コモナ・ジュール島
惑星アヴァロンの北緯13度、東経54度に位置するコモナ・ジュール島は世界有数のリゾート地である。
島の南西には美しい砂浜が広がっており、その周辺には島唯一の市街地がある。東側には森が生い茂っており、地下遺跡も存在する。
そして何より目立つのは、島のほぼ中心に鎮座する活火山で、火口付近には探索に許可が必要な遺跡が厳重に管理されている。
その西側の麓には火山噴火により出来たと言われるセーナ湖が南国の観光名所として有名だ。
ペングイー号が停泊したのはセーナ湖の南東に位置する入江で、全て木材で造られているシックな雰囲気の飛行船ドッグだ。
エッセ、スー、タンク、インフォの3人と1匹はドッグから市街地に向けてビーチ沿いの道を歩いていた。
「わぁ、白くて長くて凄く綺麗なビーチね! 南国の島って初めて! エッセエッセ、あの背の高い木を見て!」
白いレースのワンピースに麦わら帽子を被ったスーは、真っ白な砂浜に目を向けて感嘆の声を漏らしていた。
「ここに来るのも、久しぶりじゃのぉ。相変わらずの暑さじゃが、老体には丁度良いかものぉ」
タンクは黄色に南国の葉が散りばめられた派手なシャツに着替え、その顔には懐かしみが窺える。
「さすが博士、この島に来るのも初めてじゃないんですね。ここにも遺跡が在るんですか?」
普段のダイビングとは打って変わって白いシャツと青い短パンというラフな格好のエッセは、頭の上で跳び跳ねるインフォの相手をしながらタンクに問うた。
「以前に訪れたのはスーが産まれる何年も前じゃ。もう20年くらいになるかのう。腕利きのダイバー達を集めて結成された遺跡調査隊を引き連れて、この島にある指定遺跡の調査に訪れたんじゃ」
「指定遺跡?」
エッセとスーは目をパチクリと見合わせた。
「エッセ、おじいちゃん! 喉乾かない? あっちの方に南国ジュースのお店があるみたいなの、行ってみましょ!」
スーはバカンスを純粋にバカンスを楽しみたいようで、タウンマップ広げて先頭を行く。
「まぁ歩きながらでもええの」
「そうですね」
あんなに楽しそうなスーを見ていると、自分まで楽しい気持ちになる。微笑みを浮かべたエッセを横目にタンクも楽しそうに続けた。
「指定遺跡とはダイビングをするのに許可が必要な特別な遺跡のことじゃよ。遺跡を管理しているギルドもしくは、遺跡に入ることを許可する権限を持つ人物にカードキーを貰わなければ決してダイビングすることはできないんじゃ。世界に存在するほとんどの指定遺跡は通常の遺跡よりも遥か昔から存在し、ダイビングの危険性が未知数であること、守られている物の価値や利用の意図がとんでもないものであること等いくつか理由があるからの」
「普通の遺跡に比べて攻略難易度や危険度が高いって事ですね」
「簡単に言うとそうじゃの」
いつも間にかスーの手にはピンク色のジェラートがある。
「そこで買ったの!」
スーは屈託ない笑顔でそう答えた。
孫の笑顔を受け、明るい口調で語り続けるタンク。
「わしも買おうかな。ああ、話の途中じゃったな。コモナ・ジュールには年代の違う小さな遺跡の入り口が何ヵ所か在っての、全てを調査した訳ではないがどうやら遺跡同士が地下で繋がっとると判明したのじゃ」
エッセの純粋な好奇心が煽られた。
「年代が違うのに遺跡同士が繋がってるなんてとても珍しいですね」
うむ、と頷きタンクは島の中央でモクモクと白い煙が吹き出す火山を指差す。
「あそこに見えるバスパル火山の火口と島の東にあるフェリオの森に指定遺跡が在っての、当時火山の遺跡は噴火の危険があって入れんかったんじゃ」
タンクは眉をひそめて少し悔しそうな表情になった。
「森の遺跡にはダイブしたんですか?」
エッセは逸る好奇心を静かに抑えて続きを問うた。
「その後の調査で森の遺跡には入った。が、そこには大型のルインザーが待ち構えておった。そのルインザーは何とか倒したが、わしと共に入った調査隊は壊滅。調査を続ける事は難しくなり引き返すしかなかった」
そう言いタンクは、一度目を伏せて憂いの眼差しでバスパル火山を眺めた。
「そんなことがあったんですね」
エッセは未知なる遺跡へのワクワクした高揚と、タンクの無念を知りモヤモヤした気持ちになった。
「じゃあ、おじいちゃん達の代わりに私とエッセでこの島の遺跡をダイビングしちゃおうよ!」
先ほどまでジェラートを片手に先頭を切っていた筈のスーだが、片手にあったジェラートは無く、代わりにピンク色が鮮やかな南国のジュースを持っていた。
「そこで買っちゃった! はい、二人の分も!」
スーはエッセとタンクにコモナ・ジュールの海のような青い南国のジュースを寄越す。カップの縁には黄色い果物が飾り付けられ、細かい氷の間からストローが伸びていた。
「ウピィー!」
「インフォの分、忘れてた」
「ウピィー、スーちゃんもひどいぜぇ。 なぁエッセ、それ僕にくれてもいいんだぜ?」
インフォはエッセの頭からジュースを取ろうと、跳び跳ねながら必死に手を伸ばし暴れる。
「インフォ痛いよ! ほら、そんなに暴れなくても分けてあげるから」
「若いというのはいいのぅ、わしもあと10年若ければのぅ……」
年の割には逞しい自身の身体を見つめ染々としているタンク。そこに突然女性の声が舞い込んだ。
「鋼のタンクの異名が泣いてしまいますよ、先生」
一同が振り返ると、そこには日に焼けた健康的な肌と頭に乗せたサングラスが目立つ一人の女性がいた。
「おお、モンシェか! 久しぶりじゃのぅ!」
「先生、お久しぶりです」
「おじいちゃん、この方は?」
花のようにふわりと首を傾げてスーがタンクに問いかける。
「なに、昔この島の来たときの調査隊の支援者じゃ」
「初めましてモンシェと申します。先生にはこの島の調査を依頼し、しばらくの間色々とお世話になっておりました。今はこの島のギルドで遺跡護衛長官を務めております」
「ほう、見ないうちに立派になったのう!」
旧い知り合いとの再開にタンクは大いに喜びながら、スーとエッセを手招きした。
「こっちはわしの孫のスーで、こっちは弟子のエッセとペットのインフォじゃ。二人ともまだ若いがダイバーとしての腕前は確かじゃよ」
「初めまして」
エッセとスーの声がピタリとユニゾンした。
「まぁお孫さんとお弟子さんでいらっしゃいましたか! 良ければこの後、皆さんで本部の方にお越しなっては如何ですか? 実は相談役に困っていたところでして。もちろん出来る限りのおもてなしは致します!」
「そういうことなら、どうじゃ二人とも一緒に行くかの? 良い経験になると思うぞよ」
「まだ色々観光したいけど私はギルドにも行ってみたいな! エッセも行こうよ!」
スーはエッセの右手を優しく握った。
「うん! 僕もこの島の遺跡に興味があるから行くよ」
「決まりね!」
「ではこちらへどうぞ」
三人と一匹はビーチを後にし、モンシェに続きコモナ・ジュールのギルドへと向かった。