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君を知りたいアリス  作者: 飾巣
不幸な少女
3/33

ぼっち少女の友達作り


 退屈だな……。


 女子生徒達が各々で固まり、がやがやと雑談を楽しんでいる教室の片隅で、愛理子は一人、本を手にぼんやりとしていた。

 ページを埋めつくす文字を追おうとしても、クラスメイトの笑い声ひとつで、内容が吹き飛んだ。返却期限は明日なのに、まだ半分も読めていない。

 午後の強い日差しをさえぎるカーテンが風にあおられて、顔にかかったが、それを腕でよける気力もなくなっていた。

 

 ――これが、誰もが憧れる花ヶ丘女学院の華、新風愛理子の昼休みだ。


 遠くから見れば、窓際で艶のある前髪を揺らし、読書を楽しむ美しい女子生徒。

 けれども、よく見ればその手は震えており、とても本に集中出来ていないことがわかるだろう。

 彼女はいつだって、周りの喧騒をかき消す勢いで机を叩きつけ、教室から出て行きたくなるのをこらえていた。


 いやおうなく入ってくる声が気になる。本の隙間から、ちらっと周囲の様子をうかがう。それをどれだけ繰り返しているのか。


 仲良し同士で机をくっつけ、時にはつつきあいながら、お喋りを楽しんでいるクラスメイト。

 学院生活を充実させているであろう彼女達の顔は朗らかで、きらきらしているように見えた。


 ……うらやましいな。


 羨望の目で眺めては胸がしめつけられる。

 それでいて、振り返られそうになると、慌てて本に視線を落とす、臆病な自分。


 私だって、と愛理子は唇を噛む。

 皆みたいにお喋りしたいし、放課後に可愛いカフェや雑貨店に行ってみたい。

 けれど、誰も愛理子には声をかけてくれない。誘ってはくれない。

 彼女の存在だけが、クラスの中からハサミで切り抜かれている。

 

 一方で、憧れられているだろうということも、よく知っていた。

 自分が声をかけるだけで、同級生や下級生が、まるでアイドルが傍を通りかかったかのように歓声を上げる。上級生の人も、先生達も、よくしてくれる。学院をPRする広報にだって載る、学院の華。

 

 ――だけど、それは本当に私なの?


 皆の言う理想の女学生像とは反対に、愛理子は一人ぼっちだ。

 この学院に入学した時から、ずっと。


 憧れているなら、声をかけてくれてもいいのに。友達になってくれたらいいのに。どれだけ祈っていただろう。

 けれども、人と話すきっかけを掴む方法がわからない少女の願いは、届かない。

 かろうじて、共同学習ではクラスメイトと喋る機会もあったが、いつもその場限りで終わってしまう。愛理子は楽しく話をしていたつもりでも、相手にとってはそうでなかったのだろうか。また次も……とは決して言われない。


 どうして、こうなのかしら。

 彼女の心は、ずぶずぶと暗い底へ沈み込んでいく。

 ずっとこうやって、一人で学院生活を過ごすの? 

 休み時間やプライベート、学院内のイベントでも、友達がいる子のことを遠目に見つめながら、孤独なことを悟られないように、平気なふりをして過ごしていくの? 


 そんなの嫌……。

 愛理子は本の中に顔を埋めた。


 私から声をかけたらいいのかな……。でも、私なんかが話しかけても迷惑よね……嫌な顔をされたら……ううん。

 

 水面に浮かんだ波紋をかき消すように、頭を横に振る。


 ――駄目よ、駄目。そんなんだから、ずっとこうなんじゃない。


 震える手を、本の端っこと一緒に握りしめて、自分に言い聞かせる。


 こうやってうじうじしていても、友達なんかできっこないわ。

 勇気を出すの、出すのよ、愛理子!

 

 そう自分に発破をかけると、ぱたんと本を閉じて、机の引き出しからカリキュラム表を取りだした。

 一度決心してしまえば、あとは不思議なほどに突き進めた。

 友達を作るチャンスはないかしら。

 ざっと予定を見ていると、今日の六時限目が目にとまった。


 文学。今週は、自分の好きな本を一冊選び、感想を発表することになっている。もちろん、ただ面白いと感想を言うだけでは駄目で、その物語が何を伝えようとしているのか、また、そこから何を感じたのかを読み取る必要がある。

 もしテーマが同じならば、複数人で発表してもかまわない。


 ――これだわ。


 ぴんと閃いた愛理子は、早速、頭の中でシュミレーションをしてみる。

 そして、いける! と確信すると、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 相変わらず、周りは愛理子を置き去りにしてお喋りに花を咲かせているけれど、もう気にしなくていい。

 私だって、今日の終わりには、きっと。


 心配をする必要もなくなったので、机の上に置いておいた本を改めて開いた。

 さっきはあんなに億劫だったのに、今はすらすらと読み進めることができる。

 やっぱり内容は頭に入ってこなかったけれども、それは、六時限目が待ち遠しいからだ。

 

 これなら、きっと上手くいく。

 頑張るのよ、私。一人ぼっちから今日こそ、卒業してみせる!

