2 転生したらヤンデレ担当の攻略対象が婚約者になりました
※ちょっとだけ口が悪い主人公
ヤンデレなはずなんだが、これじゃただの変態だ…By主人公
身を包む柔らかな感触に目が覚める。
ここはどこだろう。多分あの時、私は死んだと思うのだけれど。それならこれは雲だろうか。
視界の覚束ない目をきょろきょろさせると、キラキラ輝く金色が映った。
「起きたのね、ナターシャ。お腹は空いてない?」
柔らかく甘い声。まるで、母親が赤ん坊に語り掛けるみたい。
「あー」
誰?と訊いたつもりだった。でも、出た声はこれだった。
自分で出した声なんだろうけれど、思わず固まる。
「どうしたの、ナターシャ?」
ナターシャ。…ナターシャ?
その名前に、言葉に、脳内がキャパシティオーバーを引き起こしたのか、感情の波が押し寄せてきた。
「う、うあぁぁぁあああぅ!」
ふざけんな!『恋は取捨選択の道』略して恋道のヒロインと同じ名前じゃねえか!
結論から言うと、名前も苗字もヒロインと同じだった。ナターシャ・ウリベル。ウリベル子爵家の長女で、父は元々商人だった。その商才に目を付けた母方の祖父が、母と婚約させて婿入りした。政略結婚ながらも二人は確かに愛を育み、そしてナターシャが生まれた。
現在五歳。領地の商会を一手にまとめる父とは、多忙につきなかなか接する機会に恵まれなかったが、母は乳母に世話を任せっきりにすることなく、侍女が止めるのも構わず私の世話をしてくれた。元々人格形成がなされていたとは言え、私は健やかに、元気に、多分馬鹿正直に真っ直ぐ育った。でもわがままをあまり言わなかったからか、母や侍女、乳母には少し寂しがられている。
そんな私の前に、こんなところにいていいのか、という人がいる。
「道にまよわれたのですか?」
私の前で呆然と立ち尽くしているのは、黒髪赤目の少年だ。スチルで見た幼少期のオルフェウスそのままだ。
現在、ウリベル家主催のお茶会中。半年前に生まれた弟は生まれつき体が弱く、先週やっと治療の甲斐あって、普通の子どもと変わらないくらいになったらしい。そのお披露目を兼ねた今回のお茶会だけれども…オルフェウスって、クラウディア伯爵家だよね?三男だよね?あれ、うちとクラウディアって繋がりあったっけ?うち、交易メインで領地経営してるしがない子爵家よ?代々騎士の家系のクラウディア伯爵家とは縁なさそうなんだけど……母の人脈?
「…迷った、わけではないよ」
「そうですか」
始まったばかりだと言うのにお茶会が暇すぎて抜け出した時は、まさかこんな出会いがあるとは思わなかった。in四阿。オルフェウスは、信じられない物を見た、と言わんばかりの目で私を見る。そう見てやりたいのは私の方だ。何この状況。
「………君は、ウリベル家の子かな?私は、オルフェウス・クラウディアという」
「ナターシャ・ウリベルです」
「そうか。ナターシャ…」
オルフェウスは私の名前を聞くと、宝物を見つけたような顔をした。あ、これ、もしかしたらロックオンされたかも。そんな要素がどこにあったのかさっぱりだけれど。
「ナターシャは、あちらにいなくていいのか?」
「今日のしゅやくはおとうとですから。それに、たぶんあとでよばれます」
「そうか」
四阿に設えられた椅子に座ったオルフェウスは、私を手招きして呼ぶ。なんだろうと思いつつ、無警戒に近付く私。
すると、思ったより強い力で脇の下から持ち上げられ、オルフェウスの膝の上に乗せられた。歳の差二つと言えども、この年の頃だと男女の体格差はあまりない。だと言うのに、若干七歳のオルフェウスは思ったよりもしっかりとした体つきをしていた。きっとまだまだ成長するんだろうな、と思うと、今だけ味わえる感覚を堪能することにした。ショタオルフェ最高です。
しかし、なぜ膝の上に乗せられたのだろう。左手は私の腰を固定するようにがっちりホールドし、右手は私の頭を撫でている。気に入られたのはわかるけど、どこにそんな要素があったのかさっぱりだ。
その出会いから幾度となく、オルフェウスはウリベル家にやって来た。よかったわね、なんて母は笑い、彼ならナターシャを任せられるだろう、と父は頷く。そしていつの間にか、オルフェウスは私の婚約者になっていた。その時私は八歳。婚約者が決まるにも少し早めの年齢だ。まあ、オルフェウスが十歳だからなー。年下の子を選ぶとそうなるか。
しかし、なぜ私?そもそも全シナリオでは、攻略対象のキャラクターには婚約者はいなかった。成人前に婚約解消したという設定もない。あれがゲームでここが現実である差異なんだろうけれども。それにしても疑問しか浮かばない。いや、決してオルフェウスとの婚約が嫌というわけではないよ?
「ナターシャ、今日はカモミールの香りだね」
「はい。母がカモミールの気分だったそうなので」
「ナターシャにぴったりの香りだ…母君はセンスがいい」
「香油、差し上げましょうか?」
「いや、ナターシャだからいいんだ。私に付くのはその残り香でいい」
オルフェウスはなんと匂いフェチだったらしい。毎度私を膝の上に乗せては、こうして頭の匂いやら項やらを嗅がれる。頭は髪に香油を塗りたくっているので、その香りがするのはわかるのだけど、項ってなんか匂いする?汗の臭いはしそう。
「明日から学園に通うんだよね?」
「はい。オルフェウス様は剣術科でしたね」
「ナターシャは?」
「算術科と国際話術科で迷っています」
「どちらもウリベル家で学べることか。確かに、ナターシャは計算が得意だし、人と関わることも好きだし、どちらも向いていると思うよ」
「ありがとうございます」
私も今では十二歳。学園デビューする歳になった。これから六年間、学園に通うことになる。乙女ゲーム通りにいけば、攻略開始時期は三年後の春。だがしかし、私は推しキャラのオルフェウスと婚約しているため、他のキャラは正直積極的に関わりたくない。せいぜい目の保養にはさせてもらうけれど、下手に関わって気に入られでもしたらオルフェウスに監禁される。お世話してくれるなら監禁ばっちこいなんだけれども、婚約期間中にそれはさすがにまずい。家の面子的に。どこの家って?そりゃあもちろんクラウディア家。
「まあ最初の一週間は所属科選択期間だから、今から決めなくても大丈夫かな?」
「そうだね。実際にどんなことを学べるのか体験してみて決めた方がいいかもしれない」
独り言を呟いたつもりだったのだけれども、同意する返答が来た。ぱちくりと瞬きする私の頭を、オルフェウスは楽しそうに撫でる。
その表情が、誰かに重なった気がした。
「あ、そうだ。学園に通うんだったら昼食を一緒に食べない?」
「いいですね。でも、友達付き合いとかいいんですか?」
「大丈夫。すでに婚約者が今年入学するって話はしてるし、それから想像はついてるはずだから」
婚約者が入学するから昼は友達と一緒に食べられないって、想像つくもんかな?ああでも、オルフェウスの友達やれるくらいなら、独占欲強いってわかってるから想像つくかもしれない。
私としては女友達がほしいところだけれど。それは昼食時以外でもなんとかなるだろう、と楽観視してみる。
(その後、入学して女友達はできたけれど、男友達が一切できなかった。きっとオルフェウスが頑張ったんだろう)
ナターシャに近付く不埒な輩は、漏れなくオルフェウス(剣術科の学年一位)にシバかれます