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ハロウィンの夜に公園で。そのイチ

「ちょっと寒くなった時に、熱いココアが飲みたくなる、甘くて好き」


 ガコン、しゃがんでそれを取り出した。自動販売機に温かい飲み物が入った。季節がひとつ進んでいる。俺は飲まないそれ、だけど君が好きなそれ。


 手にココアの缶を両手で包み込み、温もりを(よすが)に俺は公園のベンチに座る。10月末のハロウィンの夜。目の前には丸く、乱張りにされている石畳の広場がある。中央にオブジェを兼ねた照明灯が白く淡く光を(くう)放っている。


 更夜(こうや)、夜更けの時。夏場なら照明灯に集まる羽虫達の姿はもうない。リーリーリー、コロコロ、ジーと鳴く虫の声も恋の終わりを迎えているかのように、まだらでひそやかだ。


 空を見上げる。都会の街の明かりは上に昇り、深くとろしとした漆黒を、ただの塗りたくった黒に換えている。ぼんやり浮かぶ月はプラスチックの白のよう、星は点々とさ迷っている。


 どこもここも人工物にあふれている中で、ザワザワと公園の木々を揺らして吹く、自然をまだ保っているかのような夜風は、冷たさと湿気が混ざっている。足元から少しばかり、しん、と冷えてくる十月末日の時間。


「一体何をすりゃいいのやら、今考えると、あの婆さんあやしい、ドアノブ埋めたって何、この現代に星やら呪い?そんなのがあるの?あるなら………幽霊もいるよね、妖精も精霊も天使も悪魔も………神様も、もし神様がいるなら………」


 目にじわりと熱く膨らむ。寒!と自分に嘘を付きココアの缶をぐっと握りしめる、それほど温かさは感じない。真冬と違いアチアチではない、最近では季節に合わせて設定温度が違うと聞いた事がある。


 落ちそうになるそれと、鼻孔の中のそれの方が、手の中の物より熱を持っている。…………、落ちないように耐える。首をひとつふり、ため息と共に空を見上げながら気を紛らわすと、上着のポケットをまさぐる。そこから小さなメダルがついたペンダントを、じゃらと取り出した。


 手のひらの上にそれ、丸いメダルには、何かわけのわからない文字と記号が刻まれている、じっと眺めた後で反対側のポケットから袋を取り出すと、中身の金平糖をひとつ摘み口に放り込んだ。


 トロリとした甘さがふありと広がる。コロコロと転がすと、尖った星の形が丸くとろけていく。何色のをなめたのかな?目を閉じると………ふくれっ面の君の顔が鮮やかに浮かんできた。それと共に婆さんの声も耳に蘇る。


「お代は、そうさね………これ持って遊んで来てくれないかい、場所は角の公園がいいね。ハロウィンの夜の夜中にね、十と三、合わせて十三の星をそれに入れてきておくれ、頼んだよ、ちなみにタダ取り、持ち逃げすると呪われるからね」


 考えても意味やらさっぱり分からない。ただとんでもない事に巻き込まれてるのは理解出来ていた、俺は、代金を払うべくベンチに座り、何か起こるであろう時を待っている。


「それじゃ、角の公園の石畳の場所、そこにちょいとあれこれ埋め込んであるんだよ、なに、フフフフ。悪いもんではない、私の親の財宝からちよっとかっぱらった品物だから。『ドアノブ』と『星の金貨』。今宵はハロウィン、そこに行き、午前零時から少しばかり遊んできておくれでないか?始まりは兄さん、終わりも兄さんこれだけ守る事、いいかい?」


 夕方に聞いた声が焼き付くように残っている、間違えるといけないよ、く、フフフフ、まぁ兄さんは大丈夫だろうけど。と年寄のくせに華やいだ声音が残っている。


 もしかして、もしかしてと高まる期待を抱いて。口の中のそれが消えると、脳裏に浮かんだ君もすわりと消えた。


 ☆☆☆☆☆☆☆


「はい、いらっしゃい、兄さんこんばんわ、夕に来るとは、おつかれならばタツノオトシゴドリンク、寂しいのなら虹色金平糖はどうかね?」


 路地裏あったレトロな薬局。何故か気になった。そんな店が、ここにあったのだろうが?


