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ボクと牙の折れた怪物2

 まだルムはサンダーの腕の中にいた。彼はルムが落ち着くまでずっと抱き締めていてくれていた。少し冷静になったところでルムはやっと疑問をぶつけることができた。


「サンダー。どうしてまた怪物に? 呪いは解けたんじゃないんですか?」


「わからない。でもお前を追わなければならないと思ったらあの姿になっていた」


「戻れたのは?」


「お前を抱き締めたいと思ったからだ。……あいつらにおかしなことはされていないか?」


「未遂でした」


「そうか」


 サンダーは安堵したような微笑みを見せた。そしてルムの顔の輪郭をなぞるようにゆっくりと撫でる。自分の目を見つめる彼のまっすぐな視線に耐えられず、サンダーから目を逸らし彼の腕の中で俯いた。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫びながらルムは思い切り顔を上げた。目の前にはサンダーの驚いたようなとぼけた顔がある。ルムは言葉が出ず口をパクパクさせている。顔中、いや耳まで体温が上昇しているのを感じた。


「な……な……何で真っ裸なんですかっ!」


「ああ、あの服では怪物の体型に耐えられず破れてしまったようだ」


 サンダーはなぜか冷静に分析した。

 だが悪びれる様子はなく、仕方ないとばかりに泰然としている。


「一刻も早くアジトに戻って下さい! ボクは後から戻りますから!」


「何故だ? こんな危険なところにお前を置いてどうして先に戻らなければならない?」


「公然猥褻で捕まるぞ!」


「お前と一緒でなければ帰らない」


 一糸纏わぬくせに強情な態度を崩さないサンダー。ルムは目を逸らしながら溜息を吐き、一度髪を掻き上げてから提案した。


「嫌かもしれませんがあの怪物の姿になってください。おそらく速く走れたんでしょうし、何より局部には目が行きにくいでしょう」


「お前がそう言うなら」


 そう言うや否やサンダーはルムに背を向けた。わずかに彼の周囲に風を感じた。風圧のようなものが彼から発されているように思えた。するとサンダーの背は、まるで綿のハンカチに色水が染み渡るような速度で肌色から青へと変わった。

 長い手足の爪、鱗の張り巡らされた体、靡くたてがみ。全て今日一日ですっかり見慣れてしまった生物の姿がそこにあった。

 怪物は体を屈めて出来るだけ姿勢を低くしていた。


「何ですか?」


 ルムが尋ねると怪物は首を捻って振り返りグルルと喉を鳴らした。


「……乗れって言うんですか?」


 相変わらず怪物は喉を鳴らしている。ルムは怪物に近付き、その背に覆い被さるように乗った。怪物の首に自分の腕を回し、怪物の喉の辺りで自分の両手をしっかりと繋ぐ。

 怪物はゆっくりと歩き出し、それから徐々にそのスピードを上げていった。明らかに人間の出せるスピード以上で走っているのに、それに比べて振動は強くない。上下動する怪物の背が自分の腹を圧迫するなんてことはない。


