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タイムリープ

キーワード「タイムリープ」です。


「――なぁ鈴奈、俺、お前の事が好きだ」


 綺麗な夕陽の光が差し込む大学の研究室。俺ともう一人、山中鈴奈やまなかすずなしかいない。その広くはない空間で、俺は告白した。


「え、と――嬉しいよ。望月君」


 差し込んだ夕陽を背に、鈴奈は泣き出しそうな顔で微笑んだ。黒いロングヘアがサラサラ揺れ、清楚な服装が良く似合っている。

 ――俺はこの先の結果を知っている。この後鈴奈はくるりと背を向け、こう言うんだ。


「でもごめん。私、望月君とは付き合えないよ」


 一時一句違わずに紡がれた言葉は、自分でも不思議なくらいにスゥっと耳に入って行く。


「――そっか。うん、分かった」


 俺はそう言って研究室を出る。きっと鈴奈はこの後、少しだけ泣いてから来るはずだ。

 ――これで14回目。俺は14回、この告白を繰り返している。

 そう聞くと、「どんだけシツコい奴なんだよ」と思われるかもしれないが――そうではない。この一日を丸ごと繰り返しているのだ。

 大学内の入口にある初代学長だか何だかの銅像を触ると意識が飛び、今日の昼に戻ってしまう。


「急げ、急ぐんだ……」


 俺は呟きながら駐輪場へ走る。途中で医務室により、医療用のハサミをバックに入れる。


「ハァ! ハァ! あった、鈴奈の自転車……」


 鈴奈の自転車のタイヤに、持って来たハサミで穴を開ける。

 ――鈴奈は今日、死ぬ。帰宅途中に発生した車同士の交通事故に巻き込まれて。

 もう何度も阻止しようと画策してきたが、どうもダメらしい。無理やり止めようとすれば必ず何かしら邪魔が入り、挙句警察沙汰になった事もある。どう邪魔しても、鈴奈は必ず事故に遭う。


「えーと、望月君、どうしたの? 私の自転車の前で……」


 背後から話し掛けられ、飛び上がる思いだったが、何とか平静を装う。


「あ、と。俺の自転車もここに止めてるからさ。ほら、隣のこれは俺んだぜ?」


 抜かりは無い。隣に駐輪した自転車を見て、鈴奈が笑う。


「くす。本当だ。ごめんね望月君。変な想像しちゃった」


「へ、変な想像?」


「あー。だって、断っちゃったから……その、腹いせにでも来たのかと思って……」


 ばつが悪そうな表情。それは当たり前だ。14回も経験した俺が慣れ過ぎているのだ。


「……いや、そんな事する訳は無いんだが――鈴奈、どう見てもお前の自転車、パンクしてんぞ?」


 しれっと指摘する。ハサミはバックにしまい込んでいる。


「え!? あれ、本当だ……うわぁ、どうしよう……」


 当たり前だが、本気で困っている。罪悪感で胸が苦しい。


「暗くなってきたし、途中まで送るよ」


「え? い、いいよ……」


「別に気まずいとか思わなくて良いから。暗い道を一人で帰らせんのが嫌なだけだ。紳士なんだよ、俺ぁ」


 恰好付けて言ったが、断られればどうしようも無い。

 ――鈴奈を助けられなければ、全ては無駄なのに……


「それじゃあ、お願いしちゃおうかな。私暗いの苦手で……」


 少しだけ悩んだ後、鈴奈は頭を下げた。

 そうか、鈴奈は怖がりだったんだ。怖がりで涙脆い。断られずに済んで、これはラッキーだったかも。

 俺達は鈴奈の家に向けて歩き出した。



 結果から言おう。


 鈴奈は死んだ。何事も無く帰宅させ、お礼のメールで安心した俺が気分良く眠りにつき、気分良く目覚めてニュースを付けると、報道されていた。


『アパート火災から一夜明け、行方不明者の数は7名。焼け跡から発見された遺体の数と同じである事から――』


『行方不明者は○○さん、××さん、山中鈴奈さん――』


 俺は何が何だか分からなくなり、街中を走って大学へ。


「――時間を戻せぇぇぇええ!」


 勢いよく銅像に飛び掛かると、そこで意識が途切れる。


「――はっ」


 気が付くと中庭のベンチに腰掛け、購買で買ったピーナッツバターのパンを手に持っている。


「――くっそ!」


 地面にパンを投げ付け、頭を抱える。

 どうすれば、どうすれば鈴奈を救える?どうすれば鈴奈は死ななくて済む?


