ハロウィンの夜に公園で。そのサン
来るのかねえ、ヤレヤレ、飯食わせろ?泊まらせろ?『カブモバイルグループ』、ふーん、随分ぼったくりな気がする………腹立つから、カボチャ料理オンパレードにしてやろう。と店主は思いつく。
「ふふふふん、わたしゃ知ってるのさ、本来『蕪』だったのさ、それが人間のご都合上『パンプキン』になってるけどね、なのでアイツの嫌いな物は『カボチャ』」
どれ今日は終わりおわり。店閉めてご馳走作らないと、わたしゃ栗カボチャもバターナッツも大好きさぁ、とレジをしめて、店内を箒で掃除をする。そして窓にカーテンを引き、外に出て看板を『閉店』にひっくり返した。
「あの兄さん、ちゃんと代金払ってくれるかね、大事なアレを預けてんだから………ま、逃げられない様にはきちんとしてるけど、あとはタイミングがあえば………ヤツが絡めば、案外スムーズにできそうなんだけどね、そだ!この時こそカブモバイルグループだよ!………ポチと、あーもしもしもしもし?」
★★★★★★
上も下もない、寒くも暑くもない、夜でもなく朝でも昼でもない、空も何処もかしこも黒いのに、真っ暗ではない。自分の手も足元に流れる川も、全部見えている独りきりの不思議な空間を歩いている。
死んだのよね、私はわかっていた。魂と身体を葬儀の儀式により切り離された事は、わかっていた。魂だけになると、大きな火の玉みたいなのかと思ってたけど、生きていた頃と変わらない。
きっと周りにはたくさんの、同じ様な存在が有るのだろうけど、見えない。私は握りしめているそれに目をやる。
『私を受け取って………彷徨える子よ』
ここに来たとき、見上げたから上なのだろう、そこからふわりと薄桜色の大きな羽が落ちてきた。それは天使の羽、言われるままに捕まえた時に、それがそう囁いてきた。聞こえたそれと同じ声音。
歩きナサイ、と優しく言われた。だから最初は言われるままに歩いた。フラフラと、シクシクと涙を流しながら歩いた。生きてた時に知った『未練』という言葉が、私の足枷になっている。
それが重く長く私の後ろにある。ズルズルとひこずり歩いている。絡まる様なそれは、重くて苦しい。歩くスピードが、どんどん遅くなる。立ち止まる。
「帰りたい、かえりたいの、私は………かえりたい!」
『オオ………、なんという………神の御意思に背くのか、地獄にイキタイノカ』
私の声に、羽は冷たく答える。私はそれを聞くと、無性に腹がたってきた。どこにも行かない!と水の道の上でしゃがみ込む。
「神様?いるの?何処に?天国にいるというなら、なぜ私が死ななきゃならないのか、教えてほしい、半年前に神の名のもとにって、誓ったばかりなの、どうして?なぜ、教えてほしい」
私は、怒りに任せてバシャンッと水面を叩いた。水飛沫が派手に上がった。しかし、不思議な空間の水は感触はあるのだが、濡れた触感が無い。
『ヨクナイオモイニ囚われたか、涙をナガシスギダ、ドウシタイ、泣くのはイケナイ、動けなくなる』
「私が泣いたらいけないの?でも………でも、聞いておけばよかった。ちゃんと気をつけていればよかった、ううん、帰らなければ………帰らなければよかったの、よかったの………う」
羽に答えた。ああすればよかった、こうすればよかったと、後悔ばかりが産まれる。そんな私に羽は、ナラバ見せてあげよう、水にワタシを漬けなさい、と言ってきた。
握っていたそれを透明なそれに沈める。透き通る足元。地上が見える、私は彼を見てどうしようと手で口を押さえた。
見えた姿は、酷く痩せていたから、
泣いていたから、
泣きながら床で寝てたから、
フラフラと俯き歩いて、今にも倒れそう。
「どうして。何でこうなっちゃったの?ご飯食べてるの?床なんかで、お酒飲んで寝ないで、ちゃんと前向いて歩いて、危ないから、ねぇ、聞こえる?きこえる?」
側に行きたい、行ってしっかりしてと言いたい、ううん、聞きたいことは別にある、どうしたらいいの?わたしは何もかもがわからなくなった。彼と同じで泣くことしか出来無い。
「行きたい、戻りたい、地獄に落ちてもいいから生き返らせて!」
声の限りに叫ぶ。天使の羽が冷たく話して来た。
『何という、恐ろしい事を……、アチラにはもうモドレナイ、その想いを消せ、断ち切るノダ、今のままでは天国の扉には辿り着けぬ、死が二人を分かつまで、ソナタは既に独りだ』
「ふ、何でどうしてそんなことをいうの?天国?いきたくない!断ち切るの?神様の前で、私は愛を誓ったわ、死んじゃったけど、しんじゃったけど。でもでも、うわぁぁぁん」
ジリジリと熱くなる、溢れるモノを止められない、子供みたいに、彼の様に、ワンワン声を上げて大泣きする。
羽は何も答えてくれない。水面にぷかりと浮かんでいるだけ………、何も答えてくれない、誰もどうすればいいか教えてくれない。聞こえるのは私の泣く声ばかり。
…………、パシャ!後ろで水が跳ねる音がした。そしてぬるりとした風が、水面を揺らし背なから前に吹いた。深く響く声がした。ザザザ、と波紋がたつ、そのせいなのか、水面近くにあった羽がクタリとする。
