1 逆ハーレムエンドの難易度高すぎて息抜きに出たら…
※一部残酷な描写あり
初恋の人にこっぴどくふられて乙女ゲームに走った結果、VR筐体買う程度にはハマりました。By主人公
「ナターシャ。俺の唯一」
「誰がお前の、唯一、だァ?ナターシャは俺の未来の嫁だっつーの!」
「レオとキースの物でもありません。ナターシャは僕の最も愛すべき人であり、僕の傍に一生添い続ける人です」
「スレイの傍に一生添い続ける、ねえ…無理じゃない?粘着質だし。逃げられそう。ナターシャは俺みたいに友達感覚でいれる方がいいよねえ?」
「アドだけはない」
「ねェな」
「ないですね」
「うっさい。しつこい男は嫌われちゃうよお?」
四人の美男子に囲われる私、ナターシャ。正面背後に左右を固められ、正直身動きができない。しかし、それすらも愛おしく、心に喜びが満ち溢れる。例え、それを他の令嬢に怨嗟の念の込められた目で見られていても。
しかし、今日はそれだけではなかった。
「ナターシャ」
来た。正面に立つレオナルドが、私を庇うように振り向く。レオナルドが陰になって見えないが、声で彼が来たのだとわかる。
逆ハーレムのキーマンである、ヤンデレ騎士のオルフェウス。
彼が私を囲う四人を牽制し、隙をついて私をここから連れ出すなら逆ハーレム達成だ。
「君は、実に愚かな女だ」
しかし、念願の逆ハーレムは叶わなかった。
シャラ、と鞘から剣を抜く音がする。レオナルドも、同じく剣を抜いてオルフェウスに構えた。
「男を侍らせて、楽しかったかい?ナターシャ」
レオナルドの背からこっそり見たオルフェウスの顔は、満面の笑みを浮かべていた。しかし、目には憎悪が込められている。
「あーあ、失敗したー」
斬りかかったレオナルドを躱して、オルフェウスはさすがの剣技で私の首を刎ねた。
「難しいなー、逆ハーエンド」
ヘッドギアを持ち上げ、視界から「GAME OVER」の文字を消す。
私がやっていたのは最近発売された『恋は取捨選択の道』という、なんともタイトルが乙女ゲームらしくない乙女ゲームだ。ちなみにVR。タイトルの割には王道な学園系の乙女ゲームで、お気に入りのキャラを攻略する分にはそんなに苦労しない、初心者でも楽しめるものになっている。しかもクオリティがめちゃくちゃ高い。最近出たばかりの声優さんを使っているとは思えないほど、全フルボイスの会話はプレイヤーを腰砕けにさせるし、美麗な3Dキャラクターは本物の人と見間違うくらいリアリティがある。
しかし、このゲーム。各々のシナリオの攻略難易度は高くないのだけれども…逆ハーレムエンドだけはめっちゃくちゃ難易度高い。一週間VR空間に籠城したプレイヤーでも、そのエンドにだけは到達できていないという。
友達からその話を聞いて、「クリアできたらダッツ一個ちょーだい」「できたらな!」というやり取りをした。貧乏大学生にはダッツは高級品なのだ。というわけで昨夜からトライしているのだけれども…
「捨てイベと必須イベが、ヤンデレとの好感度の違いで変わるってのがきっついなー。そこまでわかっててもできないや」
逆ハーレムエンドを達成する上で必須なのが、ヤンデレ騎士のオルフェウスとの好感度だ。くっつきすぎてもダメだし、友達程度でもダメ。しかも他のキャラとの同時攻略となると、好感度の上下がものすごく激しい。個人的には単体で攻略する方が好みなキャラなだけに、私は余計に好感度を上げてしまい、他の男に現を抜かして私を嫌悪するほど憎んだオルフェウスに殺される、をかれこれ二十回以上繰り返している。私はもう、オルフェウスに殺されるためだけに逆ハーレムエンドを失敗していると言ってもいい。
黒髪赤目というどストライクな特徴に、騎士として鍛え上げられた逞しい体。心に決めた人を一途に思う、重たいほどの愛と独占欲。加えて、憎悪の込められた心擽るテノールボイス!通常時の声もいいけど、あの、怒りを抑えた、でも憎悪だけは抑えられない声を!私の耳が欲して止まないのだ!…声フェチ?何それ食べられるの?私はどちらかと言えば骨フェチだ。みんな鎖骨に注目するけど、尾てい骨も見てほしい。ぜひ。特に夏!水着男子を!見てほしい!決して水着フェチではない。
「それにしても、ここまで乙女ゲームにハマるとは…」
遠い目をしてぼやく。
そもそも、私は高校までゲームとは無縁だった。兄貴がリビングでストラテジゲーム?ってのをやっているの見ていたくらい。
きっかけは、高校を卒業する一個上の同じ剣道部に所属していた先輩に、告白したことだった。初恋で、初告白だったのに、顔を真っ赤にした先輩からもらった言葉は、侮蔑と拒絶だった。
『お前みたいなブスに告白されるとかマジでない』
そのあんまりな言葉に、私は先輩の存在を、脳内から抹消した。今ももう、どんな顔だったか、どんな名前だったかも覚えていない。ただ、いたな、そんな奴って程度。
それ以来、私は恋をしなくなった。したくもない。世の中に溢れる恋愛小説なんて、所詮脳内妄想でしかない。二次元だからいいんだ。三次元ではあんなもの存在しない。
そうして、私は二次元にハマった。そこでなら、私はときめきを得られたし、女の子だって実感が持てたから。告白すれば真摯に対応してくれる。付き合うことになっても、振られることになっても。あんな言葉を言うキャラクターはほぼ皆無だ。
恋は二次元だけでいい。そう思ってかれこれ二年。大学生になったばかりの私は、半日講義がない日を作っては携帯型からVRまで乙女ゲームにのめり込んだ。おかげで視力は絶賛低下中。でも気にしない。
今日は午前の二限だけ講義で、午後はまるっと休みだ。バイトは土日にしかシフトを入れていないので、平日は自由に遊べる。
「息抜きにコンビニまで行ってこ」
ずっとリクライニングチェアに座っていたからか、心なしか腰辺りの血流が鈍い。軽くストレッチをすると、私は家を出た。
それが失敗だったのかもしれない。いや、そもそも大学の近くで独り暮らしを始めたのが間違いだったのかもしれない。
大学通りの交差点。車の交通量も、歩行者の数も多いところ。やっと見慣れてきた光景。
なのに。
少し離れたところから聞こえた叫び声。タイヤのスリップ音。電柱を折り、人を吹き飛ばすタクシー。折れた電柱が、私の上にかかる。次いで感じたのが、激しい頭痛。それと、私の名前を呼ぶ愛しい声。そういえば、オルフェウスの声、先輩に似てるんだっけ。もう、覚えてないや。
(「もっと早く謝っていれば」――大好きな声の後悔が聴こえた気がした)
名前は適当