3 ヒロインっぽい人が頑張ってるっぽい
私はどんなキャラクターでも平等に愛せる博愛精神は持ち合わせておりません。By主人公
学園に入学して三年が経った。私が所属するのは国際話術科だ。他国語を学べて、さらに外交に必須な話術まで学べる学科で、将来領地経営でもなんにでも役立ちそうだと選択した。
ちなみに乙女ゲームではナターシャの選択学科は医術科一択だった。魔法のないこの世界では、医術は大変貴重だけれども難易度が高い。人体構成云々に始まり、人体にいい影響を与える成分、悪い影響を与える成分をすべて覚え、病にも精通しなくてはならない。現代みたいに内科とか外科とか整形外科とか消化器科とか分かれてないから、さらに大変だ。それにさらっとクリアするヒロイン…私には無理、絶対無理。確か選んだ理由が「商売は体が資本。その体の健康を維持するためには医術が必須」とかって言うすごい現実的なものだった覚えがある。
それはさておき。三年経った現在。私に代わってヒロインをやっている人がいる。もちろん医術科。学年二位の成績らしい。私じゃないナターシャと同じだ。
「ナタリア嬢」
第一王子であるレオナルドが、その人の名前を読んで甘ったれた顔になる。
私の代わりのヒロインは、ナタリア・ドルチェ。家の名前がドルチェってすごいな。しかもナタしか合ってない。そういえばなた豆って豆があったよね。あ、お腹鳴った。
現在ヒロインは、オルフェウス以外の攻略対象者を侍らせている。
第一王子な正統派ヒーロー、レオナルド・チェルダース。
騎士団長の息子な俺様暴君、キース・グランデュオ。
宰相閣下の息子な敬語眼鏡、スレイアス・オペラリンダ。
遊び人な公爵家次期ご当主、アドレイド・シェリーズ。
まず、レオナルド。オルフェウス情報によると去年からすでに親密な仲だったらしい。きっかけはレオナルドが迷子のヒロインを助けたから。まあ王道っちゃ王道?
次にキース。これまたオルフェウス情報によると今年に入ってから仲良くなったらしい。きっかけはヒロインがレオナルドに付きまとっていると勘違いして喧嘩吹っかけて口で負けたから。私は正直、こういうタイプは嫌いだったりする。
さらにスレイアス。今度は友達令嬢情報によるといつの間にか仲良くなってたらしい。オルフェウスに聞いたら、きっかけはスレイアスがヒロインに優しくされたから。意味がわからない。
最後にアドレイド。こいつだけは最初からヒロインに付きまとっていたらしい。これも友達令嬢情報だ。おかげでこいつに泣かされる女の子が減った。ヒロイン、いい仕事したね!私、こいつが一番ダメなタイプだから、一時期付きまとわられて、いつオルフェウスにやってもらおうか迷ってたんだよ。ありがとう。君のおかげで学園が血で汚れる危機は回避されたよ。…この場合、オルフェウスをけしかける私も私か。まあ言わなくてもやっちゃってたかもしれないけれど。
で、私はと言うと、ヒロインのナタリア嬢とは接点がない。と言うかオルフェウス筆頭に周りのご令嬢たちが私をナタリア嬢から遠ざける。話しかけるきっかけを得られても、医術科のご令嬢が「わたくしが言伝てますので、ナターシャはお茶を楽しんでくださいな」と笑顔で凄んできたり、ナタリア嬢とすれ違うことがあって、なぜかナタリア嬢にぶつかられそうになると、オルフェウスと友達令嬢が察知して壁になってくれたり。ちなみに壁ができるとナタリア嬢は体勢を持ち直して歯ぎしりする。オルフェウスの時以外。なぜだ。話しかけたいなら話しかけてくれればいいのに。さらに余談だけれども、ぶつかられたオルフェウスは殺気をナタリア嬢にぶつけてストレス発散したりする。それでも機嫌は急降下するので、私は必死でオルフェウスの頭を撫でたり、膝枕を勧める。キレたオルフェウスは視線だけで人が殺せそうだからね…ナタリア嬢、暗殺されないといいね。私、オルフェウスの手綱は握れても安全は保障できないや。暴走したら止めらんないから。
「ナターシャはぁ、そのままでいてねぇ」
「言われなくてもこのままでいるよ?」
「そうだよねぇ。ナターシャってぇ、なんだかんだで図太いもんねぇ」
「淑女に向かって図太いとは失礼な」
「どこが淑女よぉ」
友達令嬢とのプチお茶会。in食堂。あいにくの雨だけれど、最後の講義が終わって帰りの馬車を待つ間暇なので、彼女を誘ってお茶を飲んでいた。うーん、バラのジャムって量入れすぎるとダメだね。まあこんな日もあるさ。