「ハァァァ!陰気をクラエこのヤロウ!ちょおおおおっと!まったぁぁ!この!俺はかつて意地悪の全てをやり尽くしたが、それでも女には…………セクハラ位しかしなかったぞ!何を訳のわからん理屈をタレヤガッテ!寝てろ!」
力のある声、振り向いた。そこにはヒラヒラとした黒い布をすっぽり被った男の姿。手にしているのは、ボウと赤黒く光っているカブ?蕪…………ハロウィンのキャラクターみたいな………。
「カボチャじゃない」
「んァァァァァ!このジャパニーズ!カボチャー!ここでもカボチャ!大根男の嫁!カボチャね!ちがーうカブ!蕪が本来のランタン!パンプキングジャナーイ!」
ヒラヒラ男が、カボチャという単語に対して、異様な反応をしてきた。どう見てもハロウィンコスプレだったので思わずツッコんでしまっただけなのけど。涙が即座に吹き飛んだ。
「だ、大根男の嫁?」
「ソウ!これ見て大根って言いやがった、失礼なジャパニーズ!虹色魔女から連絡がアッテ、バアサンがオトコにハイッタ!オレ様にお前に手をかせと言う、どうだ?ツイテクルカ?」
蕪を高く掲げて見せつけて来るヒラヒラ男。魔女、バアサン?大根男………訳が解らずどうしようかと、ここに来てから初めて別の悩みに見舞われる。
「え、と………、大根男………嫁、あ!そういや………植物音痴だった。大根と蕪の区別なんか絶対につかない、あ………カブさん?あ、違うか………えーと、まさかのジャックさんとか?よくわからないのですが、大根男は私の旦那さんの事ですか?」
カボチャに激怒したので、その名前を出してみた。
「フォぉぉ!そうだ!大根男の嫁!ソウワレはジャック!その昔、イヤ………ジャックでいい。魔女がアレコレ読んだ。ソレデ大根男は品物を買った、その代金を集めにある所にいる。一人では集められない、嫁がいる。二人で集める、お前………何か男とオナジコトを想ってナイカ?」
大根男の嫁、って、まぁいいけど。オナジコトって、アレしかない。私が聞きそびれたこと、あの人が教えそびれた事、同じ想いはそれしかない。こくん、と、ヒラヒラ男ことジャックにうなずいた。
「ずっと、ずっとそれだけを願ってるの、直接に聞きたい、あいたいの。でもどうしたらいいの?方法があるの?私は死んでるし………二人で集める?もしかして………私は側に行けるの?その、ジャックさんについていけばいいの?」
「一晩ダケ、アチラにイケル!ハロウィンダカラ、ドウスル、今からそちらに向かう、クルカ?来るなら来ると言エ!」
急ぐのか、何かを気にしながら、目の前のヒラヒラ男に答える。ええ!行くわ!と即座に答えた。私はここに来てから、初めて力が満ちるのがわかった。ジャックの見えぬ顔が、笑った気する。
「ソカ!じゃぁ…………行こう」
ジャックが近づいてくる。怖くないといえば嘘になるけど、こっちも多分幽霊だということを思い出し、少しだけ落ち着く。
バッ!布切れを大きく広げ私を包み込む。
「シガミツケ!」
え?どこに?と聞こうとした時、足元がストンとぬける、キャッと私は声を上げた、思わずジャックにしがみついた。抜けた感覚が背筋を走る。
耳にピュウピュウと風切り音。ヒラヒラ男の手触りは、スーツらしき布地と、やはりというか下は骨。
☆☆☆☆☆☆☆
「さてついたぞ、あのノブの向こうだ」
ギュンギュンギュンギュルルルル!暗闇にポツリと銀色に浮かび上がるそれは、派手な音を立てて高速回転をしている。時折キシャァァァ!と火花を派手に散らして、雄叫びを上げている。
男から身を離した麻里は、それを目にしてノブとは何かと、猛烈な疑問が湧き上がった。
「ノブって…………あれですか?動いて、叫んでるし、それにドアとかない………」
「あ?大根男の嫁!『ドアノブ』があったらそこが扉だろ?、鍵開けんと………ちょっと待ってろ、ババアの番号……、これだ!…………あー、もしもしもしもし?」
驚いた………スマホとかあるの、麻里は素直に驚いた。ヒラヒラ男がどこからともなく、黒く四角いそれを取り出すと、慣れた手付きで何処かに連絡をしたからだ。
ババアって………そしてあ、手袋ね、骨って反応するのかしら?熱感知なの?鼓動はなかったような、でも『体温』はあったよっうな、と先程の経験を思いだしつつ、
麻里は山ほどの疑問を抱えながら、黙ってそれを眺めていた。
「涙の川で、天使に虐められてたのを拾った。あー?間違いないかって?ナイナイ!大根男の嫁に間違いない!そうだな、嫁、あー、鍵だけどな、アイコトバ………ん?忘れた?なわけねーダロ!ババアと一緒にスルナ!それ!『トリックアート、千枚漬け旨い』ナンダソリャ、いや、変えんでもいい!前の『パンプキンキング参上!』よりマシだ…………お、止まった、開くぞ」
ギュルルルル、ギュルルルルルルゥゥゥ………プスン、カチャリ、ギギィー
四角い世界が開かれた、そこから冷たく澄んだ風が吹いてくる。麻里はそれが身体を通り抜けたのを感じた。
私は………本当に死んだ、わかっていたけど、死んでるんだ。
麻里は胸元を握りしめた。ジャックは行くぞと、彼女に声をかける。硬く頷き答える麻里。現世に彼女は、伝説の男と共に、一夜限りの時を過す為にそこへと進む。
ベンチに座る彼の姿が見えている。風が吹けば飛ばされそうな、と彼女は思った。