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僕が神様だった、たった一週間のこと

作者: 梨野可鈴

ゴールデンウィークに、リハビリがてら、さらさらと思いついて書いてみました。


 世界からある日、大量の「要らないもの」が消えた。

 それは化学物質で汚染されたゴミだったり、核廃棄物だったり、海に垂れ流されたタンカー事故の廃油だったり、空中を漂う有害物質だったり、とにかく大多数の人間が、要らない、と認識していると思われるものだった。


 本当にある日突然、これらが煙のように、無くなってしまった現象を、世界では「神の奇跡」だとか何とか呼んでいるらしいけど、僕には知ったことじゃない。


 僕はアパートの一室で、大ヒット公開中、最新作のアニメ映画を見ながら、ごろごろしているだけだ。

 ピンポーン、とベルが鳴らされたけど、今はいいところだったので、勝手に入ってきて、とドアの向こうに声をかけた。


「あー、それ、私も観たかったのに。ずるい」


 少し膨れて言う彼女は、暑いのか、Tシャツにホットパンツという恰好で、惜しげもなく晒した肌が眩しい。


「じゃあ、もう一回最初から観ようか」

「オッケー。待ってる」


 これは、僕に彼女ができた経緯、あるいは、この世界の神様だった、ほんの一週間の話。


 ◇


 気が付けば、僕は真っ白な空間にいた。

 右も左も上も下もない、ただただ真っ白で果てのない空間に、ただ浮いていた。

 素っ裸で。


「……?」


 辺りを見回したけど、何もない。

 訳が分からないまま、僕は歩き出した。


 宙に浮いているといったけど、僕が望めば足場があるように歩けた。かといって障害物があるわけでもない。光に包まれているというわけでもないけど、暗くもない。

 ただ、何も無い。白い。

 裸だったものだから、暑くもなく寒くもないのは助かった。


 ここは死後の世界なんだろうか。

 僕は無神論者だったけれど、ここは天国にも地獄にも見えない。


 しばらく歩くと、遠くに何かが見えた。僕が夢中で走っていくと、そこにあったのは――大きなモニターの薄型テレビだった。


「テレビ?」


 他に何もないので、テレビをつけてみた。チャンネルは一つしかないみたいで、選べない。

 そこに映し出されたのは、僕が一人暮らしをしている、散らかったアパートだった。


 部屋の真ん中、この謎空間で目を覚ます前、僕が寝ていたと思われる布団の上に、よれよれになったパジャマが、人間の形をしたまま――例えるなら、殺人事件の事件現場で人型にかこわれたロープの形みたいな感じだ――落ちていた。


「どうみても、あれ、僕の抜け殻じゃないか……」


 ここには他に誰もいないから、真っ裸だろうと問題はないけれど、やはり落ち着かない。ちなみに僕はユニットバスも嫌いだから、お風呂とトイレは別の物件というのは、あのワンルームを選ぶうえで最重要視したことだ。

 服が欲しいな、と思った瞬間――テレビに映っている、僕のパジャマが消えた。

 そしてパジャマは、僕の足元に、音もなく現れた。


 着古したよれよれ感。間違いなく、それは僕のパジャマだった。

 僕はモニターと、パジャマを交互に見比べた。

 モニターの向こうの僕の部屋には、パンツが落ちたままだったので、追加でそれも呼び寄せた。




 二つのことが分かった。


 まず、僕はこの謎空間から、この薄型テレビを通して、元いた世界を見ることができる。テレビの映像は、見たいなと思った方向に動かせるようだ。ズームも角度も自由自在であるし、進めと念じれば壁の向こうにも行ける。

 そして、テレビに映っているものに対して、僕が望めば、こちら側に持ってくることができる。そこに制限はないようだった。とりあえず、僕は使えそうなものを呼び寄せた。真っ先に呼び寄せたのはスマホだが、やっぱりというかなんというか、電波は通じていなかった。


 どれだけ念じても、こちら側にあるものを向こう側に送ることはできないようだった。

 ということは、僕がこの謎空間にいる事実を、誰かに伝える術がないということである。


 僕の身に降りかかった超次元的な現象を伝えたところで、誰が助けに来てくれるとも思えないが、僕はテレビの向こう側の世界を眺めながら、この白い空間の中で、ぼんやりと過ごすしかできなかった。




