海の塔
「ハァ……ハァ……ふぅ」
大海原にポツンとそびえ立つ一本の搭。かなり年季の入った棒状の塔はかなりの高さがあり、海から生えているようにも見える。壁面には古代の紋様が所々線状に描かれており圧倒的な違和感を放ちつつも、静かに、そして不気味に存在していた。
その最深部。幾何学模様が描かれた巨大な扉を目の前に肩で息をする少年がいた。
少年の全身は機械的な白いアーマースーツで覆われており、左腕には、肘から伸びた流線型の大砲のような武器を装備している。
頭部全面を覆うヘルメットから伸びた、顔半分を遮るように取り付けられた透明なバイザーの奥。少年のキリッとした瞳が巨大な扉を真正面から捉えていた。
「エッセ聞こえる? 大丈夫?」
「大丈夫、何とか辿り着いたよスーちゃん」
スーという少女からの無線に笑顔で返すエッセと呼ばれた白い装備の少年は、装備の無い右手でツーっと額から頬に滴る汗を拭い息を整えている。
「良かったぁ、心配したんだよ。さっきの部屋、ジャミング装置があったみたい。無線もレーダーも全く反応しないんだもん。遺跡にトラップは付き物だけど、新たに対策が必要だね」
「予備のレーダーも効かなくて……。危なく落とし穴に落ちる所だったよ。それよりもスーちゃん!」
「うん! この先の部屋の中央から高エネルギー反応! 多分大きめのパーティクルだと思う」
「分かった。息も整ったし、入ってみるよ」
「エッセ、気をつけてね」
エッセが扉の真横、手の形に彫られたスイッチを押すと、ゴゴゴと重い音を響かせ身長の何倍もある扉がゆっくりと開いた。
扉の先にある小さな部屋は円形で、正面の壁には瞳の形をした古代のものと思われる紋章。中央に設置された六角形の台座からは薄いバリアが高い天井まで伸び、その中には美しい翠色の光を放つ物体がゆっくりと回転しながら浮いている。
「スーちゃん、C級のパーティクルだ!」
エッセは細長い十二面体の物体、パーティクルに慎重に近づいた。
「本当っ!? そのパーティクルで船が修理できればいいんだけど……。この反応だと……バリアで守られてない? 近くにシールドを解除する為のコンソールモニュメントがないかな?」
エッセは台座のすぐ右に目をやった。古代文字が綴られた、人の背丈ほどの青い石碑が置いてある。
「多分それ! レーダーにもすごく小っちゃい反応が出てる」
「操作できるかな、シールドの解除っと……」
『特殊防護フィールドの解除又は展開における操作を実行します』
モニュメントの文字をなぞると、どこからともなく機械的な音声が部屋全体に響いた。
「特殊防護フィールドを解除する場合は解除コードの入力、特権所有者による解除申請の承認もしくは強制解除キーによる……」
エッセはブツブツとコンソールに書かれた文字を呟きながら操作を続けた。
「解除コードっていうのは多分、古代の暗号かな?」
「エッセ、どう? パーティクルのシールド解除できそう? もしかしたら鍵とかで解除するタイプなのかな?」
怪訝そうに状況を確認するスーの無線。そういえばとエッセはバックパックから一枚のカードを取り出した。
「中盤辺りの部屋で敵が落としたカード、使えるかな?」
コンソールには、ちょうどカードが入りそうな薄い窪みがあった。エッセは表面に奇怪な字が並ぶカードを窪みに挿入してみる。
ピー、という短く甲高い電子音。直後に台座のシールドがスゥーっと静かに消えていく。
「やった! スーちゃん、ナイスヒント!」
「解除できたのね!」
エッセは振り返りすぐに台座へと向かった。台座の中央に浮くパーティクルはとても美しく、エッセは思わず右手を伸ばして少し触れてしまった。触れた箇所の内部に波紋が広がりやがて鎮まる。まるで液体かのような不思議な現象だが、全てのパーティクルが持つ特性なので特に問題は無い。エッセはそのまま左手を伸ばして支えにし、約五十cmの光る物体を両手に取った。
「ふぅ、あはは」
目的を達成したことによる安堵から、エッセの口からは自然と笑みがこぼれてしまう。
「エッセ! 危ない!」
突如、無線から響くスーの大きな声。部屋にあった正面の瞳の紋章が青く輝きだした。
「あの感じ、まずい!」
考えるより先に台座から跳び降りて身体を伏せるエッセ。間髪入れずに瞳から細いビームが迸る。エッセは目の前の台座を盾にして身体を隠す。青い光線は風切り音と共に部屋中をグルグルと切り裂くように巡り始めた。
「スーちゃん、どうしよう! このままじゃ動けそうにない! スーちゃん!?」
無線は沈黙し、ザーという雑音が聞こえるのみでスーからの返答は返ってこない。
「くっ! この部屋にも誘発式のジャマーが!」
何か方法は無いものかと思考を巡らせているうちに風切り音が止んだ。しかし、次は奥の方からギギギと無機質な音が聞こえてくる。
エッセは台座の陰からちらりと様子を覗いてみる。紋章の在った壁が左右に開いて、奥へと続く暗い通路が開いているのが見える。すっくと起き上がり、不安ながらも通路にゆっくり近づく。
ゥオオオオォォォォォォォォォン!!!
