邂逅
「エッセ、おかえりなさい!」
飛行船の操舵室。舵を取っているのは色白で綺麗なブロンドのショートカット、水色のオーバーオールに身を包む暖かい笑顔の少女スー。
「ただいま、スーちゃん」
彼女の笑顔を見て、不思議と自分も笑顔が溢れるエッセ。
「ごめんね、ちゃんとサポートできなくて。私ね、搭からエッセが出てくるまで心配で心配で……。この船で搭を17周もしたのよ!」
そう言ってエッセに抱きつくスーは相当気疲れしていたようだ。
「か、舵から離れちゃ危ないよぉ!」
「自動操縦だから大丈夫!」
スーは屈託のない笑顔でパチりと片目を閉じてウィンク、そんな仕草に何だかエッセは照れてしまう。
「そ、そうだ! スーちゃんこれを」
照れ隠しでエッセは背中に担いでいたホルダーをスーに渡す。
「わぁ、綺麗! C級のパーティクル!」
翡翠に輝くパーティクルを手に取り、スーは擦ったり叩いたりして鑑定する。
「パーティクルの中でもC級以上は貴重な資源だから、本当に助かるよぉ。これでペングイー号直せるかな?」
スーは丁寧にパーティクルをホルダーに戻した。
「直せるといいね、エネルギー周りは大分ガタがきてるから……。あ、スーちゃん、あとこんな物も遺跡で見つけたんだけど」
そう言いエッセは何かが描かれた古びた一枚の紙を渡す。スーはジーっとその紙に目を通す。
「なあに? ふんふんふん、んー。……多分、これは古代の武器の設計図ね」
「武器の設計図?」
「うん。再現できるか分からないけど、ここに書かれている部品とか解読できない設計を現代のものに置き換えたりすればいけるかも」
「ハハハ」
どうやらスーのメカニック魂に火を着けてしまったようだ。目がキラキラと輝いている。
「あ、それよりエッセ、長いダイビングだったし疲れてお腹すいてない? アップルパイ焼いておいたから一緒に食べよ!」
「あぁうん、お腹すいてたんだ!」
エッセは身に着けていたアーマーを取り外し、スーと共に操舵室を後にした。
ペングイー号内、約8畳のダイニングに着くと、部屋は甘い匂いに包まれていた。スーの作るアップルパイは絶品で、エッセの大好物だ。
「うわぁ美味しそう! スーちゃん、食べていい?」
「はい、どうぞ」
サクサクのパイは口に入れると、酸っぱさと甘さが絶妙なバランスで押し寄せる。
「このアップルパイ、すごく美味しいよ!」
「ありがとう。丹精込めて作ったかいがあったわ」
そんな何の変哲もない穏やかな時間を過ごす二人。
「ウピィー!」
声が聞こえた方に振り返ると、尻尾をぐるぐる振りながらやってきた半分機械で作られた悪戯好きのリス、インフォ。
「どうしたのインフォ? パイ、食べたいの?」
スーがパイを小さくちぎりながら話しかける。
「ウピィー! エッセ大変だよぉ、空賊の船が近づいてきたよぉ!」
スーには鳴き声にしか聞こえないが、エッセは昔からインフォの言葉がどういう理屈か分かってしまう。インフォはスーにも分かるように小さな身体をフルに使って状況を伝えようとしている。
「スーちゃん、空賊だよ! 操舵室へ!」
「え、あ、うん! エッセは甲板に出て様子を見てきてくれない?」
「分かった!」
スーは操舵室に向かおうとするが、忘れてたと言わんばかりにダイニングの艦内マイクを引っこ抜く。
「おじいちゃん聞こえる!?」
「スーや、そんな大声を出さなくとも聞こえとるわい。何事じゃ」
元気な老人の声にスーは急ぎ早で返答する。