 ここに来て三日経った。ここは時間の経過が曖昧だから、あくまでテレビに映る向こう側基準だけれど。


 僕はカップラーメンを食べながら、今日もテレビを眺めていた。

 カップラーメンは、最初、僕の部屋から持ってきていたが、さすがにそれではすぐ尽きてしまったので、申し訳ないとは思うが、適当なコンビニから拝借するようになった。

 ちなみにお湯もコンビニのポットの中から呼び寄せている。様々なコンビニから少しずつ貰うようにしているので、気付かれていないと思う。


 もはや僕の部屋にあるのは、出せなかったままのゴミと、こっちに持ってきても用をなさない家電だけだ。ソファや布団、枯らすには忍びない鉢植えなど、ほとんどの家具はこっちに持ってきた。


 いつまでも無人の部屋を眺めていても仕方ないから、僕はあちこちにテレビに映る景色を移動させていた。

 東京の上空に視点を飛ばして、夜景と空中散歩を楽しんでいた僕は、ふと、引っかかるものがあって下を見た。


 暗い路地裏を、一人の女の子と、その後ろを男が歩いている。それだけなら普通だが、空から鳥の視点で見ていた僕だから気付いたのだろうか――何だか様子がおかしかった。

 早足で歩く彼女に対して、男はぴったり、一定の間隔で付いていく。そのうち、彼女が走り出し、男もまた走り出した。


 僕は視線を男に寄せた。男は荒い息遣いで、女の子を追っている。目が普通じゃない。男は何事か喚き、彼女は恐怖に顔を引きつらせて走る。

 これってストーカーってやつか。僕はテレビを食い入るように見た。とうとう男が彼女に追いつく。

 彼女が何か言っているが、拒絶の言葉だろう。男は体を震わせ、後ずさる彼女に迫る。


 僕は驚いた。逆上した男が持っていたのは、包丁だった。男は包丁を構え、彼女に向かって突進していく。僕は急いで、その包丁をこちらに呼び寄せた。

 包丁が音もなくこちらに落ちるのと、画面の向こうで、男が彼女を押し倒すのは同時だった。


 突然包丁が消えたとはいえ、男に突進された彼女は倒れた。興奮した男は、包丁が消えたことも構わず、彼女の服に手をかけ――


 それを見た瞬間、頭の中で何かが弾けた。


「きゃあああ――っ!」


 次の瞬間には、悲鳴を上げる少女が、僕の目の前で仰向けに倒れて震えていた。




 彼女は、自分が見知らぬ場所にいることに気付き、戸惑いながら、目を開けると――僕を見て、ひっ、と声をあげた。


「……ごめん」

「は……? あなた、誰? ここ、どこ……」


 そして彼女は、モニターを見た。さっきまで自分がいた路地裏と、ストーカー男が呆然としているのが映っている。

 僕は誠心誠意、謝りながら説明した。この謎空間とテレビについて、僕の向こうから任意のものを呼び寄せる能力について。君が襲われているのをたまたま見つけて、咄嗟にこっちに呼び寄せてしまったこと。

 そして、どうやらこちらから向こうに帰す手段は、今のところ見つからないこと――


「……じゃあ、私を助けてくれたのは、あなたなの?」

「そうだけど……」


 彼女は転がっている包丁を見ながら言った。どうやら、かなり物分かりがいいようだ。

 しかしそれなら、彼女はこの謎空間から、二度と向こうに戻れないことを理解しているのではないだろうか。


「死ぬのに比べたら、悪くないね。異世界転生? 死んでないから、転移なのかもだけど」

「ごめん、僕、」

「あの男、追いかけて」

「え?」


 彼女はテレビに視線をやった。追いかけるといっても、視点だけだ。

 男はふらふらと歩いて、そして電車に乗って、彼のものらしいアパートに帰っていく。それをずっと、彼女の指示で追いかけ続けた。


「あ、あのさ……こっちからは、向こうに通信するとかできないんだよ。だから、奴の素性が分かっても、通報することは……」

「そんなつもりないって。第一、私が消えたんだったら、事件そのものがないわけじゃない」


 未遂ですらない事件に、警察は動かないから。彼女はとても冷たい声で言った。


 男は、家に入り、電灯の紐を引っ張り、部屋の明かりをつける。そして――


「呼び寄せて」


 彼女の指示で、天井から電灯を吊り下げていた紐が消えた。当然、電灯は男の頭に真っ逆さまに落ちる。男は呻いて頭を抑えていたが――彼女は殺されそうになったのだ。僕としても、自業自得かな、と思った。


