ボクとちんちくりん
少女はベッドの上に丈の長い銃を投げ出した。碌なベッドメイキングがされていないのか、衝撃で埃が舞い上がる。
「ああ、もう……。力加減がわからないなぁ……。やっぱりボクは武器を振り回す方が性に合ってるんだよ」
腕を組みながら転がる銃を睨みつけた。剣や槍をこの『念導銃』に持ち替えたのはわずか三ヶ月前だが、武器を振り己を鍛錬した日々が遠い昔のように感じる。
しかし今は非力な身、あの重い剣を振ることはもう出来ない。この世界の誰しもが持つ『念』を変換する『念導器』の一つである『念導銃』しか、彼女が欲する威力を持たない。
自分の技術と腕力を誇っていられた『過去の日々』にしばらく思いを馳せていたが、少女は胃のあたりを右手でさすった。
「お腹空いた……」
この荒っぽい宿にルームサービスなどない。少女は銃を再びポンチョの中に仕込み、部屋から出た。
***
外に出てみれば目に入るのは荒ら家ばかりだ。木造の家々は建てられたままの頃から改装なぞされていないのだろう。壁に穴が開こうが屋根がひしゃげようがお構いなしだ。町をうろついているのはガラの悪い男ばかりで、女子供が安心して外に出られるような環境ではない。
それでもこんな岩山とわずかな植物しかない荒野の最果ての町に宿や飲食店などが存在するのは、訪れる人間が一定数いるからだ。
この町は『魔女の棲む山脈』に最も近い町だ。山脈に入ろうとする人間が後を絶たない。
***
少女は単独で町を歩く。宿に入る前に町のどこに何があるのかは大体把握していた。この町に酒場くらいしかないけど、この姿で入れるかな? と少しの疑念が湧く。
風が吹き荒び、乾いた砂埃が容赦なく降り注ぐ。周囲の視線に気が付いた。周囲の男どもが自分を見ている。こんな幼い女の子がこんな荒くれ者の集う町を一人で歩く姿は珍しいのだろう。もっとも、理由はそれだけではない。少女は溜息を吐いた。
──『女に変えられる』にしたって、何で度を超した美少女になった?
元々の姿だって決して不細工ではなかった。「貴公子」とあだ名されるほどではあった。だからなのかはわからない。元の姿の面影はほとんどない。
周囲のいかがわしい視線を浴びながら彼女は町を歩く。
***
荒ら家と荒ら家の間、暗くなった細い路地から声がした。
「お金持ってないなんて嘘でしょ? ちょっとジャンプしてごらんよ」
「でも、でも、だって……」
カツアゲか。少女は横目でそちらを見た。この町では日常茶飯事なのか、それを気に留める者は他にはいないようだ。路地裏に三人、狭そうに詰め込まれている。肝心の被害者はそいつらの陰に隠れて見えない。
しかしその三人組の姿には見覚えがあった。思わず足を止める。
──アイツらまた人に絡んでるのか?
