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ハロウィンの夜に公園で。そのニィ

 ぺぺぺぺ、ぺぺぺぺ、と着信音、じっと何かを考えてているお客に、一言断ると店主はそれに出る。


「あー、もしもしもしもし?ホネ、なんだい、あ?連絡したかって?したした!あのカブモバイルグループっーの、なんだい?料金体系はどうなってるのか聞きたいんだよ、それにいつの間に、それとつながってたんだよ、フンフン、電波ならぬ霊波?伝達の魔力をアレンジした?わからん、わたしゃ流行りのはわからん!で、料金は、なに?飯食わせろ?泊まりで?ほほーん、やけに高いじゃないか、出会ったら一度きちんと、話し合う必要があるね」


 ☆☆☆☆☆☆


「あ、はいはいすみませんでしたね、いえね、知り合いがなんか通信アプリとやらをを立ち上げたとかで………で、どうしようかね、お兄さん」


 スクロールをして電話を切ると、真面目な顔をして店主は俺に聞いてくる。


「………あ、忘れる………のは、い、やです」


「………でも楽になれますよ、遅かれ早かれ過去は忘れて生きて行くもの、そうでしょう、よちよち歩きの頃なんて、覚えてますかね?その前は?ありますかね?そんなものなのです、その時は覚えてるんだけど、長くなれば消えゆく、わたしもほんの娘っこの頃の事は、忘れた事も多い」


 にべない言葉にぐっと詰まる。わかっている。一ヶ月、ニカゲツと数える内は色濃いこの思いも、一年ニネンと単位が変われば………淡くなっていく、それはこれまで生きてきた経験値がそう言っている。俺はぐにゅぐにゅとまとまらない考えを一気に喋る。


「忘れたくないのです、苦しいのです、食事をして、美味しいと思うのがいけないと、麻里が好きな花を見て綺麗と思うのはダメだよと、世界が俺にそう言っているのです。日々を進めば過去は忘れる、それはいけない事なのだと、何かがそう言っているのです、そんなものはナイ、誰も言ってない事は分かっているのに、そして俺は何一つ、声も香りも手触りも。麻里が話していた夢も、希望も忘れたくない、あの時から、しばらくは毎日夢で逢えた。でも今ではまばらで、何もかも閉じられた中でいる様で、麻里がそんな事じゃダメと、何時も言っている、その声もどんどん薄くなってきて、どうしたらいいのかわからない」


 まくし立てながら熱くなる、ここには二人しかいないと思うと、パタパタと落ちる。一度溢れたら止まらない、それを目にした店主は、ポケットティッシュを差し出してくれた。手の甲で拭うと優しさを受けとる。


「そうだろうね…………、わからない事をどうしたらいいのか、このままだとそのうち兄さんポックリ鎌で刈られてしまいかねん、さて、いっときの事だから、残りカスでもみれるかな………こんな時は占い、ゆく道を示す、どうだい?試してみるかい?」


 店主は、柔らかく光る目で俺を上から下まで、なめるように視線を上下させると、指を人差し指やら、小指やら複雑に動かして何かブツブツとつぶやく。


「…………は?占い?」


 ここは一体どこなのか?混ざり合う薬の匂い、目の前の老婆はポケットから古びたカードとジャランとペンダント、それに小さな水晶玉を取り出した。カード、銀のペンダント、水晶玉………、魔女の館にでも来ている気分になる。


「ところが残念な事に、今このメダルが空っぽでね、わたしゃ占いは下手っぴなんだよ、底上げしたらどうにか見える程度………まあこの水晶玉は城からかっぱらってきた逸品だ、但し使い手の魔力の大きさにより、見えるものが変わっちまうけど、お兄さんの事ぐらいなら、ちっとは残ってるモノでもいけるかな………ダメもとで、助けてほしいなら三枚カードを抜きな」


 何をと聞きたくなった、心が外に動いた感じは久しぶりだった。目の前でシャッフルされる使い込まれたカード、引くも自由、引かぬも自由と声がかかる。どうしたらいいのか、戸惑いつつも俺は導かかれるように、差し出されている扇形に広げられたそれに手を伸ばした。


 シャッっ、無作為に一枚を抜き取る。それをガラスケースの上に置いた、それからもう一枚、そして最後の一枚を引き俺は言われた位置に並べて置いた。


 手にペンダントを絡めると、一枚、一枚表にかえしていく。そして水晶玉越しにそれを眺める店主。


「ふんふん、え、と、おお!何とか読める。そうかね、やっぱりねぇ………これはイカンね、良くない………しかしほほー、『ホネ』と縁が………ほうほう、そうなるか。これは一石二鳥!よし!わかった!ひと肌脱ごうじゃないか、まずは哀しい時にゃ、甘い物だね。これこれ、え、とよっこいさ、と………どれ、ひー、ふーみーよー、いーむ、なな………位かね」