 毎日通る大通り、そこは彼女と共に街路樹に、並べられたプランターの花を見ながら話し、夢を語って歩いた道。


 ………あれ以来見るのが辛い。なので別の道を行こうと、脇道にふらりと入った。


「…………薬局?田舎の町を思い出すな」


 入口に置いてある小さいプランターには、紫蘇の様なコリウス、様々な色、立ち上がる穂の様な花は、実をつけている。花が好きな俺の奥さんが好きだった、様々な模様と色のそれから目を逸らす、そして………、眠れない日々を過ごしていた俺はフラフラと、その店に引き寄せられる様に入った。


 髪の色からすると年老いているが、背筋がシャンとした店主がガラスケースの仕切りの向こう側から、俺に背を向け声をかけてくれた、


 見慣れた薬や、調剤もしているのか、それらしい引き出しが並んでいる棚で、ブツブツ何かを言いながら何かを探していた。


「………マスクは壁にぶら下がってますよ………おかしいね、もう、何処にしまい込んだやら、無いねえ……、ああ!あったよ、あったあった!ああー!これ空だよ、すっからかん………そうだった、使いきったから、しまっといたんだよ。そうそう!今年のお盆!お盆前にお客が来なかったんだよ、だから自分で、その辺の里帰り亡者を捕まえて回収しようとしてたのに、忘れちまってた。ええい!もうろくしたよ!それにしても………お盆前に客無しとは。世知辛い世の中だねぇ…………」


 いろんな香りが混ざり合う店内。会社以外の人と話すのは、久しぶりだと思いつつ、薬局だし睡眠薬でもと店主の元に近づく。その気配にタイミング良く振り返り俺を見るなり、あらか様に顔をしかめた。


「ん!カブ臭がする…………、おや、鶏ガラみたいな兄さんだねぇ…………ご飯食べてるのかね?男は身体が資本、細くてもマッチョ、それがモテるコツ………あ、あ、でも大切なものを失くした様だし、そーなっちまうのも仕方ないかねぇ………」


 どきりとした。初対面なのに何故にこの店主はわかったのだろう。それに声も出していないのに入った途端『兄さん』『カブ臭』………?俺はあのヒラヒラ男を思い出す。夢と思っていたが、そうではなかったのか?


 後ろに目があるのか?あのヒラヒラ男の怪しさが頭をよぎる、俺は店から出ようかと、とっさに身を引いた。


「これこれ、ここに来たからには、何か買ってから出ないと、店から出れないマジないをかけてあるよ、現世の物もあるからね、マスクなり市販薬なり。兄さんはどれが望みかね?」


「…………出れないって、何それ………、望み?のぞみならある、いや。わからない………」


 つけつけと言われて俺は下を向いた。どこか値踏みする様な笑顔でこちらを見てくる店主と、ちらりと目があった。


 マジない、現世、虹色金平糖?カブ臭、ヒラヒラ男………使わない言葉が俺に何かを伝えてくる。逢いたい人がいるといえば叶うのではないか、と。俺のうつむく様子を見た店主がとろりと温かな声で話してくる。


「どれ………とまってるのかね?わたしゃこー見えても人生相談にも乗ってるんだ。病は気からというからね、良ければ話してごらん」


「…………よく、わからないけど。眠れないのが、苦しい」


 優しく包まれる様な老婆の声に、田舎の知り合いを思い出した俺。俺の祖母は早くに亡くなっている。話しをよくしていたのは、幼馴染みだった妻の祖母。


『これこれ、やんちゃしなさんな、ばあさんがやいと(やいと)をすえてやろうか!この、いたずら小僧が!』


 山の集落に住んでいた彼女の家に遊びに行くと、必ず一度は怒られた。高い木に上ったり、庭の桔梗の蕾をポン!と潰して遊んだから。桔梗の汁には、良くないのが含まれているから素手で触るな、上るは良いが、さくい柿の木だから、落ちて怪我をするなと怒られていた。