突然の事にに身体がビクリと強ばる。地響きと共に機械的な重低音が圧力の壁となって押し寄せた。
「嫌な感じだ」
エッセはパーティクルを背中のホルダーに納めると、耳元のスイッチでヘルメットのアイバイザーを戦闘モードに切り替えた。
「かなり奥まで続いてる」
アイバイザーで暗視機能と簡易索敵ソナーの機能をオンにする。
「暗視は使えるけど、ソナーはダメか。ブラスターのバッテリーは……まだ大丈夫」
左手の武器、ブラスターを構えつつ一歩一歩と慎重に通路を進む。
「……扉?」
またしても背丈の何倍もある幾何学的模様の描かれた巨大な扉が現れた。表面には不気味な瞳の紋章が刻まれている。
「奥に、強い気配を感じる」
思わず固唾を飲む。エッセは扉の前で大きく深呼吸をする。扉を見ていると紋章の瞳が青く輝いた。先程とは違い、エッセの全身をスキャンするように光が上から下へと何度も伸びる。
「……」
光が消えた、のと同時に扉がゆっくりと開き始めた。ぐっと身構えるエッセ。眼前にはそこそこ広い空間があると思われるが、一寸先も真っ暗闇。唯一見えるものは宙に浮いた青く光る球体。しかし、ダイビングの経験が何度もあるエッセはその正体を知っていた。
「大型のルインザー!」
エッセは意を決し扉の奥に強く踏み出す。一歩、足を踏み入れた瞬間に暗闇は消えていた。
視界が明るくなり、背面の扉は閉まってしまう。アイバイザーのピピピという感知音が耳に届くよりも速く、エッセの眼は青い瞳を甲羅に携えた異形な亀にも見える巨大なルインザーを捉えていた。
「ヴヴヴ!」
ルインザー特有の敵発見時の擬音と煌めく青い瞳。
『生体エネルギー反応を確認。コード不明。最終防衛システムを認証中。ヒェロエナトゥーガ、覚動』
どこからか発せられた古の言葉がエッセの耳に入る。
「来る!」
甲羅から前部に突起した部分にある青い瞳が輝きを増し、瞳の中心に光が一点に集束して光の玉ができあがる。
危険を察知したエッセは即座に身を翻す。刹那、先のトラップとは比較にもならない程に高威力の光線が空気を震わせるほどの高音と共に放たれる。
「っ!」
光線が直撃した入口の扉は表面が溶けて、白い煙が辺りを包んだ。
ゆっくりとエッセに向き直る亀型のルインザー。
「動きは速くないな」
冷静に間合いを取りつつルインザーの死角へ走る。そのままブラスターの照準を合わせ、動きながら連射する。が、甲羅に当たったエネルギー弾は反射して四方に散る。
「弾かれるのか。どうすれば……」
鈍足な方向転換でエッセを捕捉しようとするルインザーだが、中々追い付くことはできない。
隙をついたエッセはブラスターを甲羅以外の部分目掛けて発射する。手や脚に当たったものは甲羅同様に反射してしまうが、顔の部分にはダメージが通るようだ。
「正面の顔みたいな所以外は効かないな。でも、前からだとあのビームが……」
死角を突いて動きつつ対策を考えいると、ルインザーが脚をグッと折り曲げた。
「っ!」
動きを止めるエッセ。すると、ルインザーが勢いよく跳躍する。死角だからと少し油断していたエッセの頭上に迫る影。
間一髪、側転により直撃は回避することができた。しかし、踏み潰されはしなかったが重い衝撃波が地面を伝って押し寄せ、エッセは吹っ飛んで壁に激突する。
「うぐ、痛っ!」
着地したルインザーは頭と脚を甲羅に格納する。直後、その場でコマのようにグルグルと回転し始めた。火花を散らして回転はどんどん速くなり、風切り音が聞こえてくる。
「うぅ、避けなきゃ………!」
外には幼なじみのスーが待っている。エッセとスーがいくつもの島を渡りダイビングをしてきたのは、ダイバーとして失踪した彼女の両親を発見する手がかりを探すという目的のためだ。
『いつかお父さんとお母さんが見つかったら、エッセと私の冒険の話をたっくさん話すんだよ!』
痛む身体を無理矢理動かし立ち上がる。
「スーちゃんを一人にするわけにはいかない! スーちゃん……。 そういえば!」
ルインザーが高速回転しながら炎を纏って勢いよく突進してくる中、この塔に入る直前の事を思い出すエッセ。
「これは私が発明した、円盤状手投げ地雷ディスクマイン! 物体が上を通過すると爆発するの。小さいから威力もそこまで強くないし、数に限りもあるから五枚だけ渡しておくね! 緊急の時に使うのよ?」
「ここまで来るのに強い戦闘力を持つルインザーには出会わなかった。たしかバックパックに……あった!」
エッセは迫り来る回転体の進行方向を目掛けて自分の数メートル先の床にディスクマインを三枚投げる。両手を顔の前でバツに組み、爆発の衝撃に備えるエッセ。
「……っ!」
擦音と火花と煙を撒き散らし、ルインザーがディスクマインを通過する。
ドゴォオオオオオオオオオオン !!!
あまりに強力な爆発に驚くエッセ。身体を熱風が包み、吹っ飛びそうになるのを堪える。
「す、すごい! 威力強すぎ」
鼻に届く焦げた臭い。片目を開くとモクモクとした煙幕が視界を遮る。
「……倒した……かな?」
視界が晴れると、そこには焦げ色になったルインザーが仰向けにひっくり返り、起き上がるまいと大きな胴体と脚をばたつかせている。
エッセは逆さまのルインザーにゆっくりと近寄り、残り二枚のディスクマインを腹面に重ねて乗せる。
「ごめんね、君を倒さないと外に戻れないから」
心から申し訳ないという表情でそう言うと、エッセは距離を取りブラスターの照準をディスクマインに合わせて引き金を弾いた。
爆音を背にした白い少年はふと見上げ、天井から覗く青い空を確認した。