「空賊が迫ってきているみたいなの! エンジンのパワーをいつでも上げれるようにしておいて!」
「空賊とな! 血が騒ぐのぉ」
「おじいちゃん! この状況を楽しんでる場合じゃないの!」
「ほほ、わかっとるわぃ」
「さぁ皆、急いで持ち場に!」
「エッセや、敵は武装しているはずじゃ。危険を感じたらすぐに船内に避難するのじゃぞ」
「はい、タンク博士!」
「ウピー!」
*
『あーあー。そこの豆粒みたいな水色の飛行船、聞こえるかぁ? 俺達は泣く子も黙る空賊エッグ一家だ! 大人しく積荷を置いてきゃ、命は保障してやる!』
大型の空賊船が約十倍も小さいペングイー号に迫る。大空には、響く空賊エッグ一家頭領スクランブルの声。
「スクランブルさまぁ、甲板に誰か出てきましたぁ! 白い人ですぅ! 武装してますぅ!」
艦橋にいたテサッキーの一体が望遠レンズを確認しながら報告する。
「なにぃ? 一目散に逃げるかと思ったが、まさかとは思うが単騎でやり合う気か?」
窓を覗き込みながら、斜め前方にいる飛行船の様子を見るスクランブル。
「……タルト! 準備はできたか?」
「万全ですわ!」
即座に映像無線に映るテサッキー達に命令するタルト。
「あなた達、出番よ! 先に5号、22号、37号の乗るビーネ3機を発進、私と11号は後続で飛ぶわよ! 編隊を崩しちゃダメよ? いいわね!?」
「らじゃあ! タルトさまにイイとこ見せるぞぉ!」
「おー!」
「では、お兄様。行きますわ!」
「頼んだぜタルトぉ!」
*
「ウピー、なんか出てきたぜぃエッセ!」
ペングイー号の甲板で、インフォはエッセの頭の上に乗り跳ねる。
「インフォ重いたいよ、危ないから船内に入ってて」
「ウピッピー!」
軽やかなジャンプで船内へ戻っていくインフォを尻目に、エッセはペングイー号よりも遥かに大きい黄色の空賊船と、そこから飛び出てきた5機の超小型武装船を睨む。
「エッセ、エンジンが最大出力になるまでの間だけ時間を稼いで!」
「了解、スーちゃん!」
「あと、貨物エレベーターで武器を送ったから今のうちに装備して! 右手に装着して、よぉく狙って、奥にある引き金を弾くだけで使えるよ!」
「武器?」
甲板に取り付けられた小型の貨物を運ぶエレベーターを開くと、その中に猛々しい形をした細長い重火器が置いてあった。言われたとおり右手に着けてみた。
「よし! 皆を守るぞ!」
『投降するつもりは無ぇみたいだな! タルト、やっちまえ!』
怒号を合図に超小型武装船ビーネが編隊を成してエッセの方へ飛んでくる。ブラスターで狙い打ってみるが、敵機が遠すぎてエネルギー弾が届かない。3機のビーネが搭載型ブラスターをこちらに射撃してきた。
「生身で私たちに勝てると思って? あなた達、撃墜しておしまい!」
「らじゃあ!」
ビーネ編隊によるエネルギー弾の嵐がドドドと甲板に降り注ぐ。
「っう!」
「きゃああああ!」
無線からスーの悲鳴が聞こえた。
「ス、スーちゃん大丈夫?!」
「私は大丈夫! それより敵の攻撃を何とかしないと船が墜落しちゃう! エッセお願いっ!」
ペングイー号の垂直尾翼に身を隠しながら隙を覗うエッセ。ここぞと右手の重火器で偏差的に照準を合わせる。
「今だ!」
引き金を弾くと強い反動と同時に、ボンっと鈍い低音を発して物凄い速さで火球が飛んでいく。火球はそのまま一機のビーネの底部を捉え、ドカァンと爆音が空中いっぱいに響き渡る。
その後、命中箇所から炸裂し、モクモクと黒い煙を上げて遥か下の海へと吸い込まれていった。
