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っていう話が読みたい。  作者: ひのえ
無題
5/7

4「ご利用は画期的に。」

時は西暦10000…ええと何年だったかな。あぁそうそう、14142年だった。


私?私は周りからは先生と呼ばれている。

こんな呼び方をされているが、教鞭を執っているとかものを教えるのが仕事の人間だとかいうわけではない。

私の仕事は、形の崩れたものを直すこと。生き物から人工物までなんでもござれ。

ただし、病気や体内の奥深くの傷までは治せないけど。

そこは、餅は餅屋というやつだ。

勿論、死人を生き返らせることも出来ない。


ま、そんな仕事が舞い込む心配はない。

こんな辺境の地にやってくる客なんて、変わり者ばかりだからね。


「さてと、そろそろ本日予約の一人が来る時間だ。今日の仕事は、主にキミにやってもらおう」

私は、道具を運んできた少年に声をかける。

「は、はい」

「そんなに気張らずとも大丈夫さ。練習の結果は上々だったんだから」

さて、そろそろ来る時間だ。

今日も早速、仕事部屋の戸が開いた。


「おう邪魔するぜ」

戸が開くと、でっぷりした腹の狸が入ってきた。

こいつは怪我の多い仕事を進んで行うらしく、今やちょっとした常連となっていた。

「ん?そっちの小僧はなんだ?」

「えっと、僕は見習いです」

「ふーん。まぁいいや。ささっと終わらしてくれや」


狸は私の目の前の椅子に、こちらへ背を向けてドサリと腰をおろした。

背中の広範囲に、火傷の跡があった。

最初こそは痛々しいと思ったが、今では慣れてしまった。

「はぁ。キミ、またこの仕事を受けたのかい?」

「給与が良いから当然だろ」

「給与…?」

「お?小僧知らないのか」

その辺は説明していなかった。

「あぁ、それはだね…」



狸はただの狸ではない。童話や歌といった、人々に広く知られる話の登場人物の一人だ。

彼らは西暦3000年台から"物語の住人"という種族として、周知されるようになった。

それ以前にも"屏風の虎"を始めとする言い伝えなら幾らかあったが、これらは作られた話だったという説が優勢だ。


この、物語の住人と呼ばれる者達は、本やテレビの中で働く生き物であるとされている。

狸曰く、人間のいう所のカミサマという存在が、彼らを生み出し管理しているらしい。

深い理由があるというわけではなく、単なるカミサマの趣味とのこと。

彼らは死んだとしてもその瞬間の痛みはなく、カミサマが回収して作り直す。痛みとも死とも無縁の存在。

私は詳しくないが、"彼らが居ないと名作も魂が抜けたような代物になる"とまで言われている。


痛みも死もないとは言ったが、傷は暫く残るようだ。しかし、放っておけば治る。

だが、この狸は最近旅行にハマっている。

『治る時間を待つより、さっさと治して金を稼ぐ方が効率的だ!』と豪語していた。



「…という訳さ」

「なるほど。そんな事情が…」

「まぁ兎に角、早く済ませてくれよ」


少年は右手に筆を、左手には深めの小皿を取った。

狸の毛の色を確認して、小皿に色コードを呟いた。

ピコンと機械的な音が鳴って、中に半固体の塗料が現れる。

私はそれを覗きこみ、念のため確認した。

「うん問題ないね。さ、やってみなさい」

「ってオイ、まさか見習い小僧の実験台にするつもりか?」

狸が今更な事を突っ込んだ。

「そんなに騒がなくとも大丈夫だよ。一応私が合格点を出しているんだから」

そうしている間にも、作業は着々と進んでいく。

微妙な色の違いも見落とさずに捉えていき、いよいよ仕上げも終わりだ。


「出来ました」

少年は筆を置き、背中を確認するための鏡を見せた。

大昔は客に背中側を確認させる際に、鏡を2つ使ったらしい。

まぁ今は関係ない話だ。


「おっ。初仕事の割にはやるな」

始めの内は、しきりに『本当に大丈夫か?』と声を上げていたが、結果は満足だったようだ。

「あぁそうそう。丁度キミに紹介したい仕事があったんだ」

「はぁ?どうせろくな内容じゃないだろ」

狸はじとっとした目線を向けてきた。

「いやいや。2000年くらい前の歌なんだけどね、狸がビールにワインにおつまみに」

「よし。そういうことなら早速現場に行かせてもらおうじゃねえか」

旨いもの好きの狸は、私の提案を二つ返事で受け入れた。


治療費の支払いの手続きをすませると、狸は早足で駆け出した。

「じゃあな」

「お大事に」


狸の去っていった後、少年に声をかけた。

「初仕事はどうだったかい?」

「思ったよりは大丈夫でした。でも、本当にこの道で…妹は…」

少年は不安そうに口ごもる。

仕事を達成したのに晴れない顔をしているのも、無理はない。

なぜなら、彼はこの仕事が夢というわけではなく、人探しを目的としているからだ。


少年は、100年ほど前に親によって、妹共々捨てられた。

寝食を求めて森を彷徨い、ぽつりと佇む一軒家へと辿り着いた。

だが家の主は、指名手配中の悪い魔女だった。

何とか逃げたは良かったが、途中で二人の間の大地が裂け、みるみるうちに遠くへ消え去ってしまった。

その後は無意識に歩いていたらしく、ちょうどフラフラしていた所を私が発見した。


「大丈夫さ、ヘンゼル。ここには一風変わった者が多くやってくる」

先程の狸を思い浮かべたようで、少年は安堵して肩の力を抜いた。

私は話を続ける。

「ここに来てというもの、本来の話とズレた物語を経験したって客を幾度も見た。つまり、キミの妹の情報も入ってくる可能性が高い」

気を取り直した少年は、私の言葉に頷いた。


「あ、ところで先生。先刻の仕事のあの歌って、酒を飲むだけではなかったような…」

「ん?あぁ。元は6960年に流行った、子ども向けの曲だね。勧めた仕事の方はアレンジバージョンで、狸が飲み食いして色々なダンスをするって歌詞。アイツには良いダイエットになるんじゃないかな」

流石に筋肉痛ではここには治療に来ないだろう。

次に来た時の反応を想像すると、自然と頬がゆるんだ。





【父さん】からのメッセージ

明日は休みだから、ゆっくり読ませてもらったよ。いろんな歌や話のキャラクターがいる世界なんだね。ヘンゼルがいつか妹と再開できるといいね。


「あっ」

何回目かの話をノートに書いた次の日の朝。

ノートを開くと、そこにあるのは父からのコメントだった。

きっと、朝になったら僕がノートを見ると思って、昨日の夜に書いてくれたのだろう。

お礼を言おうと思ったけれど、父はまだ朝食をとりに来ていない。

お疲れのところをわざわざ起こすわけにはいかないので、僕はノートを閉じて静かに父の部屋の前を通った。

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