ギャンブル
お題「ギャンブル」です。
ギャンブルした事無いです。だから想像です。違法な地下ギャンブル的なイメージでお願いします。
何処かの地下にある、薄暗い一室。頼り無い灯りしか無いその狭い部屋では、毎日のように数人の大人達の人生が狂っていった。
「……よう。また来たぜ」
俺は今日もその一室の扉を開ける。この瞬間が一番緊張する。勝ち負けを味わうその時よりもな。
「……また来たのね。もう来ないって言ってなかった?」
その声を聞いた瞬間が一番安堵する。勝ちが決まったその時よりもな。
「エリー。俺は確かに今週はもう来ないって言ったぜ? でもな、今日は日曜だぜ? 新しい週のスタートだ」
「ユーゴ。また貴方の屁理屈に付き合わされたのね、私」
そう言って首を横に振る彼女はこの部屋の主だ。部屋を見渡せば、エリーの他には人影は無し。つまりは二人っきりだ。まぁ、部屋の入り口にはガードマンは二人いるけどな。
ふわりと緩い金髪に、セクシーな泣き黒子が特徴のこの娘は、所謂ディーラーと呼ばれる職種の人間だ。
「今日は他に客はいないのかい?」
席に着き、彼女に問い掛ける。他の客が居ればこんな事は聞かないし、聞けない。
「見れば分かるでしょう? 今日はもう貴方だけよ」
困り顔で微笑むエリー。俺はこの顔が見たかっただけだ。
「ユーゴ。今日もやるの?」
「あぁ。当然さ。君が参ったと言うまで、俺はここに来続けると最初に言っただろ?」
「どうだったかしら。少なくとも昨日は『来ない』って言葉は聞いたけど」
「おいおい。それは俺の冗談だろ? こうして今日も来ているじゃないか」
「ふふ。そういう冗談は、バーで女性を口説く時にでもしたら良いわ」
そう笑いつつ、エリーはカードを切り始める。
「ここで君を口説く時に使っちゃ、ダメかい?」
「ダメよ。ユーゴの口説き文句で落ちるほど、私は安い女じゃないわ」
俺は肩をすくめ、首を横に振った。
「掛け金はいくらにするの?」
カードを切り終えたエリーが言った。その声からは、先ほどまでの優しさは感じられない。
俺はこの瞬間が好きだった。背筋がザワザワし、自然に笑みがこぼれてしまう。
「そうだな……シンプルに行こう。全掛け、一億ドルで」
「分かったわ」
勝負はいつものようにブラックジャック。というかここではブラックジャックしかやっていない。
ただし、このエリーという娘――めっぽう強い。ここがひっそりと運営を続けられるのは、彼女が強いからに他ならない。
「それじゃ、始めましょうか」
彼女は自らに二枚、俺に二枚のカードを配る。彼女のカードの一枚は4だ。
「ほぅ。これはなかなか……」
対して俺の手札は3と5……微妙だ。
俺はエリーに向かって手招きをする。無言で一枚のカードを配ってくる。
「ち……」
2だ。今日はそういう日か。
俺は再び手招きをする。
無言で配られるカードは6だった。
「ふぅ……」
合計16か。当然引かなきゃ負けてしまう可能性が高い数値だが、16というのはマズい。一気にバストする可能性が高いのだから。
薄暗い部屋に空調の音だけが反響している。
耳を澄ませば澄ますほど、自分の心音がうるさく感じてしまう。
「……」
エリーは何も言わない。その表情からは何も読み取れない。
――良い。凄く良い。この緊張感の発生源は間違い無くエリーだ。
「……」
俺が見つめても眉一つ動かさない彼女に向かって、手招きをする。
ここで勝負に出ないような男は、この部屋に来る資格なんて有りはしない。
「……」
無言でカードを配るエリーが、僅かに笑った気がした。
配られたカードは……
「4だ」
合計20……
これ以上はさすがに引けない。心臓が激しく鼓動するが、その高鳴りは危険だ。何故ならこのエリーという娘は十中八九、20以上を出してくるからだ。