──この人はどこまでボクに気を遣うんだろう。


 怪物の首に絡めた腕には冷たく硬い肌が当たっているが、その下に感じる首の両端の脈動に「彼はれっきとした生き物だ」と強く感じさせられた。


***


 怪物の背に乗ったのは短い時間だった。もうあのログハウスが目の前に見える。あの少年達に車に押し込まれてから移動した時間よりもずっと短い気がした。


「ボス帰ってきたんですね……っていうかうえええぇぇぇぇぇいっ!」


 庭にたまたま出ていた彼の部下が怪物の姿を見るなり絶叫した。ルムが怪物の肩越しにひょっこりと顔を出した。


「彼には声が届いてますし人と同じように意志を持っていますよ。あんまり怖がると後が大変ですよ」


「いやいやおかしいだろ! ボスの呪いはさっき解けたんじゃ」


「いや、おかしいことはない」


「ぐわおおおぉぉぉぉぉぉうっ!」


 いつの間にか変化を解き、元の人の姿のサンダーがそこに立っていた。もちろん着衣はない。


「ボクがまだ背に乗ってるのに元に戻らないで下さい!」


「ボス、何か着て下さい! 持ってきますから!」


「いや、すぐ部屋だから気を遣わなくてもいい」


 サンダーは全裸でルムを負ぶったまま自室へと向かった。玄関から彼の自室に辿り着くまでの間アジト内は阿鼻叫喚の渦だった。


「いや……久々に見たけどボスの一物は相変わらずすげえな……」


「夢に出てきそうッス……」


 彼が去っていった後にはそんな会話が聞こえたとか何とか。


***


 ルムはシャワー室に案内された。


「体を流してくるといい」


 そう言ってサンダーはルムの頭を撫でた。彼はすでに着替えて緩めのシャツにカーゴパンツというラフな恰好になっている。


「あとで聞きたいことがあるんで、いいですか?」


「いいぞ。それからこれは着替えだ」


 ルムはサンダーからそれを受け取るとシャワー室の戸を閉めた。

 ドアの横に取り付けられた手のひらサイズの水晶に触れた。これは人の中の『念』を受け取る『受念装置』で、これで集めた『念』で『念導器』を動かす。これがなければポンプを動かして水を汲み上げることも出来ないし、それを沸かすことも出来ない。人々は『念導器』の恩恵を受けて生活している。


***


 熱い湯が体を流れ落ちていく。容赦なく打ちつける湯の粒が自分の体を清めてくれるような気がした。


 ルムは自分の体を見た。

 白い肌に華奢な作りをしている。

 これが自分の体である気はしないのに、受けた苦痛はすべて自分に降りかかる。

 吐き気こそこみ上げてくるわけではないが、屈辱と「なぜ自分が」という不平不満が爆発しそうになる。


 ネガティブな感情は今はしまい込んだ。あと少しで、それから解放される……という想いが自分を奮い立たせた。


 頭の中を切り替える。

 疑問が一つあった。

 なぜサンダーは再び怪物の姿になったのか。石を壊してお終い、ではなかったのか。むしろそうであるならば、なぜ自分はそのような石を身に付けていないのか。

 呪いの正体がさらにわからなくなってきた。それを聞きたい、知りたいのだが、サンダーが知るはずないよな……と思った。聞きたいことがあると言ったものの、尋ねる相手が違うことに気付いた。


 質問を改めようと考えた。

 どうやらサンダーは自分の意志で怪物に変身できるらしい。自分を捜すため、助けるためだけに変化したと言っても過言ではなさそうだ。


 そんなことを考えていくうちに、サンダーの必死な顔、力強く抱き締める腕の感触、不甲斐なさを詫びる声、自分をまっすぐに見つめる瞳の一つ一つがルムの脳裡に蘇ってきた。思い出すと顔から火が噴き出しそうなほど恥ずかしい。ルムはシャワーをお湯から水に切り替え、熱を帯び始めた体を冷やした。

 出会って数時間の相手にどうしてそこまで出来るのかルムには理解できなかった。サンダーの言葉や行動は驚くほどストレートで、それらはルムを困惑させた。あのような強い愛情を向けられるのは彼女にとって初めてだった。


──熱しやすいものは冷めやすい。そのうち落ち着くだろう。


 彼の情熱が冷めるのを待つばかりだと思った。

 しかし、自分はもうすでに彼に囚われていて逃げられない。心の何処かでそんな予感がしていた。


 体に孕んだ熱は未だ冷めることを知らない。


***


 湯上がりのルムが姿を現したのはリビングだった。何だか荒くれ者達が忙しそうにリビングとバルコニーを行き来しているところに、サンダーが居心地悪そうにソファーに座っている。サンダーはルムが来たことに気が付くと、ソファーの自分の右隣をポンポン叩いた。


「ルムは小柄だから俺のシャツ一枚で十分だと思ったが、予想以上だな」


 サンダーは佇むルムをまじまじと見ている。だぼっとしたシャツから華奢な白い手足が伸びているルムの姿を見て、サンダーは満足そうな顔をした。その満足げな様子に呆れながらもルムはサンダーが促すままに隣に座った。


