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ボクと正義の味方1

「まずいな」


 サンダーが呟いた。太陽が照りつけるこの炎天下でわざわざ立ち止まって言うのだ。ただ事ではないのだろう。


「どうしたんですか?」


 先を歩いていたルムは小走りでサンダーの元に駆けつけた。サンダーの表情を窺いながら滲み出る額の汗を拭う。

 サンダーは財布を手に持ち困ったような顔をしている。それは普段ルムに見せるような「仕方のない子だ」という意味を含まない、本当に困った事態に直面した顔だ。そんな顔はめったに見ることがない。

 ルムはサンダーの顔と手に持っている財布を交互に見た。彼が何に困っているのか、何となく察しがついた。


「路銀が尽きそうだ」


「まずいじゃない!」


 予想していた通りの彼の回答に、焦ったような口調で返したのはモディだった。彼女は普段羽織っているジャケットを脱ぎ肩に担いでいる。上半身はチューブトップ姿で涼しげだ。

 サンダーは彼女をちらりと見た。


「誰かさんが加わったせいで予想外に出費が嵩んだんでな」


「あァ? アンタ達の財布に頼りっ切りじゃなかったでしょ!」


 二人の間にまた一触即発の空気が張りつめる。


「仕方ないじゃないですか! 喧嘩してないで何か稼ぐ方法を考えましょうよ」


 ルムが二人の間に割って入り、彼らの顔を交互に見た。


「ルム……可愛いっ!」


「そうだなルム、建設的な話をしよう」


 サンダーはルムを抱えて体を反転させた。その背後をルムを抱き締めんと両腕を広げて飛びかかったモディが勢いよく通過し転倒した。彼女からルムを守るという目的を達成したにも関わらずサンダーはルムを離さず抱き締める。


「あ……暑苦しい! 離せ!」


「そうよサンダー! 見てて暑っ苦しいのよ! 早くルムを離しなさい。この変態、ロリコン!」


 自分のやろうとしたことを棚に上げ、モディはサンダーを罵った。サンダーはそんなモディを冷ややかな目で見る。


「お前は本来体一つでカネを稼いできたんだろう? その体を使って一働きしてもらおうじゃないか」


「できることならそうしてるわよ。でも見なさいよ周りを! 時間とカネのある奴なんかいる雰囲気じゃないでしょ!」


 車がギリギリすれ違えるような幅の道の両端はどこまでも広がる樹海で、前を見ても後ろを振り返っても連なる山々しか見えない。ここは正式な街道ではあるが、その不便さから人の通りがほとんどない。

 ルム達は山越えの途中であった。


***


 何にしたって人の居ないところにはカネの匂いはしない。ルム達は人里を探し歩くことにした。


「はぁ」


 ルムは歩きながら財布の中を覗いては、溜息を吐いた。


「ルム、財布を見ながら歩いていると転んでしまうぞ」


 サンダーが心配するように声をかけた。ルムは「そうなんですが」とまで言ったがその先の言葉は続かない。絶望的な状況を覆す材料がないことに不安しかなく浮かぶ言葉がない。

 財布の中をいくら見ても金額の数え間違いなどなかった。財布を振って動かしても隠れている小銭などなかった。

 これでは山を抜けたら三日と保たない──そう思った瞬間だった。


 忽然と財布が消えた。


「うぇ?」


 あったはずの布の袋はルムの手から音もなく『消え失せた』。足下を、来た道をきょろきょろと見渡す。

 しかし大事な財布は地面には落ちていない。ルムは立ち止まって地面に目を凝らした。


「ルム、どうしたんだ?」


 突然立ち止まった彼女を不審に思ったのか、サンダーがルムの頭頂部を優しく撫でながら尋ねた。ルムは『ある種の恐怖』を感じながら彼を見上げた。


「いきなり財布がなくなっちゃったんです」


「……本当にどうしたんだ?」


 サンダーが少し眉をひそめて首を傾げている。ルムが考えていた反応とは全く異なり、第三の恐怖が彼女を襲う。明らかにサンダーは訝っている──ルムにはそう感じられた。


「本当なんですって! 信じてください、ボクは嘘なんか吐いてません!」


 ルムは半ば涙声でサンダーに訴えた。

 財布が消えたという怪奇現象、全財産を自分が無くしたという責任。その怖さを感じていたが、愛する人に「頭がイカレた」という目で見られることは全く思っていなかった。それが彼女の思い込みだったにしても、だ。