 手早くカードを集め、水晶玉と共にポケットに仕舞うと、大きなガラス瓶の中にぎっしりと詰まっている、様々な色の金平糖を、よっこいせとカウンター代わりのショーケースの向こう側、その足元から持ち上げゴトリと置いた。


 赤や水色黄色、緑にオレンジしろ、黒?黒がある………黒糖?金平糖で初めて見た。老婆が銀のスプーンそれに、ザクっと突っ込むと、袋に入れるを数えて繰り返した。無言で見つめる俺。声を漏らせば泣きそうだっからだ。それに気がつく店主。


「ん?なんだい、泣きそうな顔をしてるね、フフフ、これはね、それはもう貴重な飴なんだよ。ひとつなめれば、いなくなった逢いたいお人にあえるという、効き目バッチリなシロモノ、但し値がはるよ、受け取るかどうかはお兄さん次第」


 ハトロン紙の小さな袋は、パンパンに膨らんでいる。口をクルリと捻ると、彼女は俺にそれを差し出した。逢える………と聞いて、俺は何も考えずに、それに手を差し出した。


「おや?いいのかい?値段を聞かなくて、無意識に手を出すとは、よっぽど欲しいんだね」


「は、はい。欲しいです、高くてもいいです」


 ゴクリとひとつ飲み込み答えた俺の返事に、ニコリと笑いながらそれを、カサリと音立て手のひらに乗せた。ほんのり暖かく感じるのは気のせいなのだろか。そしてそれを引き寄せながら話しをする。


「あ、の、代金なのですが、今財布の中はあまり手持ちが無くて、え、と………、ここカードは使えますか?」


「ああ?あんだって?カード!そんなの使えるわきゃないよ、いつものニコニコ現金払いが、店のモットー、それにこれは、ちょいと手が込んでるからね、そうだねぇ………お代は高くつくよ、集めて欲しい物があるのだよ、言うものをコレに入れてきて欲しいのさ、そうそう、返品はできないからね」


 店主は手に絡めていたペンダントを、俺に差し出してきた。え………高いって。お金ではないのか。現金払いの『現金』って何?胸に抱いたそれと差し出されたそれに、こうごに目を向けた。


 ひと袋の金平糖の包み。古びたペンダント。



 あれ以来何か、思考が動き始めたのか、心がが目を冷ましたのか、疑問が浮かび、聞きたい事が出来て………そして何かをしなくては………と思い始めた。


 集めて欲しい物があるって、まさかの『魂寄こせ』『命を集めろ』か?ちらりと浮かんだダークファンタジーな考え。それもいいかと、即座に判断をし俺は、ぎこちなく頷き支払いに応じる。差し出されたそれを、チャリ………と受け取った。



「シケタ顔してんねぇ、シャンとすればイイお兄さんなのにさ、ほれ!これ、オマケだよ、元気を出してくれなきゃ、今から言う事も頭ん中に残らずに、わすれてしまいそうだからね」


 瓶の蓋を閉めようとしていた老婆が、俺があまりにも頼りなさげに見えたのか、金平糖をひとつつまむと、差し出してきた。食べろということか。


「ありがとうございます。…………、俺は何をすれば………」


 受け取り、礼を述べるとそれをどういう物が問いかけもしないで、口に放り込んだ。濃い桃の色をしていたというのに、さくらの花の香りが口に広がる。


 ………じん、と広がる。黒く冷たく固まっていた胸の中が甘さで少しばかりとろける、温もる、そして蘇る。


 ★★★★★★


 パアンと、向かい風を感じた。目の前に、白のスクリーンが現れたよう、頭の中、脳が見ているのか、目に彼女の姿を、そこから耳にささやく様に流れる声。おぼろげになりつつあるそれが、忘れたくないそれが、弾けて響く。



『さくら綺麗ねぇ、ふふ、ドレス窮屈だったし、肩凝っちゃった、明日飛行機に乗るのよねー。旅行楽しみ』


 パーカーにジーパン、結婚式の夜、ホテルの中庭でライトアップされていた夜桜を見に行った。


 散り際の時を迎えていたのか、それはハラヒラと宙を舞い、クルクルと回りながら落ちて来ていて、君はそれを子猫の様に手を伸ばし戯れていた。


 ハラリひらりと舞い降りる花びらの一枚を、捕まえようとしていた。


 遠い遠い時までも蘇る。カタカタとランドセルを揺らしてそれをつかまえようと、ジャンプをしていた4月のある日、故郷………今でも有るだろうか、校門の脇に植えられていた、古い大きな桜の木の下の記憶。


 遠い遠い、春の日の小さな世界。


 ドキドキとする。俺は胸を押さえた。きゅっと切なくて熱くて、優しい、硬く冷たいものに変わっていた俺の何かが、トクンと跳ねてふわりと広がった。


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