先程自分に『護衛』を申し出た身の程知らずの男達だ。今度は人から金をせびろうというのか。奴らの浅ましさに他人事ながら呆れた。ここを放っておいたら騎士が廃る。しかもあいつらなら好都合だ。そう思い彼女は立ち止まって三人組の背後から声をかけた。
「今度はカツアゲですか? 人を見た目で判断して痛い目見たのに、懲りない人達ですねぇ」
三人の背が同時にビクッと震えた。振り返った彼らの顔は引き攣っている。彼らが自分の姿を認めたとわかると、少女は豊かな髪をわざとらしくバサッと掻き上げた。
「またボクの『念導銃』の餌食になりたいですか? 今度は外しませんよ。あの崖のように、貴方達の土手っ腹に風穴開けてやりますよ」
少女は言い終えるとポンチョの中に手を入れ自分の『念導銃』の持ち手を引っ張り出した。それを彼らに見えるようちらつかせる。
「げぇっ!」
「出たぁ!」
男達は我先にと路地裏から飛び出し姿を消した。
「ふう……。大丈夫ですか?」
少女は奥で縮こまっていた男性に声をかけた。いや、男性と言うには幼かった。姿で言えば今の自分と同じくらいにしか見えない。身長も今の自分くらいと同じくらいしかなさそうだし、眠そうにトロンとした目には涙が溜まっていた。
「あ、ありがとう」
「いえ。アイツらがボクから逃げ出す理由があったから助けたまでです。たまたまです」
「でも、すごい怖かったの。だから助けてくれて良かったの。お礼させてくれる?」
喋り始めると思った以上に、姿以上に幼い男に少女は肩透かしを食らった。
──悪い奴じゃないんだろうけど、ちんちくりん過ぎてこの町では無防備すぎる。この少年を放っておけばまた厄介事に巻き込まれそうだ。町から出るよう促そう。
少女はそう考えた。
だがグゥという音がした。音の発生源は少女の腹。
「じゃ……一緒に食事でもどうですか?」
空腹は待ってはくれない。ちんちくりんの少年を町から出すのは後回しだ、と思った。
それにしたって二人並んで歩く姿はどう見ても十四、五歳くらいの初々しいカップルにしか見えないだろう。これじゃ一人でも二人でも危険度は変わらないな、と少女は思った。
***
酒場でアルコールを一切頼まないので邪険に扱われたが、二人は山盛りのポテトフライを頬張り、骨付きのチキンにかじりついた。どれも香辛料がきいている。酒向きの味付けだ。
「何でこんなところに一人で来たんですか?」
危なっかしいのに、という言葉が出掛かったところで止めた。少女の質問に少年が答える。
「『魔女の棲む山脈』の麓には見たことない花が咲くって聞いたの。だからね、ぜひ見たくって」
少年ははにかんだ。地味で内向的な趣味と思えるけどそんな理由でこんなところに一人で来たんだ、たいしたものだな。少女はそう思いながらグラスに注がれたジンジャーエールを啜った。
「そっちも何で来たの?」
逆に問われる。
「ボクは山脈に棲む【魔女】に会いに行くんですよ。呪いを解くために」
初対面とはいえ隠し立てするような理由はない。むしろこの姿が生まれつきのものだとは思われたくない。少女ははっきりとここに来た理由を告げた。
「呪い?」
「はい。三ヶ月前のある晩に【魔女】が現れてボクに呪いをかけて去っていったんです。その呪いというのが『女の姿になること』だったんです。つまりボクは元々は男だったんですよ」
「えっ! 男の子だったの?」
「男の子って年でもないんですけどね。十九歳でしたし。あるべきものはないし、ないはずのものはあるし。おっぱい触ります? 柔らかいマシュマロみたいですよ?」
ポンチョをまくり上げ胸を突き出した。
だがブラウスの下の胸は少しばかりの膨らみがあるのがわかるくらいで、決して豊満というわけではない。少年は顔を赤くして首を横にブンブン振った。
「【魔女】ってそんなことするの……」
「信じられなくても現に目の前にいますからね、その被害者が」
少女はややふてくされながら顔にかかった髪を掻き上げる。