 

 それから何度も、俺は諦めずに同じ日を繰り返した。60を数えた頃から、もう回数を数えるのを止めた。しかし……

 もう次の日に行かなくても良い。ずっとこの日を繰り返していれば、俺はずっと鈴奈と……

 中庭のベンチでピーナッツバターパンを食べながら、俺はそんな事考えるようになっていた。

 変わらない風景。変わらない話し声、変わらない不味いパンに、変えられない鈴奈の死。


「……これで良いのかよ……?」


 握ったパンが潰れて中身が飛び出す。

 俺はこれまで、鈴奈が死なないようにするにはどうすれば良いかだけを試してきた。

 繰り返して繰り返して、俺の精神はもうとっくに壊れているのかもしれない。しかしこうなった以上、俺はとことんやってやる。


「これで良いのかよ!?」


 居ても立ってもいられなくなり、鈴奈の元へ走った。この時間は学食で友人と飯食っているはず。

 我ながら狂人だと思う。だけどどんな方法でも、可能性が僅かでもあるのなら俺は諦める訳にはいかない。


「――鈴奈!」


 学生が大勢いる食堂で、俺は大きな声で叫んだ。皆が一斉にこちらを向くが、構わず鈴奈の元へズカズカと歩いていく。


「――ちょ、望月君? どうしたの? そんなに大きな声出して……」


 明らかに迷惑そうな顔をする鈴奈に、俺は面と向かって言った。


「好きだ! 鈴奈! お前は俺が必ず守る! だから心配しないでくれ!」


「――えぇ!?」


 混乱している鈴奈と、騒がしい学生連中を尻目に俺は食堂を後にし、大学の敷地を出る。目指すは事故が起こる交差点だ。

 俺が告白してもしなくても、鈴奈はここで夜6時30分に事故に巻き込まれる。これは決定事項らしい。誰が決めたか知らんが。

 ――何百回でも、何千回でも何万回でもコンテニューしてやる。絶対に諦めてなんてやるもんか!


 時が過ぎるのを待ち、俺は交差点に近づく。今までこの場に来させないようにする事を優先して考えてきた。この場に来てしまえば、鈴奈の死が確定してしまうと思ったからだ。

 しかし、よくよく観察してみれば、鈴奈がここに来なかった時は事故が起きない。他の死因もそうだ。鈴奈がいなければ発生すらしない。

 ――なら、発生してしまった『死』を直接乗り越えれば……


 ――来た。鈴奈だ。

 交差点の赤信号で止まり、スマホを弄っている。俺は物陰に隠れてその様子を見守る。6時29分47秒……今だ!


「鈴奈!」


 俺が飛び出すと同時に、車のクラクションが鳴り響く。体の動き、視界に映る全てがスローモーションになる。

 ――これ、もしかして俺も死ぬ?よく言うよな、死ぬ前は動きが遅くなるって。だが――


「そ! ん! な! の!」


 そう、そんなの……


「関係ぇ! ねぇえええええッ!」


 鈴奈を自転車から奪い去り、俺は飛んだ。自分でも信じられない。人を一人抱えて俺は飛び上がり、突っ込んできた車のボンネットを踏み、また飛んだ。


「えええええっ!?」


 鈴奈は状況を飲み込めず、俺に抱えられながら叫んでいる。鳴り止まないクラクションに、誰の物と分からぬ悲鳴が響き、俺は宙を飛んでいるのだ。


「ああああああっ!」


 夢中になり、叫ぶ。しがみ付いた鈴奈を落とすまいと必死に抱き締め、星が見え始めた宙を舞う。

 ――すげぇ、漫画の主人公みたいだ……


 ズン!と地面に着地する。膝が耐えきれず、そのまま倒れ込む――のを必死で耐える。何とか片膝をついて耐える事が出来た。


「え? え? も、望月――くん?」


 そっと地面に降ろした時、鈴奈が目をパチクリさせて言った。


「――こんな風に、死なんて、俺が飛び越えて、やる。だから、鈴奈、安心、してく――」


 俺の意識はそこで途切れた。

 次に目が覚めたのは――病院のベッド。俺は気づかなかったが、頭に自動車の部品が当たっており、血だらけだったそうだ。

 今日はあの日から何と二日経っているという。鈴奈は無事なのだろうか……俺はそれだけが心配だ。


「――望月君!」


 俺の病室に鈴奈の声が聞こえた時、俺は思わず泣いてしまった。


「鈴奈……無事だった、か」


「それはコッチの台詞だよ。無事で良かった望月君」


 ベッド脇の椅子に座り、俺の手を握る鈴奈。


「ありがとう望月君、恰好良かったよ」


 鈴奈の目から止めどなく無く流れる涙。


「――どんな理不尽が待っててもさ、俺が必ず跳ね除けるから……だから――心配すんな!」


「――うん。頼りにしてる……」


 絶好の告白チャンスだった気もするが、今告白するのは卑怯だよな。

 これから何回でも、鈴奈を振り向かせるチャンスは――時が前に進む限り、あるはずだから。


どうしても某時を駆ける女性を思い出してしまいました。

これ、長編にしてみるのも面白そうですが……

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