「では、私の番で良いのね?」
ここで引くか?いや、1なんて出る訳が無い。いやしかし引かなければ負ける気がする。いや、でも――
「ねぇユーゴ」
優しいエリーの声。おかしい。勝負中の声ではない。
「ユーゴが私の為にやってくれている事は嬉しいのよ? でも、私はもう普通の世界では生きていけないし、ユーゴを巻き込むのも嫌なの」
何を言うかと思えば……
「へっ。これは俺が好きでやってるんだ。何かを言われる筋合いは無ぇし、止めるつもりも無ぇぜ」
「でも、貴方は私と何の関係も――」
「エリー!」
俺はテーブルを軽く叩き、カードを催促する。
「本気、なの?」
エリーが勝負の場でこのような顔をするのは初めてだ。焦り、怒り、悲しみ、困惑が入り交じったような表情に、泣き黒子が良く似合う。
「……」
差し出されたカードを手にし、ゆっくりとめくっていく。
「ねぇ、ユーゴ。今ならまだ止めても良いのよ?」
「そんな不正は出来ない。この手で掴むのは負けじゃない。勝利の女神さ」
「――知らないわよ」
滲む汗と、荒い息。全身のあらゆる感覚が無駄に研ぎ澄まされていくのが分かる。
仄暗い灯りの元に晒されたカードの数字は――
「エースだ」
俺は努めて冷静に言ったつもりだったが、きっと少しニヤついていただろう。
「……それじゃ、今度は私の番ね」
再び勝負モードに入ったエリーは、冷静にカードを一枚引く。
「JACK」
足して14だ。当然、もう一枚引く事となる。
「6ね」
足して20だ。奇しくも、先ほどの俺と同じ状況という訳だが、ここで彼女には引かないという選択肢は無い。
「なぁ、エリー」
「なにかしら?」
「――いや、何でも無ぇ」
ここで何かを言うのは無粋な気がした。
この勝負の局面には、言葉など必要が無いだろう。
「変な人。あぁ。変な人だったわね、最初から」
笑った。やはり今日のエリーは何処かおかしい。
エリーはカードをゆっくりとめくり、溜め息をついた。その溜め息が俺には嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
「7よ。私の負けだわ」
「――っし!」
「はぁ。貴方の掛け金は一億ドル。配当金は――」
「その金を全部、今すぐあのクソ爺に叩きつけてきな。それでエリー、君はここを出るんだ」
「――言うと思ったわ。本当に良いのね?」
「当たり前だ」
「ここを出ても私、貴方に恩なんて感じないわよ?」
「女に恩を売るほど、俺はケチな男じゃねぇよ」
「――馬鹿ね。悪い女に騙されるわよ?」
「構わねぇさ。この世の中にゃ、悪い女なんていやしねぇけどな」
親指をビシッと立てて言う。
「本当、馬鹿ね」
涙を浮かべてバックヤードに消えていくエリーを見送り、俺は部屋を出る。
薄暗い廊下を抜け、地上へ出る。
路地裏に明るい月の光が差し込み、汚いゴミが輝いて見える。
「さて、帰るかね」
見上げた空に浮かぶ月に向かって俺は一人呟く。コートのポケットに手を突っ込み、歩き始める。
しばらくすると、後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。
俺は振り返らずに歩いていると、背後から抱きつかれ、背骨が痛い。
「ありがとうユーゴ!」
「へっ。俺に恩義なんて感じ無ぇんじゃなかったか?」
「――そうね。だから騙しに来たのよ。私は悪い女だから」
涙混じりに笑う彼女を背負い、歩き始める。
「言ったろ? 俺が掴んだのは負けじゃない。勝利の女神、エリーだってな」
「馬鹿ね……」
二人は大きく笑い、月明かりの下を歩いていくのだった。
自分が全く知らない世界のお題を頂いたので、物凄く苦慮しましたが、妄想は楽しいもんです。