるニオイ。臭いだとか、刺激だとか、そういったモノを超えて、本能的に、そう直感的に理解できるこれはそう、血の、死のニオイ。
バクバクと心臓がうるさくて。部屋の扉が、今はただ恐怖の象徴にしか見えない程に、今、何が起こっているのかを想像する。
夜盗か、暗殺者。見つからずにいる事を祈って今すぐベットに潜り込むとして。前者であれば金目の物さえ手に入れば去るかも知れない。後者であれば、標的さえ殺せば去るかもしれない。それが僕でなければ完璧だ。
音を立てないよう扉を開けた何者かが、ゆっくりとベットに近寄ってくる。毛布に包まって隠れている子供を見て、寝ていると判断しようがするまいが、それまでの間に少なくとも1人は殺しているソイツが何もせず去る筈も無く。グサリ。
想像してしまえば、後はもう無理だ。知らなかった振りも、寝ている振りも、出来る筈も無い。恐怖心が僕を突き動かす。ペンでも、ペーパーナイフでもとにかくひっつかんで、少しでも生き残るための可能性を上げておく。
といっても、3歳に満たない子供が専用ですらない凶器を持った所で、いったい何が出来るのか。それこそ寝ている人間でも殺すのは難しいだろう。だからあくまで保険。売ったら金になりそうだから、その目的で。
逃げ出して、子供一人でどうやって生きていくか。そういった事を考えれば恐怖だが、少なくとも今ここで死ぬよりはずっと長生き出来る筈だから。
本命の、ずっと練習してきた魔法。個人ごとに全く異なる特性を持ち、あるいは自分自身の出来る事を理解しきれない程の可能性を秘めたソレ。
あくまでこの世界より発展していた前世の知識があるからこそ理解出来た僕の力。ドアを開けることなく、影に融けるようにして潜り抜ける。
この状態であれば、誰に見つかることも無い筈で。だから、もしかしたら逃げなくてもいいかもしれない可能性、つまり父なり召使なり護衛や警備なりが侵入者を処理した可能性を確認しに行って。
行ってしまってから、後になって気が付けば。この時僕は、勘違いをしていたに過ぎない、ただの、子供だった。
「誰?」