「……変態。それにしても何をそんな居心地の悪そうな顔をしてるんですか?」


「あいつらが夕飯の準備をしているところを手伝おうとしたら『休んでいろ』と言われた。他の奴が働いてるのに自分だけ何もしないなんて後ろめたさしかない」


「それなら質問していいですか? 今、ここで」


 ルムはあくまで『今』と『ここ』を強調した。二人きりになるのは避けたかった。


「内容によるが」


「怪物に変化することについてです。出来ることなら他の人も知っておいた方がいいんじゃないかと思うのでここで聞きたいです」


「それなら隠すようなことはないな。じゃあお前達、悪いが手を止めて集まってくれ」


 彼の言葉に気が付いた仲間達がリビングに集合する。サンダーが部屋を見渡し、話を切り出した。どうやら全員揃っていると確認できたようだ。


「俺は完全に呪いが解けたわけではないようだ。今もあの怪物の姿になることが出来る」


 室内がどよめく。


「だが怪物になったことで自我が失われるわけではない。自分の意志で動くし、お前達の声も聞こえる。思考することも出来る。もちろん人の姿に戻ることも出来る。今まで通りの生活が出来るから不便はない」


「ボス……」


「しかし不便はないと言っても呪いがかかっているには違いない。俺は呪いを完全に解かなければならない。ルムと『魔女の棲む山脈』に行こうと思う」


「そんな!」


 部屋中がざわめき始めた。誰もが不安げな顔をしている。組織の大黒柱を一時的とはいえ失うのだ。驚かないわけがない。彼の人望の厚さの片鱗を周囲の反応から知った。

 しかし彼には怪物変化の呪いよりもはるかに解きたい呪いがあるのだ。ルムとの出会いにより彼は覚悟を決め、取り戻すことを強く望んだ。

 だが仲間達にはそれを言わないあたり、それは伏せておきたい事実なのだろう。


「そこでなんですが、ボクから一つ質問があります。ボクが撃ち抜いて壊した石のことです。あれを壊すまでサンダーは怪物の姿から戻れなかったんですが、今は違います。どこにどんな違いがあるかわかりますか?」


「そうだな……」


 サンダーはルムの疑問に答えるべく、遠くを見ながら考え込んでいるようだった。


「前と今と違うのは……前は檻の中から怪物の体を操縦しているような感覚だった。自分の五感と意志は生きているのに、あの怪物の体は自分のものではないような。ルムが石を壊したときにその檻から出られた、そんな感じだ」


 サンダーは自分の手のひらに視線を落とした。何度か手を閉じたり開いたりと、自分の感覚を確かめているように見える。


「今は……指の先まで自分の神経や血が通っている感じだな。あの怪物の体は自分の体そのものだと思える」


 果たしてそれが良いのか悪いのか、判断がつかない。

 だが話し方からすると、サンダーにとっては今の方がよっぽど良いというように聞こえた。

 ルムには彼の言っていることが半分は理解不能だった。あんな怪物の姿、受け入れられるのだろうか。自分は性別が逆転しただけの人間の体で苛立ちや不満で一杯になるのに。

 不満と疑問で雁字搦めになるすんでのところで我に返った。


「石が呪いに影響を与えてはいるようですが、呪いの正体ではないのでしょうね。呪い自体は体にかけられているものですから」


 ルムはサンダーの左胸にそっと視線を送る。そう、呪いは体に刻み込まれるのだ。自分の女の姿も、彼の怪物の姿も、彼の胸のタトゥーも、全ては呪い。


「というわけだ。俺は怪物になることについては受け入れるしかない。気味が悪いだろうが少しの間、呪いを解くまでの間は付き合ってくれ」


「当たり前です!」


「どこまでもついて行きます!」


「今更そんなこと……水くさいですぜボス」


 彼の部下達は口々に返事をする。

 普段だったら白けたような気持ちになるルムも、予測もつかない異常事態を乗り越えようとする集団には頭の下がる思いだった。


「話は以上だ。さて、夕食の準備は出来ているのか?」


「あとは火をおこすだけです。もう全員外に出ちまいましょう」


 バルコニーに目を移すと、そこには簡易なバーベキュー台が四つ置いてあった。傍のテーブルの上にはこれでもかと言うほど酒の瓶と肉が積まれている。

 サンダーはルムの手を取り、エスコートするようにバルコニーへ出た。ルムは恥ずかしいのになぜかその大きな優しい手を振り払うことが出来なかった。


「別に要りませんよ……そういうの」


「そう言うな」


 なるべく不機嫌に聞こえるようふてくされたような声色で言ったのに、サンダーはそれが虚勢だと見抜いているかのように笑顔を見せた。


***


 外に出ると西の空が真っ赤に燃え、夜の訪れを知らせていた。網の上には肉が大量に並べられ、煙を上げて焼かれている。酒の瓶が大量にあるのに、彼らがまず開けたのは大きな樽に入ったビールだった。


