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っていう話が読みたい。  作者: ひのえ
無題
7/7

6「勇者:魔王=1:1」

天秤は左右が釣り合っていないと、その中身はこぼれ落ちる。

この世界だってそうだ。正義と悪が均衡して、滅びのない"世界"というものが成立している。

世界の全ての者には、役割というものがある。特別な存在に見える勇者と魔王だってその例に漏れない。

勇者とは正義の代表たる存在であり、魔王を倒す役。魔王とは、どうあがいても悪として勇者によって倒される役。


いつでも夜のように暗い地に、天を見上げんばかりの城があった。

上部は夜闇のような雲に覆われているため、実際の大きさは不明である。城とはいうが塔の形をしており、常におどろおどろしくそびえ立っていた。

この城の主は一人の男である。人間には、魔王という名前をつけられていた。魔物を統べる王。

この魔王は姿を見た人間は皆無と噂の男で、会えば生きては帰れないとまで言われている。

魔王は、自身を悪という立場であると認識していた。そして倒されるのが自身の役目だと考えていた。

だから倒しに来る勇者を、かれこれ百年近く待ち望んでいた。


いつもと変わらぬある日、コンコンと部屋のドアがノックされた。

「入れ」

入室を許可すると、魔王の部下が入ってきた。

「主よ。新たな勇者が来ておりました故、連れて参りました」

「ご苦労。戻っていいぞ」

「失礼します」

部下がドアの向こうへ消えていくと、ガランと何かの落ちる音がした。

「いやっ死にたくない、殺さないで…」

連れてこられた勇者が、剣を手放して床に座り込んでいた。

年の頃はちょうど10になった程度の、細い少女。魔王を殺す存在であるとは、とてもじゃないが思えない。


魔王は嘆息した。同時に、またかこれかと思った。

何も魔王が一人だから勇者も一人というわけではない。魔王の力が1で勇者の力も1、という状態なだけ。

つまりこの世界では、魔王は一人で"1"という力を持ち、勇者は複数人を合わせて"1"という力を持っているというだけの話だ。

この世界には、沢山の勇者がいる。その大部分は貧しさから口減らしのために、名ばかりの勇者にされた子ども達である。

今回も名ばかりの勇者だった。


魔王は椅子からゆるりと立ち上がる。悠然と少女の前まで歩いていき、悍ましげに立ち止まった。

「あ…あぁ…」

床にへたりこんだままの少女は、溢れんばかりに目を見開いたまま魔王を見上げた。

魔王は腰を屈めると、少女を無造作に肩に担いだ。

「えっあっ、何っ」

「殺しも痛めつけもしない。大人しくしていろ」

魔王は少女を担いだまま、薄暗い廊下を早足に歩き続けた。


部屋から出て三分程して、一つの部屋の前で足を止めた。

そこで少女を降ろすと、ドアを開けた。

眩しい明かりに、一瞬だけ少女の視界が奪われる。

思わず瞑った目を開いて、少女は部屋の中の光景に驚いた。思わず声を出してしまう。

「えっ!そんな…人間?嘘っ何で、何で人間がこんなに!?」

それと同時に、グゥと音が鳴る。少女の腹の虫が鳴いていた。慌てて、つい腹を押さえる。

だが無理もない。ここは食堂で、大勢の食事が用意されていたのだから。

「説明は後だ、飯を食え。おい。飯番Aグループの班長はこちらへこい」

「はい。僕です」

「新入りに飯の食い方を教えてやれ」

「かしこまりました。さぁ、こっちに来て」

具沢山のスープ、もちもちとしたパン、コップには透明な水。

それは貧困にあえいでいた少女にとって、生まれて初めてのご馳走だった。

美味しすぎて涙が出そうになりながら、出された料理の全てを平らげた。


「飯は済んだか。お前の部屋は…65だな。今日は部屋に戻って休め。65の同室者!こいつを連れていけ」

「はい、わかりました。貴女が新入りの子ね。お部屋は二人部屋なのよ。今日からよろしくね!さっ、こっちよ」

少女よりも年下とおぼしき女の子がやってきた。

少女は魔王に詳しく聞きたいことが山程あった。しかし声を掛ける間もなく、同室の女の子に引っ張られて、食堂を後にした。


