3「漫画の国のアリス」
ある日私は気付いた、あるいは思い出してしまった。
ここは現実ではないという事実を。
ここが虚構の世界である、と理解したのは、突然のことだった。
本当に突然も突然である。
昨日までは、そんな突飛なことは頭になかったのだから。
まるで寝ている間に、頭にファイルをダウンロードしたかのようだった。
"ここは、中高生に人気の漫画『私、魔法国のアリスです!』の世界である"という情報が、昔から知っていたことであるかのように自分の脳内に現れたのだ。
漫画の通りならば私は、主人公をいじめるグループの女子のうちの一人。
最後あるのは惨めな結末だけ。
そんなの、絶対イヤだ!そう思ってもどうしようもなく、せめてもの気分転換にと外へと繰り出した。
子供の一人すらも居ない公園で、ブランコに腰掛け、長い溜め息をつく。
暫く俯いたままでいると、段々と自棄になってきた。
「ああクソッ…夢でもなんでもいいから覚めてよ!」
灰色の空を見上げ、相手のいない悪態をついた。
その瞬間。
「え?何、あれ。空が歪んでる?」
灰の空に、雨雲のような澱みが現れる。それを見つめる間もなく、ぐわんと歪んだ。
『あーあ。いい話思い付かないなあ』
空がモニターのように、何かを映し出している。それに声も聞こえる。
私はぽかんと口を開けたまま、その異様な光景を食い入るように見てしまった。
『主人公ムカつくんだよね。主人公ボコボコにして、アタシの考えた最強のオリキャラちゃんと王子様をくっ付けちゃおーっと』
声の主は女の子だった。
手に持った鉛筆をこちらに向けると、空には文字が浮かんできた。
その文字を読んでみる。
「ええと…主人公は生意気で空気を読まず、クラスのみんなに嫌われてどこかへ行ってしまいました…?」
一息おいて、再び文字が現れ始める。
「オリキャラちゃんはクラスのみんなに好かれて、男子にモテモテになりました。そして、主人公に裏切られた王子の心を癒して、恋人になりました…?」
嘘だ、あり得ない!
『これで終わりーっと。作者に送って考え直してもーらおっ』
「やめろ!」
自分でも驚くほどに大きな声が出ていた。
『ん?何よあんた。モブAじゃん、ウザい!あんたなんて、こうなんだから!』
空から腕が生えてきた。
多分、これを書いている女の子の腕だ。
手には消しゴムがある。消しゴムと言っても、物凄い大きさだ。
そのまま私に近付いてくる。
私を消すつもりだろう。こんな物に触れられたら、物理的に消えてしまう。
笑っている膝を叩いて気を持ち直すと、全力で走った。
「いや!消えたくない!」
『待てクソキャラ!』
必死に走るも、気配がだんだん近くになっている。
嫌だ。こんな意味のわからない死に方なんてしたくない!
逃げる私に、とうとう消しゴムが追い付いた。
そしてプニュっと…プニュ?
「ニャアニャア」
「うわあっ!」
跳ねるように起き上がると、飼い猫のニャア子が寄ってきた。
ニャアと鳴きながら、前足で手を踏んでくる。
「起こしてくれたんだ、ニャア子ちゃん」
「ンニャー…ニャア」
思い切り抱き締めると、腕からするりと抜け出し、再びご飯を催促し始めた。
◆
【お母さん】からのメッセージ
漫画の中に入ったのかと思ったら、夢だったんだね。
夢のはずなのに起きれないって怖いよね。
空から落ちる感覚で目が覚めた事が何回かあるけど、その時は起きたばかりなのにすごく目がパッチリしてる(笑)
「夢なのに起きれない…」
僕も何回もあるけど、宿題を忘れた夢とか遅刻する夢とかだった。
父と母ならともかく、これは兄に知られたら、絶対馬鹿にしてくる。
(僕の話は言わないでおこう)