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ボクと愛の試練3

「貴方は大きくて強いからあのまま捻り潰されると思ったし、ボクの気持ちを無視してあんなことをしようとすることに恐怖しかありませんでした。でも……それだけじゃないんです。【魔女】によって植え付けられた貴方の『失う恐怖』に比べたらボクの『失う恐怖』なんて大したことないと思いますが」


「ルム?」


「貴方があんな行動に出たとき、ボクの知っている貴方……いえ、ボクの好きな貴方がいなくなったんじゃないかって……ボクが貴方を失ったんじゃないかって怖かったんですよ?」


 サンダーは息を飲んだ。ルムが紡いでいく言葉の全てが彼の予想だにしないものだった。言葉を失い、ただ扉を見つめた。


──ルムが俺を失うと思っていた? そしてそれを『怖い』と思っていた?


 彼女もまた、相手を失うことを恐れていた。そして彼女の口から「好きな貴方」という言葉が出た。まだ何も解決していないのにそれだけで胸が一杯になる。彼女が遠くに行ってしまったように感じたなんて、自分の思い込みだった。彼女は今も自分を想っていてくれるのか。

 彼女を怯えさせてしまうくらいならもう恋人のような関係性がなくてもいい。怖がりで、儚くて、強くて、優しい彼女の傍にいさせて欲しい。そう思った。

 脳裏に仲間の声が蘇る。


「だってアタイを守ろうとして、あの女の子に立ち向かってくれたんだもん。格好良かったわ、惚れちゃった」

「ルム殿の心意気、確かに認めた。改めて宜しく」

「だけど何者かわからない俺に向かってさァ、『自分が何者かわからない以上、自分を大事にできるのは自分だけ』って説教かまして諭すなんて人が好すぎるだろォ?」


 そんな風に人を惹き付ける彼女に、まだ自分は励まされたいのだ。大事なものを取り戻すまで歩き続けるには彼女が必要なのだ。


「もうあんなことはしない。望むのなら指一本も触れたりしない。だけどルムの『呪い』を解くまではお前の盾でいさせてくれ。それだけお前のことを守りたいんだ」


 サンダーは扉に寄り添うように顔を近付け、その向こうのルムに囁きかけるように言った。

 扉の向こうから「はぁ」と大袈裟で特大な溜息がした。サンダーは思わず扉から顔を離し、下を向いた。普段ルムの顔がある高さに目線が自然に向く。


「貴方は何を聞いていたんですか? ボクは『失った』とは言っていません。ボクはまだ失っていなかったんです……ボクの好きな貴方を。ボクのことを気にかけてくれる貴方はまだ存在している」


「あ……」


 ルムはこんな自分にまだチャンスを与えてくれている。また自惚れてしまいそうだ。それでも彼女が愛おしくてたまらない。


「貴方がボクを失う? 冗談じゃありませんよ。ボクが大人しく奪われるとでも? 貴方はボクのことをナメてるんですか?」


 扉の向こうから怒気を含んだ声が聞こえてくる。ああ、彼女が怒っている。きっと眉をつり上げて頬を紅潮させているのだろう。そんなルムの愛らしい表情が目に浮かび、サンダーは顔を綻ばす。こんなにやけた表情をルムが見たら余計に怒ってしまうな、と思いつつも緩む頬をなかなか引き締められない。今は顔を見られなくて良かったのかもなと思った。


「だいたい何ですか? ボクは貴方が必ず傍に来てくれると思っていたのに、貴方はボクが離れていくって疑ってたんですね? 貴方、ボクが戻ってきたときに自分が何て言ったか覚えてます? ボクに『離れるな』って、ボクが毛ほどにも考えてないことを命じましたよね」


 さらに彼女の言葉は続く。


「いくら距離が離れようと、貴方がボクを失うことはありません! ボクは誰にも奪われない。だって、貴方を愛しているからです!」


 何の迷いもない声でルムは言い切った。どさくさに紛れた愛の告白がサンダーの鼓膜の奥でリフレインする。鼓動が速くなり体温が上昇していく。自分と彼女は間違いなく愛し合っていると実感できた。


「でも……心細かったんですよ? 離れたときはなるべく早く迎えに来て下さいね」


 小さな声で一言付け足した。それが彼女の本音なのだろう。ルムは強がりだが、初めて見た怪物に怯えて泣いたり暴漢に襲われ震えたりとそれなりに脆さを持っている。彼女の気持ちに応えたい、サンダーは緩んだ頬を引き締め色を正す。


「勿論だ」


 すかさず力強く答えた。自分は彼女の盾だ。

 でもそれ以上に誰よりも先に正しく彼女の想いに応えたい。だからそうするためには自分が誰よりも彼女の傍にいなければならない。


「ルム、俺は今すぐお前を抱き締めたい。中に入っていいか?」


「ダメです。お預け」


 にべもなく断られた。その反応速度にサンダーは苦笑いする。


──ルムは怖がっているのではなく、俺が望みに応えるかを試しているに違いない。それならば俺が返す言葉は一つだろう。


「わかった」


──だけどだからと言って離れるのは嫌だ。彼女は俺の想いに応えてくれるだろうか?


