直撃
モンシェに連れられ、エッセ達一行は甘い花の香りが広がる賑やかなコモナ・ジュール市街の中心部にあるコモナギルド本部に到着していた。
ここへ来る道すがらスーは目に止まった露店や商店に片っ端から入っていき、食べ物はもちろん特産のアクセサリーや小物、お土産を大量に物色していた為、到着にはかなりの時間を要し、外はすっかりサンセットになっていた。
「ここがギルドかぁ」
生まれて初めて訪れたギルドに、エッセは建物内を物珍しげに見渡しながら言葉を漏らす。どうやらスーも同じ面持ちのようで、島の遺跡から出土したものが展示されているショーケースをじっくりと見ている。
モンシェとの昔話に花を咲かせていたタンクは、話題が一段落ついたのかエッセとスーを呼んだ。
「お前達や、わしはこの後少しモンシェ達ギルドの面々とこの島の遺跡について話をしてくる。その間、施設の中を見て回るといい」
モンシェは笑顔でタンクに続けた。
「施設の中はどこでも自由に見てもらって構いません。何かあれば私達は2階の会議室におりますので。申し訳ないのですが、少しの間先生をお借りしますね」
「いえいえ、たっぷり見学させてもらいます!」
スーが元気よく返事をした。モンシェは丁寧にお辞儀をして「では」と、タンクを連れて2階へと続く階段の方へと向かっていった。
2人が階段を上がって行くのを尻目にエッセはハッと辺りを見渡した。
「スーちゃん、そういえばインフォを知らない?」
ショーケース内の兵器の図面らしきものに釘付けになっていたスーは、どうやら出土品に心惹かれたらしくエッセの声がまったく届いていない。何やらメモ帳を取り出して、目を輝かせながら書き込んでいる。スーがこうなるとしばらく手が付けられない。
エッセは人が行き交っているこの場所ならスーを一人にしても大丈夫だろうと、勝手にいなくなったインフォを探すことにした。
「しょうがない、僕一人で探してみよう」
*
「あなた達、やることは分かったわね?」
白衣にグルグル眼鏡を掛けたタルトが3体のテサッキー達に、腰に手を当て、人差し指を上に向けながら指示の確認を仰ぐ。
「はいぃ!」
「遺跡の鍵の在処の情報収集ですぅ!」
「がんばるぞぉ!」
テサッキー達はオー!っと元気よく気合いを入れて、腕組みしたタルトに向き直った。
「よしっ! じゃあそれぞれ持ち場について作戦開始よ!」
「らじゃあ!」
そう言うとテサッキー達はコモナギルドの施設内を散り散りに駆けていった。それを確認し、タルトもさっと白衣をなびかせて身を翻す。
「私は2階に……ん?」
すると突然、ギルドの職員達に追いかけられているとても大きなリスが叫び声をあげてタルトの顔面に突っ込もうとしていた。
「あそこだ! 待てー、イタズラリスー!」
「ウピィー! やらかしたよー! エッセどこだよー! うわぁ、どいてー!?」
「っうぶ!?」
タルトが避ける間もなくインフォは顔面に直撃し盛大に後ろに倒れる。ぶつかった衝撃で上に飛び上がったインフォはタルトの腹の上に不時着するも、その衝撃で微かに意識のあったタルトは完全に気を失ってしまった。
「ウピィー! ごめんよぉ?! あいつらを撒いたら手当てするからっ!」
そう言ってインフォは職員達の怒号を受けながら、失神したタルトを残して慌てて逃走を再開した。
「こっちの方で騒ぎ声が聞こえたような気がしたけど……」
エッセは広くて少し迷いそうなギルドの施設内を足早に歩き回っていた。
今いるのはスーがいる展示場とは正反対の位置にある、島の歴史と遺跡の調査隊についてのポスターが時系列に広い廊下の壁に張られた「歴史の廊下」と呼ばれるエリアのようで、人通りはほとんど無い。
道順に進むエッセが廊下の角を曲がると、奥の方で仰向けに倒れている人を見つけ駆け寄る。スーやエッセと同じ年くらいの女の子は、額が腫れ、傍らに割れた眼鏡が転がっており四肢を卍の形に広げていた。
「大丈夫ですか! 何かにぶつかったのかな? 息はあるみたいだけど」
エッセはとりあえず意識の無い女の子を横抱きし、近くにあったベンチに優しく下ろして膝に頭を乗せる。鞄から携帯ボトルに入った水を取り出しポケットにあったハンカチを濡らして女の子の額に当てた。
「白衣を着ているし、ここの研究者の人なのかな」
「うっ! あたし何かにぶつかって……」
しばらくするとタルトが苦しそうに目を覚ました。
「ハハハっ! 良かった、意識が戻って!」
目を開けると自身を覗き込む知らない男の子の顔が近くにあった。
タルトは「あっ……」としばしエッセを見つめると、耳まで真っ赤になり額にあったハンカチが舞うほどの勢いで跳ね起きた。
「な、なななな、なんなのよ、だ、誰なのあなたっ!?」
「僕はエッセ、探し物をしていたら君が倒れていたから横にしたんだけど……。受付までは遠いし、人通りもないから気が付くまで僕が視てたんだ」
どうやら自分は気を失っていたのだと気づいたタルトだが、何かにぶつかったという所までしか思い出せない。
「あ、あたしはタルト。たたた、助けてくれたことに、れ、礼を言うわっ。あ、ありがと……」
「どういたしまして!」
屈託ない笑顔で返事をするエッセにドキッとしたタルトは目を逸らしてしまう。エッセを見ると心臓がバクバクと太鼓のように躍るのが分かる。頭の中がフワフワするこの気持ちは何なのかとタルトは心がモヤモヤし、早くこの場から逃げ出したいと思った。
「ふんっ! あ、あたし、もう行くわっ!」
タルトはそう言うとエッセに目もくれず踵を返して走り去って行った。
何だったのだろう、と頭を掻くエッセ。そこにタルトが走って行った方向とは逆側からぴょこぴょことインフォが現れた。
「あっ、インフォ! 今まで何処にいたんだ!」
「ウピィー、エッセー! 会いたかったよー!」
インフォは泣きながらエッセの顔面に勢いよく跳んで張り付いた。
「く、苦しいよっ!」
エッセはインフォを襟元を掴んで引き剥がし、顔の前に持ってくる。
「エッセ、顔が怖いよ! ちょっとイタズラして追いかけられてたんだゴメンよ……」
ハァと呆れた溜め息をついてエッセはインフォを床に下ろす。エッセはしゃがんでインフォに顔を近づける。
「インフォ、もう勝手にいなくなるなよ? イタズラも程々に!」
「ウピィー」
力無く返事をしたインフォはエッセに怒られ、下を向いてしゅんとなる。
「……なぁエッセ、ここに女の子が倒れていなかったかい?」
「さっきまで居たけど……っ! まさかとは思うけどインフォが女の子にぶつかったのかい!?」
「ウピィー」
エッセはインフォを小突いて展示場にいるスーの元へと向かった。