「どれだけ酒を用意してるんですか!」


「ボスがひとまずは元の姿に戻れたんだ。これを酒で祝わずしていつ飲むんだ?」


「酒が飲みたいだけじゃないですか」


 ルムが皮肉混じりに言うと、ゲンが実に意地悪そうにニヤリと笑った。


「お嬢ちゃんはお子ちゃまだからお酒は飲めないんでちゅね」


「なっ……」


 小馬鹿にしたような口調にカチンと来たが、ルムは実際に酒が飲める年齢ではない。

 だが馬鹿にされたまま大人しく引き下がれるものかと、空いているジョッキを手に取った。


「この姿は実際の年齢よりも幼いんです! 酒くらい飲めますよ!」


「ダメだよルム」


 背後からユーが声をかけてきた。彼の手にはオレンジジュースがなみなみ満たされたグラスがある。


「ルムは本当は十九歳なんだから、お酒飲んじゃダメ」


「ユー、黙ってて下さい!」


「やっぱり子供じゃねぇか! ほらよ」


 ルムはユーと同じようにオレンジジュースを渡された。


「いや、だからボクだって酒くらい……」


「うるせぇ! 後でやるから黙ってろ! 乾杯するんだから今はそれを持っておけ」


 周囲を見るとすでに全員がビールの泡が景気よく流れ落ちるジョッキを持って、ある一点を見ていた。そこにはオレンジジュースのグラスを掲げながら、オドオドと周りを見渡すトロの姿があった。


「そ……それじゃあボスが元に戻った……」


「おいトロ! 声が小せぇぞ! 聞こえねぇ!」


 ヤジの飛んできた方向を見て明らかに動揺するトロの姿に爆笑の渦が巻き起こる。大人達は若輩者のトロをけしかけて乾杯の音頭をとらせたのだ。このように彼をからかうことが目的のようだが。


「ぼ……ボスが元に戻ったことを祝って、乾杯っ!」


 トロの叫びと共に、男達の野太い「乾杯」が荒野に響きわたる。それと同時に荒くれ者達はサンダーに群がり、競って彼のジョッキに自分のジョッキをぶつけている。その傍らで、ユーがルムにそっと自分の持っているグラスを近付けた。


「ルム、乾杯」


「乾杯」


 ルムもユーの持っているグラスに自分のグラスを打ちつけた。


***


「ちんちくりん、抜け駆けしてルムを独り占めか?」


 ようやく乾杯の嵐から解放されたサンダーが、バルコニーの隅でオレンジジュースを飲んでいるルムとユーに声をかけた。突然の言いがかりに近い質問に、ユーは戸惑いモジモジしている。その様子を見て、サンダーはふっと笑った。


「怒っている訳じゃないんだ。ただちょっと嫉妬しただけだ」


「嫉妬も何も、あちらで皆に祝福されて何が不満なんですか?」


 口ごもってしまったユーに代わってルムが言い返す。


「ルムも嫉妬したのか? なかなか俺に近付けなくて」


「誰がするか!」


 ルムが怒鳴り返すと、サンダーは笑いを堪えきれないように思い切り吹き出した。


「何ですか?」


「いや。最初ルムは敬語を使う物腰丁寧な性格だと思ったが、時々悪辣な物言いになるな」


「あー……育ちが育ちだったんで……ボクの出身は騎士の家柄なんですが、それで常に丁寧に振る舞いなさいと躾られてきたんで。でも子供の頃からその育ちが原因で要らないやっかみも受けて、売られた喧嘩は買っているうちにこうなってしまいました」


