みそっかす王女は、ここで生きている。
朝一番、下に降りると先ずは、店先のプランターに水をやるのが決まり。ここに植えてあるのはご近所の花屋から買ってきた、ハーブやら季節の花、ベランダにはちょいと変わった物を育てている、フォーアイ堂の店主。
「はぁぁ、ハロウィンも終わったね………霜月か、冬が来るねぇ、のど飴やら多めに発注しとこかね、あ、兄さん、いらっしゃい、今店開けっから」
おはようございます、と幾分顔色が良くなったお客が姿を表した。店主はじょうろをその場に置くと、中にどうぞと、彼を招き入れる。
★★★★★★
「えっと。そこの血圧測るとこの椅子を使って下さいな、朝ごはんと言いたいとこだけど、店だし、お茶しか出ないけど…………どうぞ」
ショーケースの向こう側で、お茶の用意をすると盆に載せて代金を支払いに来た彼に出し、自分も香り高いハーブティーをマグカップに注ぎ入れると、あの金平糖をいくつかその中に入れる。よっこいせ、とそこにある椅子に腰を下ろす店主。
「ありがとうございます。それで………これを」
運んできた椅子に座り彼女に向かい合うと、ポケットの中からそろりと預かっていたペンダントを取り出すと、ニコニコと笑顔を向けている店主に差し出した。
「あー、ハイハイ、どれどれ?うん、ちゃんと集めてくれてるね、ありがとさん、ささ、冷めないうちにどーぞ」
「いただきます。お茶を朝から淹れてもらえるなんて、麻里がいた時以来です」
ほぉ、一晩で変わったね………人間とは面白いと優しい笑顔を見せたお客に、仕事に行くのかい?時間は?と聞きながら店主は思う。彼女がここに店を構えてから、幾人も彼のような人を見てきた。
「仕事は2日休ませて貰ったんです。墓参りに行こうかなと………あの、ありがとうございました。ホントに、変な店だと思ったけれど………まさかあんな事になるなんて、俺、もうだめだって、ずっと思ってたんです」
「おや!なんだい、墓参りにも行ってなかったのかい!まぁ仕方ないけどね、逝ったものが大きすぎるとそうなる。そして、わたしゃ思うに、お墓とは生きるものの拠り所だからね、辛いときには、近寄れないこともあるし、離れられなくなることもある、塩梅がむずかいしね」
はい………ポケットから紙袋を取り出すと、ぽちゃんと一粒お茶に入れると、それを口にするお客。だめですね、思い出すと泣けてくると、浮かんだ涙を手で拭う。
「………お墓に行っても居ない事はわかってます。あちらにいってるんですよね、いや、違うな………俺の中にいるのかな?わからないけど、ここにいるような気がするんです。麻里と夕花が………ダメだと思ってた時は別々だった様な、ソレが今は俺の中に溶けている様な………わからないけど、そんな感じがしてます」
愛しげに心臓のあたりに手を当て、彼は考えかんがえ言葉を紡いだ。額を寄せ合い子供を眺めた。一瞬だけど何もかも忘れて幸せに感じた。しっかりと繋がった気がした。それを思い出し店主に伝える。!
「俺と麻里と夕花が一緒になったんです。笑って、笑って………消えて逝ったけど、でも独りじゃないんだなって。あ、ダメだ、やっぱり泣けてくるし」
「いいよ、いい男の涙は美味しいからねぇ、そうか、会えたなら良かったよ………、変な店だと言ってたがね、そうさ、この店は『媚薬』を売るのが商売なんだから、色恋、恋愛一本!昔っからこれだけは変わらんからね」
ごくごくとお茶を飲み、手にしたそれを白いエプロンのポケットにしまい込ながら、店主はお客に応対をする。び、媚薬?聞き慣れない言葉に、飲んでたお茶に目を落とす男。
「え?媚薬………?恋愛とか?え?それって『ほれ薬』とか?そんな感じですか?」
「ああ、それにはなんにも入ってないよ、角のスーパーで買ってきたハーブティーだから。夏場はフレッシュのお茶をご馳走出来るのだけどね、ここいらでは育てる場所も少ないから、ドライは買ってくるんだよ、そう、兄さん『惚れ薬』さ」
ニヤリと笑う店主、ゴクリと息を飲んだお客。
「だから占いとかもされたり」
「そうそう、頼まれてね。しかしわたしゃ少しばかり下手くそだからね。国を出るときにアレコレ力を集めるアイテムをかっぱらってきたんだよ。星の金貨はまさにそれ、昔は空にかざせば集まってきたけど、電灯が明るくなってからは、なかなか難しくて、なんせ、南斗と、北斗、生と死の星の力がいるからねぇ、占いは」