まったりおしゃべりしながらお茶を飲んでいると、算術科の主席を取ったご令嬢と医術科のご令嬢も加わった。私の何が彼女たちの興味を引いたのかは知らないけれど、ただ道案内したり、落とし物を一緒に探してあげただけで、あれよあれよという間に仲良くなった。と言うかめちゃくちゃ押された。友達になってアピールがすごすぎて私にはどうしようもなかった。まあ友達増えるのは嬉しいよ?でもこんな麗しいご令嬢、しかも公爵家と侯爵家って、さすがに緊張しますがな…美少女を眺めるのも好きだし愛でるのも好きだけれど、友達になるのは緊張するのだ。ちなみに友達令嬢は同じ子爵家で、領地が隣なある意味ご近所さんである。その縁で仲良くなった。そして貴重な同性での商談相手でもあったりする。のんびり口調が眠気を誘うが、慣れると彼女のボケに対応できるようになる。…あれ、おかしいな。私ボケ属性だと思ってたのに。決してツッコミ属性ではなかった…はず。
「さすがに、こんな天気が続くと気が滅入ってしまいますわ」
「そうですねー。もう三日でしたっけ?」
「そう、もう三日も続いてますのよね…それよりも、わたくし直々に敬語はいらないと言っておりますのに、ナターシャ様ったら強情ですわ」
「いや、学園内は皆平等って校則ありますけれど、それはあくまで学ぶ権利であって、私たちは公爵家と子爵家じゃないですか。いくらなんでも敬語取るとかできません。多少砕けるくらいで勘弁してください。それと私のことは様付けなしでお願いします」
「ふふっ。貴女様のように物事の本質が理解できる方は好きですわ。そして、貴女様はわたくしの親愛なる友。友に敬意を表してはなりませんか?」
「えー……そんなこと言われたら断れないじゃないですか…」
「ナターシャ、諦めも肝心ですわよ?」
「そーそー」
「貴女は砕けすぎですわ」
「差別ですぅ」
算術科のご令嬢は公爵家の長女で、アドレイドの妹さんだ。しかし、ちゃらんぽらんな兄に反して、妹さんは生真面目でしっかり者で、ルール、マナーにはかなりうるさい。そんな彼女に、基本スペックがいい加減で不真面目な私が好かれるなんてびっくりだ。
医術科のご令嬢は騎士団長の愛娘で、キースの妹さんである。兄の横暴に振り回された過去からか、大人の包容力がある癒し系美人さんになっている。しかしこれで兄をシバき倒す腕力の持ち主だって言うんだから驚きだ。
「まったく。あの役立たずにも見習ってほしいものですわ」
「役立たずって…」
「かの男爵家の令嬢に付きまとい始めてから、お父様に言いつけられた仕事はしない、使用人たちの給金になる個人資産を彼女への貢物に散財する、夜遊びが増える、の三重難ですわよ?次期当主として自覚があるのならば、せめて夜遊び以外のことを止めるものだとわたくしは思うのです。ちなみに使用人たちの給金は、雇用主をわたくしに変えることで元に戻りましたわ」
「え、じゃあ、身の回りの世話って…」
「わたくしが雇用した使用人たちがしております。元々アレ付きだったのですもの。世話をするだけで命令は聞くな、と厳命しておりますので、雇用法に関しては違反しておりませんわ」
「抜け道だなんて、貴女らしくないですわね…」
「父に見限られたとは言え、アレでも嫡男ですもの。世話する人間がいなくなったとなれば醜聞にしかなりませんわ」
「でも正直、女に構いっきりで仕事しない当主なんていりませんよねー」
「ふふふふっ。やっぱり貴女様のその物言い。すっきりしますわね!」
「普段自分が口に出せないことですもんねぇ」
ああ、確かにアドレイドの妹さん、どんな時でも口調乱さないだろうから、私みたいにストレートな物言いできなさそう。…え?今実の兄を役立たずって言ったって?それが彼女の最大限の暴言なんだよ。
コロコロと鈴を鳴らすように笑うアドレイドの妹さんは、現在兄に代わって当主の仕事を一部任されているらしい。で、婚約者がいたのだけれど、ナタリア嬢に現を抜かしたからって婚約破棄したんだよね。これは、女公誕生なるか?私としては女性の社会進出にいい言葉を聞かないこの時代をどうにかしたいから、彼女にはぜひとも頑張っていただきたい。女公はまだ、この国の歴史上一人もいないからね。女王は一人、在位短かったけどいるのになー。みんな嫁に出されちゃうんだろうな。悔しい。
「わたくしの兄も、騎士としては失格になってしまいましたわ。父はとっくに見限っております」
「図書室で騒いでたナタリア嬢を注意した伯爵家のご令嬢を、ナタリアを侮辱したーって言って取り押さえたんですよね、確か。第一王子殿下と宰相ジュニアがその場にいなくて、他に止める人がいなかったんだろうなーとは思うんですけれど…それ以前に、激しく勘違いした挙句、自分の判断で騎士がか弱いご令嬢を取り押さえるって…騎士どうこう以前に男としてないっすわー」
「そうですわよね!しかもそのご令嬢、兄の婚約者候補だったのですけれど…あの件で破談になりましたわ」
「それはそうでしょうねー。誰も自分の娘を平気で傷付けるような男のもとに嫁がせたくはないでしょう。少なくとも私は断固拒否します」
「右に同じぃ」
「貴女から見てナターシャ様は正面ですわよ?」
「そうでしたぁ」