 サンダーはルムの顔を両手で包んだ。


「落ち着け。何があったか教えてくれ」


 彼の落ち着いた優しい口調に甘えたい気持ちになり、ルムは目頭が熱くなる。それは恐怖ではなく安堵からだ。


「財布が……なくなったんです」


 サンダーは両手でルムの顔を挟んだまま足下に視線を落とす。


「落ちてはいないな。鞄の中は?」


「ありません」


「俺達以外に人は通ってないから盗まれたくてもできないしな」


 財布をしまっておくような場所を確認してみる。


「ちょっと、あそこ!」


 モディが大声を上げ藪を指さした。ルムもサンダーも顔を上げ、彼女の指す先に視線を送る。

 ルムも、サンダーも、モディも、誰もが我が目を疑っただろう。


 そこには二足歩行の大型のトカゲが二頭いた。背丈は小柄な成人男性くらいだろうか。モディよりは背が低いように見える。そいつらは互いに向き合ってギャギャと鳴いている。


「な……何よあの生き物。モンスターって本当に存在するのね」


 モディは気味悪さと興味深さを()()ぜにしたような目で見ている。ルムも思わず息を飲んだ。


「あ、あれは本物のモンスターでしょうか?」


「本物の、ってどういうこと?」


「ボク達は前にモンスターと遭遇したことがあったんですが、それらは皆『人間の変わり果てた姿』だったんです。ですからあれもそういうものなんでしょうか……」


 ルムは『魔女の棲む山脈』で初めてモンスターを見た。ゴブリン、使い魔、それらはおよそ人間とは言い難い生命体だった。

 しかし彼らは事情があって姿を変えられた人間だった。だからあのトカゲ人間もその類だと考られる。

 トカゲ人間はルム達に見られていることに気付いていないのだろうか、背を向けたまま俯き加減で何かを見ているようだった。ルムはあることに気が付いた。


「あっ!」


 ルムが声を張り上げた。トカゲ人間がこちらを振り返り、奴らが手に持っているものがはっきり見えた。間違いなかった。


「アイツ、ボク達の財布を持っています!」


 トカゲ人間の手には、さっきまでルムの手の中にあった財布が握られている。


「それを返せ!」


 ルムはポンチョから『念導銃』を取り出し、素早く銃口を二頭のトカゲ人間に問答無用で向けた。トカゲ人間はギャーッと一鳴きした。ノイズのようなその声は財布を奪われて憤っているルムの神経を逆撫でする。

 モディも腿のベルトに仕舞っていた短銃を二丁取り出し、両手に構えた。


『ガァァァァァッ!』


 しかし真っ先に飛び出したのは青い大きな体をした怪物だった。地を蹴り、豪快且つ迅速にトカゲ人間に迫る。


「ギャーッ!」


 悲鳴のようなものを上げ、トカゲ人間達は飛び跳ねるように森の奥へと駆け出した。怪物は奴らの背を追い森へと飛び込んだ。

 怪物は行く手を阻む木を体当たりでへし折り進路を確保する。大きな体では木々の間をすり抜けるのが不可能なのか、または億劫なのか避けずに木を倒しながら進んでいる。


「サンダー!」


 森の奥の方から、ただひたすら木が倒れる音が聞こえてくる。その場に残されたルムとモディは顔を見合わせた。


「ボク達も追いましょう」


「アイツが道標作ってるから追いかけられるしね」


 二人は森に入り、木が折れてできた豪快な獣道を辿った。

 しかし追い始めてから五分と経たないうちに金髪の大男が立ち尽くしているのが見えた。


「どうしました?」


「すまない。見失った」


 サンダーは軽く首を振り、申し訳なさそうに呟いた。ルムは彼に駆け寄り、体を見回す。木にぶつかりながら進んだ割りには彼の体に目立った傷はない。やはり怪物と人間は体の強度が違った。