部屋に入ると"疲れただろうし早目に寝るべき"と女の子に背中を押され、風呂やトイレを済ませた。

「ここが炊事場。一応は小型冷蔵箱があるけど、食材は無いわ。ご飯を食べるのは、体調の悪い時以外はさっきの食堂。それと貴女が寝るのは右のベッドね」

「あの、ちょっと待ってください!訊いてもいいですか?」

「ん?良いわよ、何かしら。あと敬語は要らないわ」

一人でペラペラとお喋りする女の子に、慌てて疑問を投げかけた。


大きな食堂に並ぶ長いテーブルには、ちらりと見た範囲内だけでも恐らく50人はいた。

それに、この相部屋が65番らしいので、もしかしたらもっと多いのかもしれない。

子どもが多かったが、大人も見受けられた。

あれだけの人間が国から居なくなっていたら、騒ぎになっていてもおかしくない。しかし少女の国で、誘拐や行方不明の話はほとんど聞いたことがなかった。

「もしかして、貴女も勇者…だったの?」

「勇者?あぁ、そうね。私がというか、ここの人間はみんなそう」

「やっぱり…」


臆測は確信に変わった。この地の魔王に挑んで死んだ、と言われていた人達は、魔王の元で生きていたのだ。

では、何のために?魔王だから、やってきた者を殺しても問題ないはずだ。

「来たばかりだから、色々不安があるんでしょ?私もそうだったもの。今日はもう眠った方が良いわ」

「うん、そうだね。お休みなさい」

女の子がスイッチを押すと、部屋が暗くなった。静かに目を閉じていると、いつの間にか眠っていた。


それから何日も過ぎた。

城で過ごしている内に、様々な事がわかった。

この城に来た勇者は、誰一人として殺されていないこと。しかし、この城で寿命を迎えて死んだ者達はいるということ。

魔法でもかけられているのか、敷地の外には出られないこと。

それから、勉強というものもした。

文字を書くということを覚えた。今までは会話するための言葉と、騙されないように金の数を理解するための数字しか知らなかった。


魔王へのイメージもすっかり変わっていた。

掃除の番で、注意していたのにバケツをひっくり返してしまったことがあった。料理の番で、火傷をしたことがあった。

今までなら酷く怒られ、ぶたれていただろう。でも魔王は、怒鳴ったり殴ったりすることはなかった。

ぶっきらぼうではあるが、人間に危害を加えることは決してなかったのだ。


それから、魔王は人間を上手く使って、衣食住に彩りを生んでいた。

初め疑問だった"人間を殺さない理由"を直接訊いたことはない。だが、殺さない理由の一つではないかと少女は思っている。

例えば城には、動植物を育てることの出来る所がある。

そこで果物を作らせ、人間に酒やデザートといった嗜好品の作り方を教えた。

人間もこれらを喜んで食べるが、魔王もデザートの付く日は無表情ながらも嬉しそうな雰囲気を感じた。


この平和な日々がいつまでも続いてほしい、と思い始めた矢先のこと。

急に地下の一室に集められた人間と魔物達へ、魔王は何でもないようなトーンで言った。

「城に人間…いや、勇者が入ってきた。お前たちは暫しここにいろ。じゃあな」

静かに耳を傾ける皆へ手短に用件を伝えると、すぐ部屋から出ていった。


「まあ珍しい。久々に壊すのが得意な人間でも来たのかしら?」

「俺は、誰が来ても魔王様が勝ちで終わると思う」

「だよな」

人間も魔物も、魔王の生還を信じて疑わない。

少女は初めての事態に戸惑ったが、周りのお喋りを聞きながら時間潰しをすることにした。



場所は変わって魔王の部屋。

城へ入って大きな通路沿いに進んだ所にある、最上階の大広間。

ここは城に来た勇者が、初めて魔王の顔を拝む部屋となる。

装飾が派手で大きな椅子に魔王は座っていた。

人間達には、彼なりの別れを告げた。悔いはない。残すは勇者に倒されることだけ。

今までは、魔王を倒すための勇者は来なかった。

だが今感じるのは、自分を殺せる勇者の気配。やっと、やっと終わりが来た。


入り口のドアが、勢いよく開いた。

