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プールで

百合系です。

「私、桜庭綾香さくらばあやかは恋をしています」


 太陽の光がギラギラと照り付ける夏。私はガラガラの市民プールの更衣室で、壁に張り付けられた古いポスターに向かって告白した。

 ――いや、別にこのポスターに対して告白をしたのではない。こんな昔のお酒の宣伝ポスターのイケてるオジさんに告白する趣味なんて勿論ある訳が無いのだ。


「綾香―? 着替え終わったら早くおいでよー。人誰もいないから泳ぎ放題だよ」


「あ、うん! 今行くー!」


 一足先に着替え終わっていた亜子が更衣室に戻って来た。

 ――三橋亜子みつはしあこは私と同じ高校二年生。サッパリとしたショートカットと同じようにサッパリとした性格で、下手な男子より男子っぽい。


「へへっ。お待たせしましたねぇ、姉御ぉ」


 私はおどけながら更衣室を出てプールサイドへ。


「凄い待ったよ。全く――なんてね。ウソウソ。さ、泳ごうか」


 私の頭に手を乗せ、亜子はニカりと笑う。白い歯が太陽と同じくらいに眩しいし、くしゃくしゃと撫でる手は太陽と同じくらい熱い。

 水泳帽にしまい込んだ私の髪が揺れるのに合わせ、心臓も同じように揺れている。


「も、もー。亜子は直ぐに私を子どもみたいに扱うー」


「はははっ。ごめんごめん。綾香は小さくってさ。つい撫でたくなるのよ」


「むぅ……」


 亜子と私は20cmほどの身長差がある。でもこれは私が小さいのではない。亜子がデカいのだ。

 私の身長は160cmちょっとある。高校二年の女子の平均身長よりも大きい。亜子は180cmを越えている。


「――亜子に比べたらさ、大体の女子は小さいじゃん。皆撫でたくなるの?」


「いや、そんな事は無いよ」


「え? そ、それって――」


「さ、泳ごうよ。時間が勿体無いぞ」


 そう言って亜子はプールに入って行く。ほとんど人が入らない古い市民プール。プールサイドはタイルの隙間から草が伸びているし、プールの塗装も剥げていて正直綺麗には見えない。

 そんな微妙な空間でも、私は亜子と二人でプールに来れた事を一生忘れないだろう。


「――もう。勘違いしちゃうからね?」


 準備体操をしながら呟く。そんな小さな声など、セミのうるさい鳴き声と、近くの公園から聞こえる子どもの元気な声にかき消されてしまうというのに。

 ザブザブと水を掻き分けて泳ぐ亜子は――美しかった。高校に入るまで水泳をしていた亜子は、泳ぐのが好きだ。私は泳ぐのは好きではないけど……

 亜子が泳いでいるのを見るのは大好きだ。水を纏った亜子の美しさは、ちょっと私には形容出来ない。


「早くおいでよ。綾香」


 プールサイドまで泳いできて、亜子は手を伸ばした。


「――うん」


 伸ばされた手を取り、プールの中へ。冷たい水に入ると、亜子の手の熱さが際立ち、ドキドキが加速する。

 少しプールで遊んだ後、亜子が立ち止まって言った。


「――よし、競争しようよ綾香。25メートル」


「えー。亜子に勝てる訳ないじゃん。私泳ぐの遅いって知ってるくせに」


 突然の提案に、頬を膨らませて返す。


「そうだね。よし、ベタだけど、勝った方が負けた方に何でも命令出来るってのはどう?」

 

「ちょ、人の話聞いてる? そんなの無しだよ」


「ハンデあげるよ。10秒くらい」


 10秒か……それならイケるんじゃないかな。

 ハンデ貰えて、勝てば亜子に何でも命令できる……


「言ったからね? ハンデ10秒で、私が勝ったら命令聞いてもらうんだからね?」


「あぁ。言ったよ。でも私が勝ったら綾香には命令を聞いてもらうから」


 不敵に笑う亜子に、私はメラメラと対抗心を燃やした。

 勝てば命令……


「じゃあ、位置について」


 私達はプールの端に寄り、構えた。


「それじゃ、やるよ。よーい……」


 亜子が手を挙げる。


「ドン!」


 合図を聞いた私は、鉄砲玉の様に勢い良く泳ぎ始める。

 勝てば命令……

 亜子に命令……


 亜子との思い出が蘇る。初めての出会いは去年の春。入学式の帰りの電車の中。

 何気無い日常での他愛無い話。図書館で一緒にテスト勉強に夏休みの宿題。

 秋には学校の帰り道に焼き芋を買って食べたっけ。

 クリスマスにはケーキ買って、他の友達も呼んで騒いだね。


 ――どんな命令にするかは、もう決まっていた。それは命令と呼べるものではないのかもしれないけど……

 夢中で泳いだ私は、25メートル泳ぎ切った時、頭をプールの壁にぶつけて立ち上がる。


「いたた……」


「私の勝ち、だね」


「え?」


 頭上から声が聞こえる。顔を向ければ、亜子が笑っている。


「えぇ? いつ抜かれたのか全然分からなかったよ……」


「綾香、25メートル泳ぐのに30秒をオーバーしてるよ。私は15秒くらいだから、5秒はここで待ったね」


 あ、ずるい顔。これはこうなるって確信していたな……


「むぅ……」


「さて、約束は約束だよ。私の命令を一つ聞いてもらうね」


 セミの鳴き声が、いつの間にか増えた気がする。太陽は相変わらずサンサンと照り付けているし、公園の子どもの声はうるさい。

 ボロボロの市民プールには、気がつけば私達と監視員だけだ。


「仕方ないなぁ。でも私に出来る事にしてね?」


「あぁ。それは大丈夫だと思う。けど、出来るかどうかは綾香次第かもね」


「どういう事~?」


 私の肩に両手を置き、じっと見つめる亜子。

 その真っ直ぐな瞳と僅かに赤らんだ頬に、私はまたもドキドキしてしまう。


「――私と付き合ってくれ、綾香」


 ほぇ?


「――え?」


「私と付き合ってほしいんだ」


 セミの鳴き声も、子供の笑い声も、全ての音が聞こえなくなった。

 付き合う?誰と誰が?

 私の頭は処理が追い付かず、オーバーヒート寸前だ。


「――ダメ、か?」


 悲しそうに目線を逸らした亜子を見て、私は自身が置かれている状況を理解した。


「はっ! あ、ち、違うの――ちょっとビックリしちゃって……」


「そ、そう。で、どうかな……?」


「えと、亜子。違うでしょ? それじゃ命令じゃなくてお願いだよ?」


 私は亜子の手を取り、軽く握った。


「え? あ――」


 亜子は理解したようで、明るい笑顔を一瞬だけ見せ、真顔になる。


「――綾香。私と付き合いなさい」


「はい!」


 

 太陽の光がギラギラと照り付ける夏。私はガラガラの市民プールの更衣室で、壁に張り付けられた古いポスターに向かって告白した。

 ――いや、別にこのポスターに対して告白をしたのではない。こんな昔のお酒の宣伝ポスターのイケてるオジさんに告白する趣味なんて勿論ある訳が無いのだ。


「私、桜庭綾香に恋人が出来ました」


市民プール。子どもの頃によく行きました。

夕方まで遊んで帰りに駄菓子屋でタマゴアイスを買って食べながら帰る。

そんな子ども時代に帰りたいもんです。

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