「怪物の足は速いとはいえ、障害物があれば勝手が違う。それにこれ以上走ればただの自然破壊になってしまう」


 サンダーは自分の来た道を振り返った。虚しくなぎ倒されへし折られた木が一本道になっている。それを見つめる彼の表情には哀愁が漂っていた。


「アタイ達……完璧に無一文ね」


 モディの悲しみを含んだ言葉が森に静かに響いた。


***


 森から抜け街道に戻ったが、正直なところこの先どうすればいいのかわからなかった。進む足取りが重く、照りつける太陽が巨大な十字架のように思えた。


「人の気配のあったところを探そう。そこで野宿だ。今日はこれ以上進む気にはなれないからな」


 憔悴しているルムとモディの気を引くためか、サンダーが立ち止まり高らかに言った。もちろん二人には異論はなかった。混乱と憔悴で頭が回らないその一方で、この精神状態で先に進んでもいいことはないとわずかに残っていた心の冷静さが囁いた。

 ゆっくりと歩きながら、周囲に誰かがキャンプを行った跡を探す。人間の匂いが残っていれば臆病な獣なら寄ってこないだろう。


「え?」


 ルムは目を細めて進行方向を見た。何度も目を瞬かせるが、視界に入った『それ』は消えることはなかった。自分達の立っている場所より十メートルくらい先だろうか、道の脇の木の陰に小さな影がある。

 「ねぇねぇ」と言いながらサンダーの腕を引っ張った。


「ルム、どうした?」


「あそこに子どもがいませんか? ボクが幻覚を見ているんでしょうか」


「何?」


 サンダーも眉間に皺を寄せてルムの指す方を見た。


「いや、幻覚なんかじゃない……。確かに子どもが二人いるな」


 ルムはサンダーの袖を摘んだままその子ども達をじっと見た。一人は六歳くらいの女の子で、もう一人は二歳くらいの男の子であろう。顔立ちや服装の雰囲気が似ていることから姉弟かもしれないと思った。

 子ども達もまたルム達をじっと見ている。


──【魔女】は子どもの姿をしていた。あの子達も【魔女】じゃないとは限らない。


 少し前に遭遇した【魔女】のことが頭にあった。だからどうしても会う人会う人、特に子どもには警戒してしまう。

 しかしあどけない表情をしてこちらを見ている子ども達にはあの漠然とした恐怖や不安は感じられなかった。

 女の子の方が首を傾げながらこちらを見つめていたが、やがて男の子の手を引きやや駆け足気味にルム達のいる方へと寄ってきた。


「おねえちゃんたち、お金ないの?」


「え? あ……えと」


 こんな幼い女の子に図星を突かれてしまった。トカゲ人間に財布を奪われたのを偶然見ていたのかもしれないし、話を聞かれていたのかもしれない。それにしても察しが良過ぎるだろう、と思った。

 ルムはしどろもどろになった。女の子の洞察力の鋭さに驚いたのもあるし、子ども相手に事実を暴露して情けない大人と思われてもいいのかと悩む。何より彼女は子どもが苦手だった。

 女の子はルムの前に立ち可愛らしく首を傾げながら言った。


「もしかしてトカゲさんに取られちゃった? うちと一緒だね」


「どういうことかな?」


 サンダーが膝を突いて女の子と目線を合わせながら尋ねた。女の子はモジモジしている。


「あのね、トカゲさんがうちに来るとお金とか大事なものみんな持って行っちゃうの」


「なっ……!」


「ということはこの辺に君が住む町があるんだね」


「うん。おねえちゃん達トカゲさんにお金取られてかわいそうだから、お家においで」


 女の子はそう言うと踵を返し、弟の手を引いてずんずん歩き始めた。ルム達は彼女の予想外の提案に呆気に取られた。

 道をどんどん進んでいく女の子の背を見ながら立ち尽くしていると、彼女は振り返り立ち止まって手招きをした。この様子だとついて行かない限り女の子は家に帰らないような気がする。