 

 愛理子の目が、らんらんと輝いた。



 ♥♠♦♣


 今日の文学の授業は、教室ではなく図書室で行われた。

 都市の図書館ほどに広い室内に、ずらりと並んだ本棚。その中身は充実しており、流行の本は勿論、教科書に出てくる文学作品や、海外の本、そのオリジナルも揃っている。

 また、物語だけでなく、図鑑や歴史資料、写真集にアート作品など、あらゆる分野の本が惜しみなくおさめられていた。


 各々が本を探したり、書見台や、本棚の横にそえられた小さな椅子に座って本を読む中、愛理子は一人の少女の姿を探していた。

 他のクラスメイトの邪魔をしないように気をつけながら、周囲を見回していると、海外文学のコーナーにいる彼女の姿をとらえる。


 ――いたわ、あがりさん。


 ごくりと唾を飲み込み、真っ直ぐにそこへ向かう。

 髪の毛をリボンでふたつに結んだ、可愛い女の子。澄川すみかわあがりは、ぷるぷると足を震わせながら、必死に本棚に手を伸ばしていた。

 小柄な彼女には届かないであろう、高い位置に、不自然にでっぱった本がある。


 これはチャンスだわ!

 愛理子はすぐに行動に出た。


「これかしら」


 と、その一冊を難なく抜き取って、目を丸くしているあがりに手渡す。

 本の題名は、『不思議の国のアリス』。

 ある日、チョッキを着た白ウサギが現れ、主人公アリスがその後を追って、不思議な世界へと迷いこむ物語。


 彼女に微笑みかけながら、胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。

 昼休みは友達と喋っているけれど、一人の時や授業の間の短い休憩の時は、読書をよくしているあがりちゃん。

 彼女とは趣味があうだろうと思っていたけれど、これは、運命なのかしら。


 この時点ですでに舞い上がってしまいそうだったが、表面上はあくまで、いつもの優等生な自分を通す。


「いきなりごめんなさいね。もしかして、間違っていたかしら?」

「いっ、いえっ。こ、これです。あ、ありがとうございます……っ」


 少々遅れて、本を受け取ったあがりの手はかたかたと震えており、頬はさくらんぼのように赤く染まっていた。


 さあ、ここからよ。

 心の中で、気合を入れる。


「貴方も、この本が好きなの?」

「えっ?」


 愛理子が訊ねると、あがりの肩がビクリと跳ね上がった。


「奇遇ね、私もなのよ。小さい頃からずっと読んでて、新しい翻訳が出る度に買ってるの」

「そ、そそ、そうなんですかっ……」


 上擦った声を上げ、口元を本で隠すあがり。

 ――よし、なかなか会話が出来てるわ。

 心の中でオッケーオッケーと拳を握りながら、話を続ける。

 ここからが本題だ。


「あのね、よければなんだけど、」すっと手を差し出して、「一緒に発表……」

「ごっ、ごめんなさいっ!」


 言い終わる前に、彼女はバッと身をひるがえし、離れていった。

 静かな空間に、上靴で駆ける足音は、とても大きく響いていって。

 思わず見開く、愛理子の瞳。


「……え?」


 ぽつんと一人取り残され、行き場のない手をさまよわせる。


 わたし、どうして、ひとり、なの?


 しばらく、何が起きたのかがわからなかった。

 少しして、心臓にしみ込むような痛みがやってきた。

 それまで、彼女に逃げられたのではないかということに、気づかなかった。


 本棚の向こうで、どうしたの、あがり? という声が聞こえてくる。それから、何人かの足音がして、周囲がざわつきだした。

 けれど、愛理子の元へは誰も来ない。

 さっきまでの弾んでいた気持ちが嘘みたいにしぼんでいき、また、暗い底へと沈み込んでいく。


 何で……、何でよ……。何で、こうなるのよ……。


 頭の中で自問自答を繰り返しながら、高い本棚を前に背中を丸めて。

 愛理子は制服のスカートの端を、皺が刻まれるぐらいに握りしめた。

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