マフラー
キーワード「マフラー」
手編みのマフラーって暖かいんでしょうか?
どなたか教えてください……
「うー……寒ぃ」
高校の帰り道、私の横で彼氏である拓己が震える。寒いのは当たり前、今は12月の中旬だ。
コートにニット帽。首元は――空いている。
「ねぇ拓己、私が去年あげたマフラーしないの?」
去年のクリスマス用に、私が拓己にあげたプレゼントだ。背伸びして買ったちょっと高めの物だから、暖かいと思うのだけれど。
「あー、あれね。あるよ、家に」
「いや、有るか無いかを聞いてるんじゃないんだけど?」
「あー……」
慣れた道にペタペタ響く足音。薄暗くなってきた空に、何処からか香るカレーの匂い。
「――あれさ、買ったやつだろ?」
「そうだけど?」
鼻の頭をポリポリ掻き、何だか言いにくそうな様子。
「いやぁ、その……」
「ハッキリ言いなさいよ。男らしくない」
ちょっとだけイラつく。
「言ったら言ったで男らしく無いんだよ」
「言わないと分かんないでしょうが」
何なの?今日の拓己は変。確かに元々ちょっとチャラ目で、不愛想な私と付き合ってる事自体が変な奴なんだけど、今日は特に変だ。
付き合ってもう一年半ほど経つのだけれど……キスどころか、手を繋ぐ事すらあまり無い。私が奥手だからだ。
そんな私に付き合ってくれているなんて、変な奴でしょう?
「じゃあ言うけど。手編みのマフラーが欲しい」
「――はぁ? 誰の?」
「悠月のに決まってんだろ……」
「はぁ?」
怪訝な顔で拓己を覗き込む。拓己は私よりも頭一つ分大きい。だからいつも下から睨み付けるように見上げてしまう。
――可愛い上目使いとか、無理だから。
「こうなるから言いたく無かったんだよ」
溜め息をついて頭を押さえる拓己に、私も溜め息をついて答える。
「――あのマフラー、気に入らなかったの?」
前を向いて呟く。
「いや、そういう訳じゃ無いんだ。むしろ反対というか……」
「はぁ? じゃあ良いじゃない。何でまたマフラーを欲しがるのよ?」
「それは、その……」
「ハッキリする!」
「――か、彼女の手編みのマフラー、憧れるんだよっ」
恥ずかしそうに顔を赤らめる。薄っすら赤くした短髪と相まって林檎みたいだ。
「却下ね」
「何でだよ?」
私はまたも溜め息をつく。
「あんたね。マフラーを編むのって時間掛かるの。私編み物なんてした事無いし……」
「だよなー。ごめ、忘れて忘れて」
片目を閉じて済まなそうに言う拓己に、私は首を横に振るだけだった。
編んであげる。と言えない自分が少し嫌になる。
「――じゃ、また明日な。終業式だからって気を抜くなよ?」
しばらく微妙な空気で歩いた後、私達は丁字路で別れる。朝の待ち合わせもここだ。
「そのまま返す。遅刻したら置いてくからね?」
「モーニングコールよろ」
「嫌」
「だよねー。頑張るわー。じゃー」
私に背を向けヒラヒラと手を振る拓己を、手を小さく振り見送った。何だか寂しそうな背中。
――たまには彼女らしい事でもしてあげようか……
家に帰った私は、夕食後の洗い物をしている母に尋ねた。
「ねぇお母さん。マフラーの編み方を教えてほしいんだけど」
母は洗い物をする手を止め、小さく笑った。
「あら。今から編むの? 今日は20日よ? クリスマスには間に合わないんじゃないかしら……?」
「明日で学校終わりだし、何とかする」
「そう。良いわねぇ。青春よねぇ。グフフ……」
嬉しそうに笑う母は、ちょっと面倒臭い。
しかし私はその面倒臭い母に習わねば、クリスマスまでには到底間に合わせる事など出来ない。
こうして私の人生初のマフラー編みは始まった。
「うー……寒ぃ」
終業式の帰り、昨日と全く同じ場所で拓己が言った。首元には去年あげたマフラー。
「昨日よりは暖かそうじゃない?」
「暖かいよ? でも、そうじゃない。俺の心は冷えたままさ」
下手くそな演技で大袈裟に振舞う。
――編むの止めようかな……
「勝手に言ってなさいよ。で、24日なんだけど、どうするの?」
ピタリと動きを止めて拓己は笑った。