「……どうします?」


「せっかく人里まで案内してくれるんだ。それに乱暴なトカゲ人間のいるところをあんな幼い子だけで歩かせるわけにはいかない」


 ルム達は女の子の居るところまで駆け足で向かった。


「おねえちゃん達お名前は何て言うの?」


 名前を使って相手を災厄を降りかからせるというまじないはある。だから名乗るのに警戒する人間も少なからずいる。

 だがルム達はもう既に【魔女】に呪われている。そうである以上その類のものを恐れるのも馬鹿馬鹿しかった。


「サンダーって言うんだ」


「かみなりさん?」


 サンダーは微笑みながら「違うんだ」と言って首を横に振る。


「アタイはモディよ、宜しく!」


「……ルムって言います」


「おねえちゃんルムって言うの? 可愛い名前ね!」


 女の子はルムの反応について食い付きがやたら良かった。ルムはおろおろしながら女の子の顔と隣を歩いていたモディの顔を交互に見た。


「その子はルムのことが気に入ったのよ。いいじゃない」


 モディはニッと笑った。


「わたしはね、アルメリアっていうの。この子はマツリカ」


 女の子は自らを『アルメリア』と名乗り、手を引いている弟らしき男の子を『マツリカ』と紹介した。


***


 女の子の案内を受けてルム達は街道から枝分かれした脇道に入った。

 車が通れるかどうかわからない細い道は両端の木の茂みが天井になり、木漏れ日で薄明るくなっている。熱い日光に照らされ続けたルム達にとってありがたい道だった。


「あそこよ」


 アルメリアが指した先には確かに民家が点々と建っている。町と言うよりはその規模から村あるいは集落と呼んだ方が正しいだろう。

 しかしその様子を見てルム達は絶句した。

 建っている家々は形は留めているものの、壁に穴が開いていたりドアがもぎ取られていたり。どの家にも人為的に破壊された跡が散見される。

 また地面には見たことのない生き物の足跡──おそらくあのトカゲ人間のものだろう──が無数についている。一匹や二匹の足跡ではこんな風にはならない。予想しているよりもトカゲ人間の数は多いのかもしれない。


「こっちこっち」


 呆然と集落を見渡すルム達の耳にアルメリアの弾んだ声が聞こえた。声のする方を見ると、集落に入ってすぐの特に損壊の激しい家の前で彼女がぴょんぴょん跳んでいた。ルム達は思わず言葉を失う。

 その家から、若い女性が飛び出してきた。


「外に遊びに行っちゃダメって言ったでしょ!」


 その怒鳴り声とは裏腹に、女性はアルメリアとマツリカを両腕で抱き締めた。アルメリアは「ごめんなさーい」とおよそ反省の感じられない声色で謝る。その女性はおそらく二人の母親なのであろう。


「おかーさん、あの人達もねトカゲさんにお金取られちゃったの。お家に泊めてもいい?」


 母親は愛娘が指す先を見て目を見開いた。驚くのは無理もない。サンダーという大男がいるからだ。ルム達は軽く会釈した。


「自分の住んでいるところが謎の生物に金品を略奪されていると娘さんから伺いました。俺達もまたその生物に財産を奪われてしまいました。良ければお話を聞かせてもらえますか?」


 サンダーが柔らかな微笑みと口調で母親に話しかけた。彼女はそれでも警戒をしていたが、懐柔されるのは時間の問題だとルムは思った。なぜなら自分も彼のそういうところに懐柔されてしまったのだから……。

 母親はサンダーから目を逸らし、俯いて深刻な顔を見せた。彼女は顔を上げたが、その顔は当惑そのものだった。


「あ、あの……私からは何と言っていいか……。お話ならばこちらに来てください」


 彼女は立ち上がると集落の奥の方へと歩き始めた。その横をアルメリアとマツリカがちょこちょこと衛星のようについて回る。ルム達も彼女の後をついて歩いた。

 集落の中の一際大きく頑丈な造りの家に辿り着くと、母親は扉をノックした。中から年配の女性が顔を出し、二人で話をしている。そして年配女性が怪訝そうにルム達に目を向けた。


「ボク達もトカゲ人間にお金を盗まれて困っています。お話を聞かせてください」


 ルムは思わず声を張り上げた。年配女性は驚いた顔をしている。ここで追い返されたらトカゲ人間と接触し、財産を奪い返す機会を失ってしまうような気がした。

 そして何より……アルメリアが心配だった。彼女の家は他の家よりも壊れ方が激しい。つまり集落の入り口に近い彼女の家が真っ先にターゲットになっているということだ。彼女は一体どれだけ怖い思いをしてきたのだろう。そしてそれなのに優しさを失わない彼女を強いと思った。せめて彼女だけでも安心できるようにしたい、そんな思いがルムの中にあった。

 年配の女性は一度家の奥へと引っ込んだ。奥から何か話し声がする。再び姿を現すと「どうぞ上がって」とぶっきらぼうに言った。不信感と警戒心がダダ漏れだった。

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