「次、あの男が椅子に座ったら、椅子の脚を一本こっちに呼び寄せて」

「……よく、そんなに思いつくね」

「天罰よ」


 ふふん、と口の端を吊り上げて笑う彼女は、気付くとかなり可愛かった。




 彼女は芙美(ふみ)と名乗った。


「いわゆる、地下アイドルをやってたの。そしたら勘違い野郎に付きまとわれたのよ」


 アイドルとは、道理で可愛いわけだった。

 テレビの向こうで、蝶番が消えたドアに押しつぶされた男を見て、ひとしきり笑った彼女は、僕に色々と質問をしてきた。


「あなたは何者なの? 神様?」

「え? 僕はただの大学生だよ」


 神様なんて、そんな大層な言葉が出てくるとは思わなかったので驚いた。


「だって、世界を見下ろせるテレビなんて、まるで神様の定位置みたいだから」

「うーん、どうだろう」

「それに、好きなものを呼び寄せる能力なんてすごいじゃない」

「……僕はここに三日いるけど、君ほど有効活用できていない気がするよ」


 まさか「物をこちらに持ってくる=向こうの世界から消す」という能力を、あんな風に使ってストーカー男を成敗するとは思えなかった。あれで満足するかと思いきや、明日男が出かけていったら、公衆の面前で着衣を消失させ、刑事罰を与えるよう画策しているらしい。まあ、それでも殺人罪よりはずっと軽いが……。


 こちら側から向こうにメッセージが送れないということに対しても、彼女はすぐ、方法はいくらでもあるんじゃないかと言った。


「例えばさ、大きな砂漠や砂浜から、大きく文字の形になるように砂を消せば? そしたら誰か気付くでしょ」

「ミステリーサークルだって大騒ぎになる」

「それこそ神のメッセージだって、世界は大騒ぎかもね」


 とはいえ、彼女もそのアイデアを実行する気はないようだった。


「でもさ。本当にそれくらいのことできるんじゃないかな。ここは本当に神様の領域じゃない?」


 無限に広がっている白い空間と、世界を見下ろせるテレビ。

 僕があまりにスケールの大きな話に呆然としていると、彼女はとりあえず、と言った。


「お腹すいたから、何か食べたいな。そうだ、近くに大きいホテルがあったでしょ。あそこのバイキングから何か選んで取ってこようよ。どうせ余った分は捨てるんだしさ、そこらのコンビニからカップ麺万引きするよりは、よっぽどいいじゃない」

「……悪知恵がすごくない?」




 芙美は、僕が自分の部屋から呼び寄せたベッドで眠っていた。

 謎空間に、僕と彼女しかいないとはいえ、ここでどうこうするほど僕は馬鹿ではない。というより、何かしたら彼女に百倍返しくらいで報復されそうで怖かった。


 しばらく、僕は一人でテレビを眺めていた。


 僕はこの謎空間に、理由も分からないまま放り出された。だが、そこには、理由があったんだろうか。

 恥ずかしながら僕には思いつかなかったけど、彼女の言う通り、あらゆるものをこちらに呼び寄せることで、向こう側にはそれなりに影響が出るのだ。


 例えば、世界中の核兵器をこちらに呼び出してみたらどうだろう? そうすれば世界は平和になるだろうか。

 いや、彼女のように助けるということでいえば――例えば、虐待されている小さな子供を、こちらに呼び寄せて助けることもできるのではないか。テレビを使えば、市の職員が入り込めない、他人の家の中も全部覗いて見ることができる。

 こちらに呼び寄せられるものに限界がないのであれば、世界中の飢餓で苦しんでいる人をこちらに呼び出し、同時に、世界で余っている食べ物も全部こちらに呼び寄せてしまうというのは? 無駄になっている食べ物と、飢餓の人々を助けるのに必要な食べ物は同じくらいだと聞いたことがある気がする。


 他には、何ができる?

 僕は大して良くもない頭で一生懸命に考えた。




 次の日、呼び寄せた高級ホテルの朝食バイキングを食べながら、彼女に僕の考えを話してみると、彼女はさあ? と答えた。


「そんなこと考えてたんだ」

「いや、君が、神様とかいうから」

「やりたいようにやればいいんじゃない? 決定権はそっちにあるんだし」


 テレビの視点操作と、物を呼び寄せる能力は、僕にしかなかった。芙美はあくまで、僕にこちら側に呼び出されたもの、という扱いなのだろう。


「僕一人の考えじゃ自信がないんだ」


 僕は正直に言った。


 ただ核兵器を呼び出すことで、本当に世界が平和になるのか。

 虐待されている子供を、本当に親と引き離していいのか。

 飢えている難民たちを、食べ物があるという理由だけでこっちに連れてきていいのか。

 僕には判断がつかなかった。だから、彼女の意見を聞いてみたかったのだった。


「だって私、そんなに学がないし。難しいことなんて分かんないし。別にいいんじゃないの、神様の意思なんて、人間には理解不能でも。自己満足でやればいいんじゃない」

「……。それは僕が嫌なんだ。君のことだって、君がたまたま、こっちに来たのを納得してくれているからいいけど」


 もし芙美に、どうしてこんな場所に連れてきた、家に帰せと責められたら、僕は耐えられなかったと思う。


「そりゃあ、私は刺されて死ぬところだったし。異世界転移っていうには地味すぎるけど、便利で悪くはないし。まあ、君が新世界の神になりたいなんて言うような人間じゃないってのはよく分かったよ」