少女は「その時」のことを思い出していた。完全な愉快犯と思われる。姿ははっきり見えなかったが、暗闇に浮かぶ白い靄が自分を嘲笑するように見えた。あの光景を一日たりとも忘れたことはない。呪いをかけられたあの晩、初めて鏡で見た姿を自分と認めるまで時間がかかった。後から姿を見た父も母も弟も一様に唖然としていた。実年齢よりもだいぶ幼く輝くような美しさを持つ少女に変わってしまった跡取りを受け入れられなかったのはわかった。
やや躊躇ったのち、少女は少年に告白した。
「元々ボクの家は騎士団長の家柄です。その跡取りが【魔女】の呪いを受けるなんて世間様には言えませんよ」
彼女達の住む土地では人間相手に戦う戦力を「軍」、そして【魔女】への対抗戦力として「騎士」としていた。その【魔女】への戦力の最高峰たる騎士団長の身内が【魔女】の呪いを受けたなどあってはならない。とんだ笑い種だ。
だからその日から半地下の自宅の物置に押し込められた。世間体を気にした両親がその姿から、事実から目を背けるために。そこから自分を助け出したのは三歳年下の弟だった。
***
がちゃり、と鍵の回る音が聞こえた。
「兄様、元気ですか?」
開いた扉からのぞき込むようにして弟は顔を見せた。周囲を気にして小声で話しかけてくる。
「どうした、こんなとこに来たら父さんも母さんも烈火の如く怒るぞ」
「兄様、早く呪いを解いてください。僕に父様の跡を継ぐなんて無理です」
弟は半泣きで訴えてきた。ここから兄を助け出すのは、父の後釜が自分に回ってこないようにあるべき姿に戻ってほしいということだ。確かに弟はそうなるための教育を施されていない。いつも兄に甘え、その後ろをついてきていた。自信がないのはわかるが、呪いを解いてほしい理由としては身勝手ではないか、と思った。
とはいえ、騎士の身として【魔女】の呪いを受けたのはこれ以上ないくらいの屈辱。それを克服するにはやはり自らの手で呪いを解くしかない。ならば弟の誘いに乗る以外なかった。
何とか子供の頃の服を見つけて着る。着られる服はこれくらいしかない。幼い頃から貯めてきたお小遣いをかき集め、袋に詰め込んだ。部屋に置いてあった愛剣を持ってみたが、持ち上げるのがやっとで振り回して戦うなんて出来なさそうだ。これが一番ショックだった。
「これからどこに向かいますか?」
「行く先は一つしかないだろ。『魔女の棲む山脈』に行く」
「そんな……凶悪な【魔女】がいるところに乗り込むなんて……行っちゃヤダぁ!」
「行けって言ったり行くなって言ったり……どっちなんだよ、全く。まぁいいや。ボクが戻ってくるまで家のことは頼むぞ」
「早く帰ってきて下さいね」
旅立ちは屋敷の裏口から、たった一人に見送られてのものだった。
***
話し終わる頃にはテーブルの上の食べ物は皿から消えていた。
少女は目の前の少年を見つめた。この貧弱でちんちくりんの少年を弱虫の弟と重ねたのかもしれない。だからか、自分には結局放っておくことができずに助けてしまった。
「大変だったんだね」
「一番の違和感はアレのポジションが気にならないことが気になることでした」
また少年は赤くなって俯き、プルプル震えている。
「というのは冗談にしても、何より自分を守らなきゃならないのに武器が一つも扱えないというのが悩みどころでしたよ。ですからなけなしのお金で『念導銃』を一挺買いました。これが難しいですね。出力の加減がわからなくて破壊しまくりですよ」
『念導銃』、それは人間の中にある『念』というエネルギー──古くは『魔力』と呼ばれていたが、【魔女】を思い起こさせることからその呼び方は敬遠され、人間の中にある『魔力』を『念』と呼ぶようになった──を弾として装填し放つものだ。装備者の『念』の強さによって同じ銃でも威力が全く変わるのが長所でもあり短所でもある。だからこそ彼女は自分の武器として威力が体格に左右されない『念導銃』を選んだ。
***
「さて。食べ終わったことだし、そろそろ出ますか。貴方はもうここにいない方がいいですよ? やりたいことがあっても、ここは貴方にとっては危険過ぎます。町の外まで送りますから、帰郷した方がいいですよ」
少年は少しばかり考え込んでいたが、コクリと頷いた。
