愛理子様
みずみずしい若葉が風にそよぎ、きらきらと木漏れ日を落とす中。
女子生徒達が髪をそよがせながら、それぞれの仲良し同士で肩を並べ、校舎へと向かっていた。
胸ポケットに忘れな草のエンブレムが縫いつけられ、水色を基調としたお洒落な制服に身を包んだ少女達の楽しげな談笑。
それは、背筋を伸ばして歩く一人の少女の姿をとらえた瞬間に、ぴたりぴたりとやんでいった。
さらさらと揺れる美しい黒髪。小さなクリスタルが散りばめられた、レース調の青いバレッタ。
その姿を見た誰もが足を止め、熱い視線を向け始める。間違いない、彼女は――。
「愛理子様だわ」
誰かがその名を口にした途端に、わっと少女達をまとう空気が華やいだ。
口々に、賞賛の声が上がる。
「やっぱり素敵だわ、愛理子様」
「まさに、おとぎ話から抜け出してきた姫君よね」
「こんなに近くで見られるなんて、感激……!」
そんな彼女達の羨望の歓声に包まれて、優雅な足取りで校舎へと入っていく美貌の少女。
すらりとしたシルエット。柔らかで透明な白い肌に、長い睫に縁取られた瞳。形のいい桜色の唇。
どこか淡い、可憐な顔立ちは、校章のモチーフである忘れな草を思わせる。
花言葉はこうだ――『私を忘れないで』
けれども、彼女を一度でも目にすればその姿を忘れるどころか、瞼の裏に強く焼きつくことだろう。
ただその場にいるだけで清廉な、新風愛理子。彼女は、この華ヶ丘女学院高等学校のアイドルだ。
「さすがだわ、愛理子様!」
「あの数式を解くだなんて!」
成績優秀で、
「愛理子様は、優雅に食べられるわね」
「まるで絵のようだわ」
「私も見習わないと……」
身のこなしも美しく、
「仮にこういう生徒がいたとしたら、貴方はどう考えるかしら」
「そうですね。アルバイトは禁止という規則があるのですから、ここの生徒である以上、それは絶対守るべきです。一人を許したら、他の生徒までやりたいと言いかねません。それでは、この学院の風紀が乱れます。可哀想ですけれど、アルバイトをしなければならないくらい家庭が困窮しているのでしたら、ご家族のことも考えて、もっと無理のない進路先を選ぶべきだと思います」
教師からの信頼も厚い。
廊下で挨拶をされれば、同級生や後輩の誰もが色めきたち、上級生からも一目置かれる。
彼女は、全生徒が彼女のようになりたいと憧れ、お手本にする、まさにこの学院の象徴だった。
名門、華ヶ丘女学院高等学校に咲く、美しい花……。