「……そうかな」


 僕はそんな、大それた人間じゃないと思う。この謎空間から、世界を変えてやろうなんて、思いつきもしなかった。


「僕をここに連れてきたのは、やっぱり神様なのかな」

「職務を放棄した神様説? まあアリかも。私、神様信じてないけど」

「そうなの?」


 あれだけ神様と言っておいて、意外なような。


「ま、サブカルチャーに詳しければそれなりに神話の知識はあるけど。まあ、存在を信じてれば、存在しているのと同じだろうし」


 芙美はぐいっと伸びをした。


「じゃあさ、暇だし、私の部屋から、ゲーム持ってきてよ」

「ここ、電源ないよ」

「ボードゲームだから大丈夫。ま、二人じゃ寂しいけどね」


 二人でやるトランプよりはまだマシでしょ、と芙美は言った。

 そして、僕は教えてもらった彼女の部屋を映すようにテレビの視点を操作した。女の子の部屋を覗くのは、彼女がいたことのない僕には少しドキドキする。


「その、本棚の上の箱。あ、ちょっと呼び寄せるのは待って。一回、部屋から出てみて」

「……今度は何?」


 僕は言われた通りに彼女の部屋の外に視点を移動させる。テレビが東京の住宅街を映したところで、再び彼女に指示される。


「その状態で、ゲームを呼び寄せられる?」

「……どうだろう」


 僕が意識した瞬間、ゲームの箱が、僕と芙美の間に出現した。彼女が箱を開けると、細かいチップやカードのようなものがたくさん入っている。


「中身も入ってる。できるじゃない」

「……見えなくても、意識すれば呼べるってことか」


 テレビに映ったものでなければ、具体的にイメージできない。それで何となく、「映したものが呼べる」と思い込んでいたらしい。

 また、箱の中身が分からなくても、中身ごと、とイメージした上で箱を呼び寄せれば、それで中身も呼び寄せられるようだ。


「ちなみに、大きいものを呼ぶのと、小さいものを呼ぶので、疲れ方が違ったりする?」

「特にないかな。君をこっちに呼び寄せた時も一瞬だったし」

「本当に無制限なんだね」


 芙美はニヤッと笑う。


「何か、呼び寄せてほしいものがあるの?」

「それは後のお楽しみで」


 その日、僕は芙美とボートゲームで一日遊んだ。ちなみに僕が全敗した。




 次の日は、芙美の指示で高級ホテルのケーキバイキングを楽しんだ後、バドミントンで遊んだ。


「私ね」

「うん」


 シャトルを打つのに合わせて、彼女は言う。パコン、パコン、と何もない空間に、音が響く。


「神様なんか、いないと思ってた」

「僕は、まだ、信じてないけどね」


 さすがに、僕をこの謎空間に放り出す前に、髭を生やした老人みたいなのが現れて、世界の管理者権限を譲るとか何とか説明をしてくれば信じただろうが。


「神様のイメージ、古っ。今流行りの、女神様じゃないんだ」

「何それ」

「だって能力がチートじゃん」


 芙美のスマッシュに、僕は反応しきれず、シャトルを落とす。体を動かすゲームでも、僕は彼女に負けっぱなしだ。


「それで? 今は信じてるの?」

「うん」


 まあ、こんな超現象を見せられたら、そうかもしれないけれど。


「私の神様は君だよ」


 彼女の大きな瞳がこっちを見る。僕はシャトルを拾ったまま、何も答えられない。


「私みたいなのでも、ちょっと考えれば、いくらでもこの能力で好きなことができるのにさ。本当、無欲っていうか、何もしないんだよね」

「……君が頭がいいからじゃないのかな」


 というか、僕の頭が悪いのか。

 だが、彼女は首を振った。


「お人好しなんだね。君みたいな人、初めて見たよ」




 この世界に来て六日目も、僕は彼女とだらだら過ごした。


「……そう言えば、家族とか、友達とか、君がいきなり消えて心配してないかな」

「どうかなあ。連休だし、どっか出かけてるって思ってるだけじゃない」

「アイドルの仕事は……」

「ああ、私みたいなのいっぱいいるし。別にいてもいなくても同じだから。そっちこそ誰も心配してないと思う」


 あっけらかんと言う彼女に、僕は何も言えなかった。


「君こそどうなの?」