「でも傍にいていいか?」


「離れるなんて許しませんよ」


 想像以上の答えにサンダーは言葉を失った。彼女に台詞を盗られたと驚いた。

 サンダーがずっと言いたかった言葉を、ルムが代わりに言ってくれた。即ち彼女も自分と同じ想いを抱いているのだろう。

 最悪な状態から、最も愛し合っていると確認することができたのは皮肉かもしれない。だけど今までの中で自分と彼女は愛し合っていることを一番実感することができた。

 扉の向こうでルムはきっとふくれっ面をしていることだろう。彼女の行動、仕草について想像を巡らすと愛しさが溢れて止められない。


「熱いねェ御両人」


 そこにからかうような飄々とした声が聞こえた。サンダーが廊下の奥へと目を向けると、幅の狭い廊下の宙を白いイルカが浮かんでいた。いかにもご機嫌そうに二対の胸ビレをぱたぱたと動かしている様子にサンダーは若干の苛立ちを感じた。だから、イルカがルムに近付かないようにと部屋のドアの前に立ち塞がった。

 イルカは頭を縦に小刻みに振っている。


「ちょっと聞いてほしいことがあるんだよねェ」


「……何だ?」


 サンダーはイルカを睨みながら低い声で返す。

 イルカは一瞬だけ扉の方へと顔を向け、すぐにサンダーへと向き直った。扉を見たのはおそらくその向こうのルムを意識したのだろう。そしてイルカは胸ビレを再びパタパタと動かした。


「ルムっぺの毒に当たったのかねェ。【魔女】の呪いを解いてみせるって言うルムっぺを見てたら俺も『絶対に敵いっこない【魔女】が拵えた運命』に抗ってみようって気になっちゃったのよ。ルムっぺ、どう? 俺のこと高く買わない?」


「貴様っ!」


 何という調子の良さかと苛立ち、サンダーは思わず拳を強く握った。イルカは体を垂直に保ちすぐさま方向転換できるよう構えた。


「……空を飛ぶっていうのは大きな武器になります。またあんなことをしようとするなら撃ち抜きますけど。覚悟さえあるのならついて来てもいいですよ」


「ルム……甘くないか? 相手がイルカだからか?」


「違いますっ! ボクにはそんな下心はありませんからっ! それに、サンダーがそのエロイルカから守ってくれるんでしょう? それなら何の問題もないじゃないですか」


「そうだな。あの脂肪まで性感帯のイルカから俺が必ずルムを守る」


「ずいぶんな言い種だねェ。俺は『ロサ・モスカータ』っていうのさ。この名前が唯一覚えていた俺のアイデンティティさ。よろしくね、ルムっぺ」


 イルカは『ロサ・モスカータ』と名乗った。ヘラヘラした喋り方の中、その単語だけ実に明瞭に発声した。


「一つだけ言っておくが、俺はお前を許した訳じゃない。何かあれば貴様は脳漿をぶち撒かれる運命にあることを忘れるな」


「おー、怖っ。この兄ちゃん怖いこと言ってるよォ。ルムっぺからも何か言ってくれる?」


「ボクはサンダーに概ね同意なので何も言いません。自分の振る舞いにはくれぐれも気を付けて下さいね」


 ロサと名乗ったイルカは無い肩をすくめた。


***


 ルムはダブルベッドの上に寝そべっていた。すぐ傍でモディが銃の手入れをしている。


「モディ、眠くなったら言って下さい。ボクは床で寝るんで……」


「何を言ってんのよ。ダブルベッドで寝られる組み合わせってことでアタイと同室になったんだから、わざわざ床で寝なくてもいいのよ。そんなことするくらいならサンダーを床に転がす方を選んでるわよ」


「ボク『元』男ですよ! それでも構わないんですか?」


「ぜんぜん構わないわよん」


 モディは銃を一旦テーブルに置くとルムににじり寄り、彼女に背後から抱きつき頬擦りして愛でた。ルムの背に彼女の大きな乳房が押しつけられる。


「ちょっ……やめてください! ボク男だってわかってます? セクハラですよ! やめてくださいって……むねがっ、おっぱいがぁぁぁっ!」


「こんなちょっと触ったくらいで騒がないの。ルムはこぢんまりとしたおっぱいで可愛いわ~」


「揉むなぁぁぁぁぁーっ!」


 今晩はルムとサンダーを同室にしないと決めていたが、いざダブル一部屋、シングル二部屋をどう部屋分けするかでさんざん揉めた挙げ句、結局ダブルの部屋は体が女である者同士ルムとモディになったのだ。ルムは最後まで抵抗したが、モディとダブルになることをリンドウが猛烈に拒み、リンドウとダブルになるのをサンダーが死にそうな顔して嫌だと言ったのだ。当然リンドウがルムと同室になるのをサンダーが許さなかった。ロサは勝手にどこかで休んでいるのだろう。