「じゃあ、せっかく知り合ったし、名前聞いてもいい?」
少年の申し出に、少女は少し戸惑った。
「さっきも言いましたけど、家族に迷惑がかかるので本名も出身も言えません。名乗る必要もなかったので仮の名前も無いんです」
「じゃあ、じゃあ、お礼に名前考えていい?」
答える間もなく少年は鞄から分厚い本を取り出した。ぱらぱらめくっていると、鮮やかな花の写真が余すところなく載っているのが見える。本当に花が好きなんだと少女は思った。少年は本を食い入るように見つめ、時々眉間に皺を寄せている。そしてまたページをめくる。
五分くらい経ってから、彼はようやく顔を上げて満面の笑みを見せた。
「『シュトゥルムフート』なんてどう?」
「それは花の名前なんですか?」
「そう!」
さすがにそれが花の名前だと、彼の行動から予測はついた。
だが何の花かまではわからない。
「それは何の花ですか?」
「トリカブト」
「ちょっと……」
なぜ初対面の人間に毒草の名前を付けられなければならないのか。少女は露骨に不機嫌な声を出す。
「あのね、トリカブトの花言葉は『騎士道』と『復讐』。何かキミにぴったりだと思ったの。でも呼びづらいね。『ルム』って呼んでいい? 可愛いよ!」
まくし立てる少年とは反対に、少女は呆気にとられていた。
しかしこの少年は自分の話をきちんと聞き、自分の境遇に沿った名前を考えてくれた。そう思えばしっくりくる。綺麗なままではいるつもりもない。それなら毒になるのも悪くない。
「ありがとうございます。といってもここでお別れですけど。その名前、大事に使わせてもらいます」
自然に口元が緩んでいることは自分でもわかった。少女は元の姿に戻るまで「シュトゥルムフート」……「ルム」として生きようと誓った。(以降この少女は「ルム」と表記する。)
「では貴方の名前を教えて下さい。自分のゴッドファーザーの名前くらい覚えておきたいですから」
「俺はね、ユーチャリスっていうの。よろしくね」
少年は自らを「ユーチャリス」と名乗った。もしかしたら彼の名も花なのかもしれない。ルムはそんなことを考えた。
「長いので『ユー』って呼んでいいですか?」
「うん!」
二人はお互いの顔を見つめ合い、微笑んだ。わずかな時間の邂逅だったのに、別れが名残惜しい。
「てめえら! 大人しくしろ!」
別れを惜しむ時間を裂いたのは、ドアを蹴破る音と足音と威嚇するような怒声だった。十数人の男達が店内の人間全てに威嚇するように銃を構えている。あれも『念導銃』だろう。不審な動きをすれば撃たれてしまう。『念導銃』を持つルムとて、取り出して構えて撃つ暇などない。そんなことしている間に逆に自分が撃たれるだろう。ここはとりあえず男達に従うしかなさそうだと思った。
「そのまま両手で頭を抱えて、床に伏せろ!」
いくら荒くれ者が集う場所とは言え武装集団が突如攻めてきたのだ。誰も抵抗できず、大人しく床に伏せていく。ルムもユーも男の指示に従い、床に伏せた。汚い板の目しか見えないが、耳を塞いでいるわけではない。声は聞こえてくる。
武装集団は次なる要求をした。
「この中で【魔女】に関するものを持ってる奴、本でも宝でも、『知識』でもいい。何でもいい、持ってる奴は右手を挙げやがれ!」
ルムはその要求に拍子抜けした。武装集団の要求にしては随分と曖昧で利益がない。ここまでして【魔女】の何かを得て何がしたいのかわからない。
──【魔女】の呪いがかかっている奴なら、ここにいますけど。
ルムは心の中で主張してみた。無言の訴えは武装集団に当然気付かれるわけがない。
だがまずは助かることが優先。黙って時が過ぎるのを待つ。
「ルム、怖いね」
ユーが小声で話しかけてきた。ルムは全身が粟立った。こんな水を打ったように静まりかえった中だったら、どんなに小声でも奴らの耳に届いてしまう。やはりユーは危機感の足りない子だ、とルムは困惑した。
「おい、今喋った奴! ……お前か?」
二人の一番近くにいた男がユーの首根っこを掴んで引っ張り上げた。ルムも慌てて顔を上げた。男に威嚇されているユーの顔は青ざめて恐怖に歪んでいる。