「大学は連休だから、今のところ誰も気付いてないかもしれない。けど、そのうち、いつまでも休んでたら、誰か探しにくるかもしれないな」


 そうしたら、家具がほとんど消えたワンルームを見て、驚くのだろうか。夜逃げしたと思われるだろうか……いや、理由がない。事件に巻き込まれた、くらいに思うかもしれない。

 僕からは家族や友達の様子が見えるけれど、こちらから声を伝えることはできない。みんな心配するだろうか。そう思うと、今更ながら心が痛んだ。


「あ、そうだね。じゃあ、連休も終わるし、そろそろ帰ろうか?」


 あまりにあっさりと芙美が言うので、僕は驚いて目を剥いた。


「いや、こっちからはどう頑張っても物が送れないって」

「頭固いな。『世界』の方を、こっちに呼び寄せればいいんだよ」


 目から鱗だった。


「色々考えたんだけど、これっていわゆる世界のリセットなんじゃないのかな。残すもの、要らないものを選別して、新しい世界を作る。そういうことなんじゃないかな」

「……。」

「だから、世界を持ってくる。でも、君が要らないと思うものは残せばいいんだよ」


 まあ、君は全部持ってくるだろうけどね。自分の嫌いなものを残して独裁者になれるほど、君はメンタル強くないから。

 そう言って笑う彼女には、何もかも見透かされていた。


 ◇


 これが、僕が神様として、新しい世界を作った一週間だ。


 とある神様は六日で世界を作り、一日休んだらしいが、僕の場合は、六日だらだらし、最後の一日で新世界を作り上げた。まあ、旧世界のコピーなのだけど。


 七日目、僕はテレビで必死に世界中を空から眺めた。もっと視点を上空に飛ばして、宇宙を眺めた方がよくない? 地球だけ持ってきても太陽ないと、人類滅亡するよ? と芙美が言ったのでそうしたけれど、どうして彼女はそんなにスケールがでかいのだろう。


 さあ来い、宇宙そのもの! と念じた瞬間、僕と芙美は、見慣れた僕の部屋の中に座っていた。

 例のテレビも、僕の部屋の家具の一つであるかのように、ちゃっかりと床に置かれていた。


「どう、さすがに疲れた?」

「いや……」


 宇宙を呼び寄せた時でさえ、僕の中にそれをした実感はなかった。それよりも、テレビを眺め続けていた目の疲労の方がすごいと言うと、芙美はおかしそうに笑った。




 誰も気付かないまま、世界は新しい朝を迎え、残ったのは、世界を映し続けるテレビである。


 あれ以来、このテレビは、今僕がいる世界を映すようになった。芙美にそれを言うと、旧世界は完全なる無になってしまったから、もう向こう側は映らないのではないかという。

 呼び寄せ能力については、なくなった。この世界にあるものを僕の手元に呼び寄せることはできないことからすると、やはり新世界に持ってくるものを選別するという、芙美の仮説が正しかったのかもしれない。


「それにしても、本当お人好しだよね。世界をただ持ってくるだけじゃなくて、わざわざ人間のゴミを向こうに捨ててくるなんてさ」

「まあ、自己満足だけどね。その特権として、こうやって映画をタダで楽しむくらいは許されるかなって。あっ、もうすぐ次の回を上映するよ」

「やった」


 映画館の中にテレビの視点を飛ばして、僕たちは誰にも邪魔されずに映画を観る。

 ここが世界の真ん中、特等席。



お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神様(のような存在に)になった主人公の思考の変化が面白かったです。 いろんなことができる能力、その結末。 ヒロインが賢すぎる&動じなさすぎる感じはしますが、それゆえにテンポよく爽快に読めたの…
[一言] 世界を大きく変えようとしないからこそ神さまとして選ばれたのかもしれませんね。 女の子の方はアドバイザーとして急遽誘導されて来たようにも感じました(笑) 面白かったです。 私なら大多数の者も…
[気になる点] もしもだけど、腫瘍とかガンとかウィルスや菌による病気のを元の世界に置いて人を呼び寄せられて居たら、臓器不全とか欠損は無理だけど多くの人が助かるようなことにもなったのかなー?って読み終わ…
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