「よくぞ参ったな、正義の者よ。さぁかかってくるがいい!」

ドアが開くと同時に、魔王は容赦なく魔法弾を放つ。

「おっと!とんだご挨拶だな!」

そう言いながら勇者は、魔剣で弾を霧散させた。

「ふん。まだ始まったばかりだぞ」

これが最初で最後の、本気の戦いになるのだろう。だが倒される側とはいえども、手加減はしない。


距離のある内は魔法の応酬。距離が詰まってからは、剣を交わらせ、火花の散るような接近戦を繰り広げた。

「ッ…!グッ…」

冷たい金属音が響き、剣がへし折れた。

「勝負あり、だな」

「あぁ。俺の敗けだ」

折れたのは魔王の剣だった。

本気で戦っての敗北。悔しさもあったが、それ以上に"終わりが来たこと"への喜びが勝っていた。

「お前の…人間の、勝ちだ。早く殺すがいい」

「断る」

「何ふざけたことを。俺は魔王だ。負けたといっても生きていれば、いつでも人間を殺せるぞ」


魔王に人間を殺す気はなかった。しかし、殺されるべき敗者の自分が生きているのは、理にかなっていないと考えた。

だから勇者に、魔王を殺す理由を与えようとした。

だが勇者には、それは通用しなかった。

「そうだ、お前の負けだ。魔王は俺に倒された。そして──」

勇者は信じられない言葉を発した。

「俺は正義を…いや、王国を破ってみせる。お前には協力してもらう」

魔王は勇者の目を見つめた。普通の者なら怯むはずの眼光にも、動じることなく見つめ返していた。

「それは…勝者としての命令だと思っていいんだな?」

「あぁ勿論」

「そう、か。なら仕方あるまいよ」



再び人間達の前に、魔王が戻った。

戦闘でぼろぼろになっている二人を見て、場には動揺が走る。

「えー静かに。初めまして、俺は勇者だ。単刀直入に言うと、俺は魔王に勝利した。そして勝者の報酬として、魔王は俺に協力することになった」

辺りが一斉にザワザワし始めた。人間も魔物も、何事なのかと不安そうに勇者を見ていた。

勇者は静かに語り始めた。


「この世は正義というものがあるな。反対は悪だ。だがその悪は、誰にとっての悪なんだ?」

「そりゃ人間だろ」

魔物の一人が答えると、勇者は頷く。

「あぁ、その通りだ。そして皆は、正義は絶対の善だと思っている。なら何で、ここに人間がこれだけ居るんだろうな?」

ざわついていたはずの場は、気付けばしんと静まり返っていた。

勇者は、気にせずに話し続ける。

「俺は王国から来た人間だ。勇者と呼ばれ、魔王を倒した人間だ。だが見てみろ!ここには勇者を押し付けられ、王国に見殺しにされた人間が大勢いる。俺にとっての正義は、王国ではなかったのだ」

全員がじっと勇者を見つめていた。勇者は深呼吸をして、決意を表した。

「なら俺は、悪でいいさ。この悪で、正義と言い張る彼奴らを倒してみせようか!」

堂々と言い切った勇者を、大勢からの歓声が包み込んだ。



魔王は、倒されるのが自分の役目だと思っていた。そしてとうとう、勇者に倒された。

しかし魔王を倒した勇者は、正義である王国を敵とすることを決めた。王国という正義は、多くの民にとっての悪だったのだ。


正義は敵を、悪と呼んだ。

悪と呼ばれた陣営は、正義こそが悪であると言い、これを己の悪で倒すと言った。


この世にはバランスというものがある。役割というものがある。

ならば偏った場合の結末とは?

それはまだ誰も知らない。



【お母さん】からのメッセージ

この世界は魔王側が人間にとって悪者だと思われていたんだね。

以前の魔王や国王たちはどんな人だったんだろう。

最後はないけど、戦ったらどうなるのか気になるな~


(うーん…)

書いている時は、負けるものと決まっているから、結局負けるんじゃないかと思っていた。

でも勇者に負けているから、"勇者VS魔王は魔王が負けるもの"は終わっている。

(きっと母さんなら、みんなハッピーエンドにしちゃうんだろうな)

色々考えを巡らしている内に、僕の意識は夢の世界にとんで行った。

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