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Anemone  作者: 白石椿
第1章
3/4

運命



僕が黎子さんと出会ったのはバイト先だった。


3月5日。


卒業シーズンで少し忙しかったのをはっきりと覚えている。


小さな花屋だった。


そんなに花が好きな訳でも無かったのだが、少し面白そうで面接を受けてみたら受かってしまって。


すぐに面倒になるかと思っていたが、なかなかに楽しかった。


夕方の日が沈み始める頃、人が少なくなった店内で僕は花を眺めていた。


紫、赤、桃。


とても綺麗だった。


「花、お好きなの?」


外の方から声が聞こえて。


白いワンピースに黄色いカーディガン、肩まである真っ黒髪、赤い口紅。


「…ええ、少し」


「そう。その花、私も好きなのよ」


僕に近寄って花にそっと触れる。


綺麗な指先。


薬指には指輪をしていた。


「この花、頂けるかしら」


「はい、今用意しますね」


第一印象は、上品で情熱的。


こんなに優しそうなのに、どうしてそんなに艶やかな顔をしているのだろう。


不思議で仕方がなかった。


「どうぞ」


「ありがとう。また来るわね」


彼女の後ろ姿を見送った後、僕の頭の中には悪戯な微笑みが浮かんでいた。


家へ帰っても忘れられなかった。


それから毎日、僕は彼女の事を考えるようになった。


毎週火曜日と木曜日の15時頃に、彼女はやってくる。


雨が降っても、曇っていても、彼女は何かしら花を買いに来るのだ。


二人の秘密のような、そんな感覚だった。


何気無く大学に入り、何気無くバイトをして、適当に生きていた僕の価値観は、すっかり彼女によって狂わされてしまった。


彼女の事を考え、彼女に似合う花を勧めて、彼女の為に面白い話を考えた。


彼女の笑顔が見たいだけだった。


浜野はまの君」


木嶋きしまさん」


他人行儀過ぎず、馴れ馴れし過ぎず。


難しい距離だった。


なんせ人妻で、絶対に結ばれる筈なんてないと思っていたから。


好きだよ、なんて言えなかった。


この気持ちが、いつか淡く儚く消えていくと信じて、僕は彼女に接していた。


切なく思う事なんてなかった。


彼女が生きていてくれるだけで幸せだった。


それなのに


「ねえ、これからどこか行かない?」


全て壊れてしまった。


5月下旬。


確か、5月29日。


あの日から、


「護君」


「黎子さん」


そう呼び合うようになった。



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