 ルムは少しばかり考え事をしていた。

 サンダーに向かって「ボクは貴方が必ず傍に来てくれると思っていたのに」と偉そうに言ったが、自分は「サンダーを信じてイルカの背から飛び降りる」ことができなかった。それってボクを信じなかった彼と同じじゃないか? と思った。

 偉そうに啖呵切った手前、それは知られたくない。自分は彼を疑ったことなんかないという体を貫かねばならない。


「だいたい離れて寂しいって思ったのは事実ですし!」


 自分に言い訳をした。


 もうまもなく消灯しようかという頃、扉をノックする音がした。

 この部屋の扉、突入時に壊していたはずだがその後に実はロサが直していた。扉そのものは壊れていなかったとはいえ、彼は実に手際よく直してみせたのだ(廊下を水浸しにしたということでまた怒られたりはしたが)。理由はわからないが彼はそういったことが得意なようだ。

 発砲したり騒いだりと迷惑を掛けたはずだが、説得と自主的に直したことにより辛うじて泊まることを許された。


「ルム」


 ノックの主はサンダーだった。その声が聞こえた瞬間モディが立ち上がり、すぐさま扉へと向かう。


「何?」


「ああ、ルムに通信が入った。これを渡してくれ。もしだったら返すのは明日でもいい。じゃあおやすみ、ルム」


 姿は見えないもののサンダーは部屋の中のルムに向けて寝る前の挨拶をした。モディはサンダーから何かを受け取り扉を閉めるとルムの方に戻ってきた。


「通信用念導器ね」


「たぶんユーですね。廊下に出ますね」


「あ、いいわよ。アタイが外に出るわ。ルムが外に出るとさすがに『こんな時間に子どもを追い出した』って見られちゃうからね」


 子ども扱いにムッとしたが彼女の言う通りなので仕方ない。自分の都合で人を追い出すのは心苦しいが、自分から申し出てくれた彼女の厚意に甘えることにした。

 モディが部屋から出て行くのを見送ると、ルムは念導器に耳を押しつけた。


「お待たせしました」


『大丈夫。久しぶり、ルム!』


 脳天気な、と言ってしまったら失礼だが悩みのなさそうな明るい声に今日一日に起きたネガティブな出来事を忘れられそうになる。


『どうしたの? 何か元気ないね』


「いえ……そんなことないですよ? それにしても……ボクはまだまだですね」


『何かあったの?』


「まぁいろいろ……」


 通信機の向こうのユーは何があったのかを知りたげだったが、ルムは敢えて言わないことにした。ユーに余計な心配をかけたくないし、自分の口からサンダーへの不信感を持たせるようなことは言いたくなかったからだ。


「ところでユー」


『何?』


「サンダーの受けた『呪い』って……いったい何なんでしょうか」


『怪物になることのこと?』


「ええ、それだけじゃなくて……」


 そこまで言ってルムは口を噤んだ。ユーはサンダーの正体と『もう一つの呪い』のことは知らないかもしれない。サンダーは部下達にもそれを告げていなかったので、あまり話したくないのだろう。それを他人の口から暴露していいわけがない。

 ユーに嘘を吐くのはそれはそれで心苦しかったが、サンダーの想いを大事にしたい。


「実はサンダーは他に怪物になること以外にもう一つ呪いを受けているんです。詳しくは知らないんですが。……少なくとも二人の【魔女】が関わっているんでしょうか。どうしてサンダーは二重に呪いを受けなくてはならなかったんでしょうか」


『サンダーは呪われなきゃいけないような悪い人じゃ絶対にないよ』


「ボクもそう思います。【魔女】はどうして人に呪いをかけるんでしょうか……」


 自分が呪いを受けた理由はテラが少し語っていた。詳しいことはわからないし納得はいかないけど、自分には呪われた理由があるらしい。

 でもサンダーに関しては未だにわからずじまいなのだ。彼の国のことを、素性をもっと深く知ったら手がかりは掴めるのだろうか。


 モディに呪いをかけた子どもの姿をした【魔女】、【炎の魔女】、【水の魔女】……彼らはいったい何を思って人の前に姿を現しているのか。


『ねぇルム、サンダーの力になってあげてね』


「十分すぎるくらい力になってると思いますけど?」


『俺もね、いつでも力になるよ』


「どうですかね? ちんちくりんのままじゃ頼れませんよ」


『うー……』


「すぐ泣くー。だから頼りないんですって」


 ルムの強がりも意地悪も素直に受け止めるユーがルムにとって『癒し』という力に十分なっていることに彼女は気付いていなかった。

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