「……」
友達令嬢のボケに三人揃って頭を抱えていると、オルフェウスが苦笑しながらやって来た。
「どうも、レディたち。失礼ですが、レオナルド殿下をお見かけしませんでしたか?」
「先ほどあちらの窓際で、ナタリア嬢とお話していましたけれど…」
「今はいませんわね。いつの間にかどこかへ行ってしまわれたようですわ」
「そうですか…ありがとうございます。あ、ナターシャ。今日は帰宅したら外出しちゃダメだよ。雨が強くなるそうだから」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます、オルフェウス様」
心配そうな顔でされた忠告が嬉しくて笑顔でお礼を言うと、オルフェウスも嬉しそうに笑った。それを見た三令嬢がにまにま笑う。若干二名扇子で口元を隠しているけれど気配でバレバレだ。
レオナルドを探して三千里、なオルフェウスを見送ると、アドレイドの妹さんが羨まし気に見てきた。
「本当に、素敵な殿方を捕まえましたわね、ナターシャ様。羨ましいことこの上ないですわ」
「正直、何が気に入られたのかわからないんですけれど、小さい頃からよく一緒に遊んでもらってました。暇じゃないだろうに、週一でうちに来ては、私と弟の面倒を見てくれてましたね」
「クラウディア家とウリベル家って、何か接点がございましたかしら?」
「母同士がこの学園の同級生だそうですよ。その縁で、弟のお披露目を兼ねたお茶会でオルフェウス様と出会ったんです」
「当時五歳ぃ、だっけぇ?」
「うん、そう。オルフェウス様は七歳ね」
「…やっぱり、小さい頃の出会いは貴重ですわねぇ……」
どこか遠い目をしたキースの妹さん。幼馴染み関連で何かあったのかもしれない。けど下手に藪をつつくと蛇が出そうなのでやめておく。
「そういえばぁ、ナタリア嬢ってハーレムの逆を作ってるけどぉ…第一王子殿下と宰相の息子さんってぇ、二人のお兄さんよりナタリア嬢にべったりしてないねぇ。今気付いたぁ」
「…言われてみれば確かに」
爽やか笑顔がデフォルトなレオナルドは、ナタリア嬢の名前を呼んだり一緒にいると、恋してるんだなーって甘い笑顔になるけれど…キースやアドレイドみたくべったりしてないんだよね。忙しいってのもあるだろうけれども、暇な時はスレイアスと難しい顔してなんか話してるし。
スレイアスはレオナルドよりナタリア嬢と一緒にいるところを見るけれど、デフォルトの無表情のまま。会話聞く限りはそこそこ仲は良さそうなんだよなー。
あれ、なんか違和感。そして、なんか忘れてる気がする。主にレオナルドに関して。
「殿下は兄たちに遠慮してらっしゃるのではないかしら?元々臣下にとても気を使う方ですもの」
「それはあるかもしれないですわね。スレイアス様はよくわかりませんけれど。あの方、本音を悟らせてくれませんのよ」
臣下に、とても気を使う…?そんな設定あったっけ?むしろ気心知れたキースとアドレイドには遠慮がなかったように思うけれど。
「どうしたのぉ?」
「うーん、何か引っかかってる」
「引っかかり、ですか?」
「なんでしょう、このなんとも言えないモヤっと感」
私の知ってるレオナルドは乙女ゲームのものだけれど、それから見るに今のレオナルドとはかなりかけ離れてる気がする。正統派ヒーローで誰にでも気さくで、優しくて、文武両道で、見た目から取れるイメージそのままな……あっ。
「そうか、似てるんだ」
「似てる?誰とですの?」
「殿下とオルフェウス様です。表情はそれっぽいのに壁を感じるって言うか…見かけに意識持ってこさせて、けれどこちらの本心は見えないようにしてる感じが、似てるような…」
オルフェウスは、私と二人きりの時以外はそういうところがある。自分の作った「みんなのイメージ通りのオルフェウス」を演じてるって言うか、なんて言うか。
そう説明すると、アドレイドの妹さんが言われてみれば、と呟いた。
「確かに、殿下は王太子候補として、自分に求められているイメージをまとっているような気がしますわ。となれば、あのナタリア嬢に向ける表情は、本心とは異なるかもしれませんわね」
「なぜですの?」
「勘ですわ!」
「勘…」
私の知ってるレオナルドと違う部分。それはオルフェウスみたいに猫被ってるところ。違和感の正体がわかって、すっきりした。そりゃここは現実なんだから、ゲームみたいな性格してるわけないよなー。
アドレイドの妹さんの勘だけれど、私もあれは本心とは違うんじゃないかって思う。なんとなく。でもそうだとすると、なんでナタリア嬢に近付いてるんだろう?多分ナタリア嬢が望んでいるだろう表情を張り付けて。
その疑問は、三日後にある学園イベント、スプリングパーティーで解決した。
(姦しい彼女たちは、涙ぐましい男たちの努力に気付かない)
三令嬢の名前は最後に決まります