「なるほどな」


 サンダーは実に楽しそうに笑った。


「貴方こそさっき怪物になったときに、あんな恐ろしい風貌なのに喉なんか鳴らして。怪物のくせに飼い慣らされたみたいでしたよ」


「ルムにだったら飼い慣らされてもいい」


「飼い慣らされた怪物なんて、聞いたことないです」


「ボス! ちんちくりん! 女! 肉が焼けてるぞ、こっちに来て食え!」


「行くか、二人とも」


 サンダーはルムとユーに向けて柔らかい笑みを向けた。二人はサンダーに優しく促され、バルコニーの中央へと歩いて行った。


***


 ルムとユーは頭を突き合わせてソファーに横たわっていた。二人ともソファに乗っているのは上半身だけで、足は完全にソファーからはみ出している。


「あー……お腹いっぱい」


「もう動けない……」


 二人ともサンダーの部下達に勧められるままに肉や野菜をたらふく食べさせられた。彼らは酔っぱらっていたこともあり二人に遠慮なく食べさせ続けたのだ。


「二人とも聞いてくれ。今晩二人が泊まる部屋だが」


 下っ端が本来するであろう話をボスであるサンダーが自ら切り出した。


「ルムは俺の部屋に来い」


「はぁ?」


「ちんちくりんは今あいつらがじゃんけん大会を開いて、誰の部屋に泊めるかを決めている。決まったらそいつの部屋で寝てくれ」


「うん」


「ちょっと待って下さいよ。何でボクが貴方の部屋に行かなきゃならないんですか? このソファーで充分です。貴方の部屋には行きませんよ」


 ルムは体を起こして抗議した。

 しかしサンダーは真剣な眼差しで話を続けた。


「ここは男しかいない。いくら信頼しているとはいえ、あいつらもルムを前にして理性が保てるかわからない。可愛いお前の身に何かあったとなれば俺はどうかなってしまう」


「お前はすでにどうかなってるわ! それに一番ボクにとって危険なのはお前だ!」


「俺は理性に関しては自信がある」


「『止められなかった』とか言ってた奴を信じられるか!」


「いいかルム」


 サンダーは少し強い調子の声で言った。


「俺は俺の仲間には昼間の連中のような外道になってほしくない。彼らを守るという意味でこの条件を飲んでくれないか?」


 何だか都合のいい後付けの理由のように思えたが、真剣な表情と彼の仲間を思う気持ちが真実ということがルムの拒否する気持ちを揺さぶる。その傍らで、ユーが目をこすっている。


「ちんちくりんは眠そうだな。もう少ししたら迎えが来るから待っていろ」


 サンダーはまるで自分の子をあやすようにウトウトしているユーの頭を撫でた。確かにそれから五分と経たないうちに、長身のモヒカン頭の男がリビングに飛び込んできた。


「ちんちくりん! 今晩はオレの部屋で寝ることになったぞ!」


「静かにしろ。ちんちくりんはもう眠そうだから、目を覚ますようなことはしてくれるな」


 サンダーが諭すとモヒカン男は軽く頭を下げ、ユーを抱きかかえてリビングから出て行った。


「さて、俺達も部屋に移るか」


「いやボクは行くなんて決めて……」


 ルムが言い終わらないうちにサンダーは彼女を優しく抱き上げた。


「安心しろ。お前が俺を受け入れないうちは何もしない。約束する」


「それじゃキスなんかするな!」


「あれは挨拶だ」


 サンダーの余裕たっぷりの態度にルムは自分が翻弄されていることはわかっていた。

 しかしそれが心地悪いわけでなく、次第に翻弄されつつも絆されていく自分に戸惑った。二人きりは避けたかったはずなのに、サンダーの提案を拒めない。


***


 部屋に着くとサンダーはベッドをルムに譲り、自分は椅子に座って机の灯りだけで本を読み始めた。ルムは気を遣わせてしまったな、と思いつつも疲れから襲ってくる眠気には勝てず目を閉じた。


──これからしばらくは彼と行動することになる。その中でボクはこの人を受け入れる日が来るのだろうか。


 まだわからない先のことに思いを巡らしたまま、ルムは眠りに落ちた。

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