「タ、タルトさまぁ、すいませぇん」
「もう、何をやってんのよ! 早く脱出しなさい! それにしてもなんて威力の武器なの。私の作ったビーネを一撃で落とすなんて……。ええぃあなた達、敵はたった一人よ! あんなのにやられる前にあの船を落としなさい!」
「はいぃぃ!」
エッセは甲板から落ちていくビーネを心配そうに見る。
「す、すごい威力だ」
スーの作ったこの武器に多少の恐怖を覚えるエッセだが、何とか気持ちを持ち直す。
「まずは自分たちの身を守らなきゃ!」
「聞いてエッセ。その武器、ドラゴロアキャノンもブラスターと同じ! 反動も大きいし、発射までの速度は遅いけど連射もできるわ! ただ、弾数が少ないから無駄打ちはダメよ?」
「分かった!」
1機減ったものの再び唸りを上げ、雲を切り裂いてこちらへ引き返してくるビーネ編隊。
「あの薄っすい甲板目がけて集中砲火よぉ!」
何発かのエネルギー弾がエッセを掠る。甲板からは所々に煙が上がり始めていた。
エッセは真上を通過しようとしたビーネにすかさず、照準器を使わずに腰だめでドラゴロアキャノンを二発放つ。
発射した内の一発がビーネの左ラダーに命中し、炸裂した。
そのまま大破しコントロールを失ったビーネは、後続にいた一機と衝突し墜落していく。
「エッセ、あと2機よ! エンジンの出力ももうすぐ全開を出せるわ!」
エッセは敵機からのエネルギー弾を交わしながら、狙いを付けようと必死だ。
タルトはというと、かなり焦っていた。
「母艦のビーネンシュトック号には、支援できるほどの火力が残っていないのよぉ!」
「くそぉ、こんなことなら花火の代わりに砲弾を使うんじゃなかったぜ」
艦橋から状況を見て、スクランブルは嘆いた。
「おぃ、タルト! いったん退け!」
スクランブルが無線でタルトに撤退命令を下した。
「くっ、分かりましたわ。なんであの白い子一人に3機も……きゃーーー!!」
撤退しようと母艦へ旋回しかけたタルトの乗るビーネに火球が命中した。
「敵の攻撃が命中しましたぁ! 燃料タンク損傷!」
「エ、エンジンに損傷は?!」
あたふたと涙を流しながら損傷部位を調べるテサッキー。
「問題ありませんー!」
「ビーネンシュトック号に全速力で帰投! それと......」
タルトは勢いよく拡声器を手にすると、これでもかというほどの大声を放った。
『そこの白いあなたぁ!! 次に会ったら覚悟することね!!』
「お、女の子?」
エッセは呆気に取られ、母機に引き返していく超小型船を狙うのを辞めた。
「エッセ! エンジンの充填完了したよ、退避するから急いで中に戻って!」
ペングイー号の両翼と後方に設けられた推進機が、鈍い音と共に火を点す。直後、炎を噴射し爆発的に加速して空の彼方へと霞んでいった。
「ふぅ。今日はダイビングに空賊との戦闘、僕はもうヘトヘトだよ」
「おかえりなさい! 本当にありがとう、エッセ!」
「ううん。この船にもダメージを与えちゃったし……。ひとまず皆無事で良かったよ」
「うん。本当に皆無事で良かったわ。でも、エッセも船も少し休息が必要ね」
エッセと計器を交互に見ながら、腕を組んでスーは少し考える素振りを見せる。
「僕はちょっと休めばすぐにでもダイビングできるよ」
「ダメよ、自分の身体を大事にしないと。船も修理しなきゃいけないし、どこか近くの島に降りましょう」
スーは地図を取り出すと、コンパスで方角を確認した。
「ここから近い島は......。うん、コモナ・ジュール島へ行きましょ!」