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短編

朝起きたら、平成終わってた。

作者: 奈良ひさぎ

「もうすぐ令和かぁ~」


 今日は2019年4月29日、世にいう昭和の日だ。平成の初めの方はみどりの日と呼ばれていたが、後に別の日に移動されて、昭和天皇の誕生日ということで昭和の日、と名づけられたらしい。とはいっても、正直昭和天皇がどうとかなんてあまり分からない。テレビの中でしか見たことがないからだ。

 おれは平成一ケタ生まれ。もう酒も飲めるし、タバコも吸おうと思えば吸える。おれは吸わないけど。


「やばいよなあ、おれらいつか『平成生まれとかマジないわー』って言われるんだろうな」


 おれたちが今昭和生まれってのを聞くだけで「マジかよ」って思うのと、きっと同じ気持ちだ。昭和っていう響きに、何となく古めかしさを感じる。失礼なのは承知で言っている。でも昭和64年生まれと、平成元年生まれだと同い年なのに受ける印象違うだろ?


「改元かぁ」


 けれど、なんだかんだわくわくしている。普通のわくわくとは違う感じ。たぶん一生の間にそう何度も経験できないことだから、その珍しさで舞い上がってるんだと思う。次経験できるとしたら、もうその時はとっくに中年だ。


「そう考えたら、やっぱすげーことだよな」


 しかも今回は天皇陛下の生前退位だから、明るいムードでその瞬間を迎えられる。いい先例ができたと思う。ナイス、とおれは上から目線極まりないことをちょっと口にしてみる。


「やっぱ元号が変わる瞬間は起きとくべきだよなあ」


 新年ハロウィンクリスマスと、日本人は行事があれば何かとわいわいしたがる。しかも今回は日本国内だけの話だから、もっと盛り上がるかもしれない。4月30日から5月1日へ、日付が変わる瞬間を待ってお祝いする人は数多くいるだろう、ということは簡単に予想がつく。


「ま、まだ明日のことだしな」


 SNSを一通りあさっても、まだ平成最後の日の夜に何をするか、なんて宣言をしている人はいなかった。平成から令和に変わると言ったって、いつも通り仕事がある人もいる。みんながみんな、休みの日として明日を過ごすわけじゃない。

 どうせ明日になりゃ分かるだろ、とおれはさっさと寝ることにした。



* * *



「ん……?」


 いつものように何となく目が覚める。さっきまで夢を見ていた、という感覚もない。覚えてないくらいくだらない夢でも見たのだろう。

 おれはベッドからだるい体を起こし、勉強机の端の方に置いた時計を見る。


「……は」


 朝なので頭が回らなくて、まともな声が出なかった。

 七年くらい使い続けているデジタル表示の時計が示す日付は、5月1日。まぎれもない、令和最初の日だ。


――平成、終わった?


 いや、待て。昨日は正真正銘、4月29日の昭和の日だったはずだ。間の4月30日はいったいどこへ行った?

 ああ、そうか。よく考えたらこの時計、七年も使ってる。ちょうどこのタイミングで壊れたに違いない。元号またいで令和元年になるから、コンピュータが誤作動起こすかもって話あったよな。


「いや、ねえな」


 だんだんまともな思考力が戻ってきた頭で、おれは冷静に間違いに気づく。こんな時計が平成とか令和とか認識するはずはない。元号が変わって突然変な時間を表示しだす、なんてことは考えづらい。

 だとしたら普通に壊れたのか。おれは新しい電池を物置から取り出して、時計にはめ込んでみる。新しい電池を入れてボタンを一つ押すと、自動的に現在時刻に正確に調整してくれるスグレモノだ。


「……え」


 しかしそれでも時計は直らない。やっぱり令和最初の日を表示したままだ。そんなわけあるか、本体が壊れたんだ、とおれは思って、今度はテレビをつける。朝遅めの情報番組が始まったばかりで、実はカツラをしている司会者がにこやかに話をしていた。


『……ではですね、令和最初の日ということで、街の声を聞いてみましょうか』


 おれの耳は間違いなく、その言葉を捉えた。令和最初の日。やっぱり今日は5月1日なのだ。ってことは丸一日、寝過ごしたってわけか。


「嘘だろ……」


 どんなに疲れていても、どんなに眠たくても、丸一日寝たことは二十何年と生きてきて一度もなかった。それなのにこんな時に限って。

 テレビでやっていてもおれはまだ信じられなくて、外に飛び出した。ゴールデンウィーク真っ只中の駅や博物館や美術館、運動公園といろいろ行ってみた。全部平成ではなく、令和を前面に掲げていた。平成に置いていかれたのはおれだけらしかった。


「……はっ」


 ジーパンの後ろのポケットから振動が伝わってくる。家を出る直前にひっつかんできたスマホだ。スマホにも裏切られたらマジでどうしようもない。おれは震える手でスマホを手に取り、ロック画面を見る。


『5月1日 水曜日 9:02』


 終わった。やっぱり令和になってるんだ。おれだけ平成に置いていかれた。越えられない壁。いや正確に言えば別に置いていかれたわけじゃないし、平成と令和の間にそり立つ壁なんてないんだけど、それでも起きてその瞬間を迎えたかどうかって結構大事なんじゃないかと思ってみたり。


「うおっ」


 げんなりしてスマホをもう一回ジーパンに突っ込もうとしたタイミングで、メッセージが来た。母親からだ。


『あでょkjdぽいhfなmmうぃjg』


 おれはびっくりしてバナーを三度見した。念のためアプリを開いてもう一度確認したが、おれの目は間違っていなかった。訳の分からない、そもそも日本語なのかも怪しい文字列。


「どうしたんだ、母さん……」


 母さんは別にスマホ初心者ってわけでもないし、かれこれ三年くらいは定期的にメッセージでやり取りしている。突然こんなメッセージを送ってくるなんて。まさか、何か訴えようとしてるのか。突然手がけいれんして、変なメッセージしか送れなくなったとか。


『どうした?』


 既読はすぐについた。やっぱり助けてって打ちたくても打てないのか――



『うっそぴょーん』



 ……は?

 そのメッセージが目に入ってきた瞬間、おれは電柱に思い切り頭をぶつけていた。



* * *



「……はっ」


 と思ったら、もう一回目が覚めた。おれはベッドの上に寝転がっていた。だるい体を起こして勉強机の上に置いてあるデジタル時計を見ると、4月30日。まだギリギリ令和になっていない。というか、普通に一晩寝ただけだ。


「なんだよ……夢かよ……」


 変な夢だった。おれらしくない、冷や汗までかいてる。こういうタイプの夢はきっと、いつまでも覚えてるやつだ。でも夢でよかった。なんか無駄に安心した。


「あ、そうだ」


 今日は何も予定がない。せっかくなら平成最後らしいことをするか、と思い立ち、おれは昭和駅へ向かうことに決めた。


「あれだ、リプDとL-1買わねえと」

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