あそこに公園が出来ると工事に入った時に、夜中に忍び込んで、アレコレ使うものを地面に埋め込んでやったのさ、石は地に属するから、力は通れるしと答えている店主。
「…………、おとぎ話みたいな、麻里が聞いたら喜ぶのに、彼女すきだったんです。そういうの………夕花にも話してやりたかったな…………」
半信半疑で話を聞きながら、お茶を飲み干したお客。
「話してやればいいよ、写真でもいいし、今から行くお墓でもいいし、お客さんが喜べば、奥さんも子供さんも喜んでると、わたしゃ思うけどね」
ニコニコとしながら、話す店主。
「そうですよね、うん、彼女の義父さんと色々話してきます。電話をしたらウチで飲まないかって、言われて………、きっといろんな話をしたいのかな、って………あ、この飴、義父さんが食べても大丈夫ですか?」
少しばかり減った袋を見せるお客、大丈夫だよ、きっと喜んでくれるよ、と店主は言う。そして…………
「それよりも兄さん………少しは顔色が良くなったけど、身体の方はまだ鶏ガラ…………、これじゃイケない、どうだね?これを飲んでみないか?滋養強壮の薬草に山芋、鳳凰の卵、千年マムシの生き血に、万年スッポンのエキスを煮込んだ栄養ドリンク、飲めばたちまちバッチリさ」
茶色い小瓶をカタンと出してくる。バッチリって何が!とお客がそれを引き気味にそれを眺めていると、
「あんたさんが出会えるか、出会えないかはわからない、しかぁし!全てを愛してくれるお姉さんに出会ったら!伝説の一晩に百頭ぎりを果たしたオットセイのホニャララに、龍のヒゲ、万年スッポンの肉に、マムシの生き血を煮込んだ強壮剤!その名も夜は何処に行った!子孫繁栄間違いなし!」
黒い小瓶を隣にコトリと置いた。ニコニコ笑顔が怖い………お客はブンブンと首を横に振ると、そんな高価な物は、それにそんな予定も無いですしと断る。
「お代は負けとくって、だって昨日の夜、いいもの見せて貰ったからねぇ、わたしゃ泣きに泣いたよ、純愛物語をねぇ、はぁ、兄さんの奥さん幸せものだよ」
「は?はははい?み、見たとは」
「ホネがタイムラインで流してくれてね………え、と、ホラコレコレ!」
携帯を取り出すと、店主は動画を見せる。うわ!は、恥ずかし…………と真っ赤になるお客。
「え、どどどどうして?え?幽霊とか映るの?嘘!あれ、ホネ…………カブ男が撮ったのですか!」
「そう、ホネが撮った。気になったから、街に行かずに見守ってたんだと、すごいよ、この動画再生回数ハンパない!ああ、心配しなくても、コレは私達みたいな、半端者にしか見えない、それか当事者かものすごく高い霊感が人間」
「…………、人間…………いたっけ?イヤイヤ………、あ、このマスクください、買わないと店を出れなかったんですよね。そろそろ行きます。新幹線の時間があるから」
もたもたとしていたら、怪しい物を売りつけられそうと察したお客は、立ち上がり、壁からマスクを一枚手にすると店主に差し出した。
あー、ドチラも要らないと、マスクですか?え、と一枚百二十円になります。肩を落としつつ、お金を貰う店主。それの料金を払うと、ありがとうございますと礼儀正しく頭を下げて、店を出る。
「良い道をね、お客さん、歩いて行くことを願っとくよ」
店主が彼の背に声をかけた。はい、とそれに返して、彼は店を出ていった。
☆☆☆☆☆☆☆
街の路地裏に、小さな看板がある。虹色薬局フォーアイ堂、そこの店主は少しは変わったおばあちゃん。
人生相談バッチリと、日雑品から市販薬、ちょっと怪しい魔法薬迄取り揃えている小さなお店。ハロウィンの日付が変わった頃にやってきたジャックは雄叫びを上げた。
「キイー!ジャパニーズ!カボチャの煮付け、コレは………!ぬぁんと!コロッケ、見たらワカルヨカボチャのスープ、カボチャのグラタン、この黄色いの………カボチャプリン、パンは?中身…………オーノーパンプキン色おお!」
「わたしゃ腕によりをかけ作ったんだよ、時代はパンプキン!ジャックといえばハロウィンキング!カボチャ大王!ささ冷めないどーぞー!」
シュッポン!と店主はスーパーで仕入れて冷やしておいた、シャンパンの栓を抜いた。冷えたグラスにトクトクトク注ぐ。
シュワシュワ!シュワシュワ、グラスの中で細かく泡が弾ける。糸目に出来ないガイコツ男、オーノー、かぼちゃ…………パンプキン!キィー!となりながら、差し出されたシャンパンを手にとった。
「クククククく、では、ハッピーハロウィン」
二人はカチンとグラスを合わせた。
【お、わ、り。】
ハッピーハロウィン。終わりました。