「イルミネーション見に行こうぜ? 駅前通りの。去年行けなかったからさ」
去年のクリスマスは拓己が風邪を引いてしまい、終わってからプレゼントの交換だけをした。
拓己はそれを気にしている様子だった。
「分かった。今年は風邪引かないでよ?」
「もっちろん! 今年は体調管理バッチリだぜ!」
ガッツポーズをして笑う。
昨日とは違い、穏やかな空気のまま、私達はそれぞれの帰路についた。
「――ごちそう様」
夕食を手早く済ませ、立ち上がる。私にゆっくりしている暇など無い。
「あら悠月、もう良いの? 頑張るのは良いけど、焦ったり根詰めたらダメよ?」
「分かってる。でも時間は無いの」
自室に戻り、早速編み始める。
ここが、こうだから……
あれ?こっちであってる――よね。
うん。良い調子。段々とコツが掴めてきた。
三時間も夢中になって編んでいると、スマホが振動する。
「――拓己からだ」
『クリスマスプレゼント、何かなー』
こいつ……
『有るかも怪しい』
『がびーん』
……何時の時代のリアクションよ。
『期待しないで待ってて』
それだけ送ると、拓己からの返信は無かった。奴の事だ。きっと寝たんだろう。
――期待しないで待ってて、か。期待しててとか言えた方が可愛いんだろうな……
24日の夜7時少し前。私達は駅前通りを歩いていた。もちろん二人並んで。手は――繋いでいない。人通りが多かったけど、それでも私は手を繋げない。
以前に手を繋ぐのを躊躇してしまって以来、私がそういうのが苦手だと拓己は思ったのだろう。拓己なりに私を気遣ってか、あれ以来無理に手を繋いだりする事は無い。
「ほら、もう直ぐだぞ? 7時になるとここのイルミネーション、すっげぇ綺麗に光るんだってさ!」
嬉しそうに言う拓己。本当、私には勿体無いくらいに良い奴だ。私のバッグの中には今日の朝にやっと完成したマフラー。不愛想な私作らしく、不格好な歪なマフラー。
7時になった瞬間、ピカピカと様々な色に点滅して輝く駅通り。拓己の嬉しそうな横顔が一番輝いて見える。
「うっわぁ! なっ、悠月! めっちゃ綺麗だろ!」
私を見る拓己はまるで小さな子どもみたいだ。周囲の同じようカップル達はイルミネーションを肩を寄せ合ったり、手を繋いで眺めている。
「うん。綺麗ね」
もっと可愛く反応出来ないのかな、私は。
ニコリとも笑わない私を、拓己は責めもせず、それに対しては不満も言わない。
「来て良かった~。ネットで見るよりもスゲェわ~……」
目を輝かせる拓己を見て、私は……
今日くらいは、少し大胆になっても良い……よね。
「ねぇ拓己」
バッグからマフラーを取り出し、拓己の袖を引っ張る。
「お? どうした――」
素早く首にマフラーを巻いて引っ張る。拓己の顔が近くなる。
「ちょ、ゆづ――」
拓己の口からは、その続きの言葉は出て来なかった。何故なら、私の口で塞がれているからだ。
「――!」
これが私達のファーストキス。雰囲気もへったくれも無いような気がするけど、それが私達らしい。
――というのは、さすがに可哀そうかもしれないね。
時間にして10秒くらいだったと思うけど、何倍にも長く感じる。耳まで熱くなった顔、うるさいくらい早い心臓。
「ぷはっ」
「……」
「ゆ、悠月……」
「――何?」
拓己は私を見ているようだけど、私は拓己の顔を見れない。
「言っとくけど、来年は編んであげないからね」
「……一生大切にするよ」
「そ、そんな不格好なマフラー、一生なんて――」
突然私を強く抱き締める拓己。周囲から聞こえる冷やかしの声。
「違う。悠月を、に決まってんじゃん」
「――っ!」
「ずっとずっと、大切にするから」
「――うん」
私達は、これで良いのかもしれない。
このマフラーみたいに不愛想で不格好な私だけど、拓己を暖めてあげられるのなら――それだけで幸せなのだから。
私達はイルミネーションの点滅が終わるまで、ずっと抱き合っていたのだった。
高校生くらいの恋愛って、難しいですね。もっと長めに書こうかとも思ったんですが、若さゆえの勢いもあるかと思いまして。