 全てを話そうか、話さまいかと少しばかり悩み、とりあえず今思いついた事を喋った。


「………ふん………眠れない事かい?そうだねぇ、眠れないのは辛い。わかるねぇ。何かを忘れるために眠りたいものだから、わたしゃ娘っ子の頃に、色々言われてねぇ、そりゃぁ寝て忘れたかったよ、こっち向きなよ兄さん」


 店主は俺に視線を合わせるように促してきた。うつむき加減だった顔を上げる。ニコリと笑いながら見てきた。


「…………忘れ…………る?」


「そうだよ、夢の中では自由だろ、ま、たまにゃ悪夢ってのもあるけどね。眠れぬ程の思いがある時は、何かに捉えられてるのさ、そうだねぇ………簡単に解決をするのなら………世界を飛び出すか、その事を忘れる事かね、そう願った事も有るだろう」


 どきん、と鋭く刺さるその言葉。そんなことなど考えていないと言えば嘘になる。あの日から、俺の時は動いてない。普段の生活に戻って来ても、俺はジャリジャリとした川砂の中に、ざくりと埋もれているような毎日を過ごしていた。


 ★★★★★★


 辛くて哀しくて苦しすぎて、思い出したくて、だけど見たくない記憶と想い。


『あなたは昔っから泣き虫で、断ったらきっとまた泣くんだわ、私が引っ越す時に泣いたの覚えてる?小学生の時だから忘れたとは言わせない。でも、大人になってまさか偶然に出会ってあちこち遊びに二人で行って………うふふ、結婚してくださいなんて、嬉しい!大好き』


 俺はそれを受け止めた。幸せで蕩けそうになった。不覚にも涙が溢れてきた。今もハッキリ覚えている。


 何より大事な人が、愛している彼女が先に逝ってしまった。不慮の死。不慮なのだろうか、運命なのだろうか、彼女が死んだと知らされた時、俺は、世界が俺に生きるなと言っている気がした。


 そんな事は無いと、生きろ、生きるんだよ、お前がしっかりしないと、あの子が迷うぞ、成仏しなきゃ可哀想だろ、とぐじぐじとみっともなく、地面にへばりついている俺を友人達は慰めてくれた。


 ああ、わかってるからと、カラ元気でその時は誤魔化す。そうしない事には彼らの優しさに甘え、泣き出してしまいそうだったから。一度せきを外せば、止まらないのがわかっていたから。  


 …………俺は荼毘にふしてからというもの、ただフラフラと過ごしていた、フラフラと起きて家を出て、仕事に行き、フラフラと家に帰るを繰り返していた。


 ベランダのプランターの花たちも、いつの間にか枯れ果てカラカラに干からびている。それはまるで俺の姿に重なるよう、片付ける事もしないで、そのままにしている。


 逢いたくてあいたくて、アイタクテ、寂しくて、哀しくて苦しくて、夜も眠る事が出来ない。眠れば夢で逢えるかも知れないのに。眠れないから酒を煽る。


 しかし、どろどろに訪れる眠りは、何も見せてはくれない。ベットには潜らず、床に毛布を持ってきて寒くなればそれに芋虫の様にくるまり眠る。


 朝が来ると割れるような頭の痛みと共に目がさめる、独りに気が付く時。逢いたいとの想いが刃物になり刺さる。寂しさが痛い、それが一層深くなる。


 …………もう、ダメね、しっかりしてよと耳にうっすらとそれらしい声が響く。


 逢いたいあいたくてアイタクテ、不甲斐ない俺は、独り硬く冷たい床の上で毛布に潜り、君を想い泣く事しか出来ない。


 白い布をかけられ、白い花束を置かれた棺にすがった時から………何も変わらない俺がいる。



 あの時から、俺は………俺だけが、ジャリジャリとした砂の中で時を過ごしている。あのヒラヒラ男の声が聞こえる。


『真っ暗の中で彷徨う魂』


 そこから抜け出すことはできるのだろうか………

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