スコール
エッセ達がコモナ・ジュールに訪れてから5日が過ぎていた。
そもそもこの島を訪れた本来の目的は観光ではなく愛機であるペングイー号の修理の為であり、エッセは初日以降スーに頼まれて市街地のジャンク屋やパーツ屋を巡って飛行船の部品調達を行い、スーは船のエンジンルームに籠って修理に明け暮れていた。
「スーちゃん、頼まれてた部品を買ってきたよ。スーちゃ~ん?」
「あ、おかえりエッセ、今行くよー!」
ペングイー号の小さなエンジンルーム内でスーを呼ぶエッセ。しばらくして直径1メートルほどの太い冷却パイプの下から、ガチャガチャと音をたてて寝板に乗った作業服姿のスーが現れた。すっくと起き上がるとエッセの元へとやってきた。
「お待たせ、ありがとうエッセ! これでラジエーター周りは大丈夫ね」
オイルにまみれた顔のスーを見て、自然と笑みがこぼれるエッセ。
「スーちゃん、顔がオイルまみれだよ? アハハ!」
「え? もう、そんなに笑わないでよー! んー、他の所も色々ガタがきてる、まだしばらくかかりそうね。それに……」
「どうかしたの?」
悲しそうに目を伏せたスーをエッセは怪訝そうに見やる。スーは一呼吸置いて口を開いた。
「最終的にペンちゃんを飛ばすにはA級サイズのパーティクルがいるの。」
エッセは驚きで目を見開いた。飛行船に限らず物を動かす動力にはパーティクルが絶対的に必要なのだが、パーティクルは外部からの衝撃などで壊れない限り半永久的にエネルギーを放出する。
ペングイー号は元々タンクがダイバーとして現役だった頃に造られた船をメカニックの天才であるスーが直したものだ。
動力室には当時タンクが入手した希少なA級パーティクルが納められているとエッセは聞いている。
「……最近航行中も出力が安定していなかったでしょう? 動力室を開けてみたらパーティクルにヒビが入っていたの」
「この前の戦闘で割れちゃったのかな……」
A級のパーティクルは希少な為、殆ど市場に出回らない。出ていたとしても超がつくほどに高級な代物だ。実際エッセも実物はここにあるものしか見たことがなかった。
「でもスーちゃん、なんとかなるかも」
えっ?とスーが暗い顔を上げる。
「この島には大きな遺跡があるし、僕がダイビングして見つけてみせるよ!」
落ち込んだスーを励まそうとエッセは拳を握りしめて意気込んでみせる。
「エッセ……。そうよね。落ち込んでいても始まらないか。この前モンシェさんにこの島のダイビングの許可も貰ったもんね!」
「そうだよ!」
エッセの言葉でスーは元気を取り戻し笑顔になった。この花のような優しい笑顔を見るとエッセは力が湧いてくるのだ。
二人が一通り修理作業終えてペングイー号からドッグに降りると、ビーチの方からインフォが慌てて駆けてきた。
「あらインフォ、そんなに慌ててどうしたの?」
「ウピィー! エッセ、スーちゃん、空賊だよ! 空賊が街を占領してるよ!」
「空賊が!?」
インフォの言葉にエッセの目付きがキッと変わる。普通ではない状況をスーも察したようで、訝しげにエッセへ問う。
「エッセ、インフォは何て言ってるの?」
「空賊が街を占領してるって! 朝に僕が街へ行ったときは何も変わりはなかったのに」
「え、でも街には今おじいちゃんが!」
スーが不安そうな声を出した直後に街の方からドドンと荒々しい無数の砲撃音が聞こえてきた。
「おじいちゃんっ!!」
叫ぶと同時にスーは一目散に市街地の方へと駆け出す。
「スーちゃん待って!」
「エッセ、アーマーを着けてかないと怪我するぜ!」
すぐにスーを追いかけようとしたエッセだが、インフォの声でペングイー号の入口に続くハシゴを一気にかけ上る。船内に入り乱暴に開発室のドアを開けてアーマーを身につけると、急いで出口に向かいハシゴを使わずに飛び降りた。
「インフォしっかり捕まってるんだよ!」
インフォはエッセの肩にがっしりとしがみつく。
「おおよ!」
エッセは風のような速さで市街地に向かって走り出した。快晴の空の東にはモコモコとした暗い雨雲がこちらの様子を窺うように流れていく。