「待って下さい。貴方達の欲しいものはボクが持っています」
ルムはユーを威嚇する男を制止するように立て膝の状態のまま訴える。
「何だ? 何を持ってるんだ?」
「【魔女】の呪いです」
躊躇うことなくきっぱり言い切った。ユーに話した時と同じように隠し立てする理由がない。男達の顔色が変わった。呪いなどと聞けばいくら何でも腰が引けるだろう。
だが武装集団のとった行動はルムの想像の斜め上を行った。
「お前、じゃあこっちに来い!」
ユーを掴んでいた男が彼を床に放り投げると、すぐさまルムの二の腕を掴んで引っ張り起こした。
「ルムを連れて行っちゃダメ!」
ユーはルムを掴む男に食い下がった。
「その子は【魔女】とは関係ないんです。解放して下さい!」
「ヤダ! ルムにひどいことしないで!」
「うるせぇ! まとめて連れて行け!」
二人はまるで子猫を摘むようにして連れ去られた。
***
目隠しに猿轡、両手足を縛られて床に転がされた。振動がするのでおそらくは車に乗せられたのであろう。砂のざらつきが頬に刷り込まれるような感じがしてひどく不愉快だった。
ユーは大丈夫か。ルムは暗闇の中、一緒にさらわれたユーの心配をした。
「この女、銃なんか仕込んでるぜ。一歩間違ってたら危なかったな」
「とりあえず銃は預かっておくか。こいつ、まだまだ子供じゃねーか」
「……!」
服の中をまさぐられ、胸を掴まれたのはわかった。この三ヶ月の間、自分では数え切れないくらい触ってきたが他人に触られるのは初めてだった。
「小さいな」
「あんまり触るのはやめとけよ。仮にも【魔女】の呪いにかかってるんだからよ」
「そうだな……」
そこで彼らの痴漢行為は終了した。【魔女】の呪いが思わぬ形で身を守ったが、屈辱的であることには違いない。
「こんな可愛いのに呪いがかかってるなんて残念だな」
──その可愛さそのものが呪いの正体なんだよ!
ルムは心の中でそう叫んだ。
***
やがて振動が収まると、目隠しと猿轡、それから足の縄は解かれた。やはりオンボロなトラックの荷台に乗せられていたようだ。
「立って歩け。その建物の中だ」
そこにはそこそこ大きなログハウスが荒野にぽつんと建っていた。乾いた風に吹きさらされて朽ちかけているように見える。ここが何処だかわからないし、叫んでも誰も助けに来ない。逃げても行き倒れになるだけ。おそらくそう踏んでこれらの縛は解いたのだろう。
「ルム!」
呼ばれて振り返ると、半べそのユーがやはり手を縛られたままで立ち尽くしている。
「大丈夫だった?」
「おっぱい揉まれました」
「げっ!」
しれっと言い放つとユーは茹でタコよろしく顔が真っ赤になった。
「あっさり言うなよ。怯えて声も出なくなるんなら可愛げあるのにな」
おそらく犯人の男はばつの悪そうな顔をしている奴だろう。そいつが口を尖らせて文句を言った。
***
男達に前後左右を囲まれながらその建物の中へと入った。中は外観とは裏腹に、シンプルだがセンスのいい調度品が廊下に置かれている。
床に目を落とすと、気になる点がひとつ。置物には傷は付いていないのだが、床には異常なまでにひっかき傷のようなものが付いている。何か尖ったものを引き擦って歩いたとか、そういった傷だ。
「一応確認しますが、これからボクらはどうなるんです?」
顔を上げたルムは隣の男に話しかけた。
「女、お前には俺らのボスに会ってもらう」
「ボス?」
「ああ、俺らを束ねるリーダーさ。今は訳あって外に出ることはねえが」
「そんなペラペラ喋ってもいいんですか?」
ルムは皮肉混じりな言い方をすると、迷彩服の男が言った。
「結局知ることになるんだから、隠すことはねえだろ」
隠すことはない。ルムもその考えには賛同したので、それ以上なじろうとは思わなかった。
***
ルムは一人だけリビングルームのような大部屋に通された。廊下で別れる際にユーは実に不安げな顔をしていた。
「ユーには非道いことしないで下さいね」
「こいつ次第だ」
たった一人で部屋に残された。あとの奴らはユーとともに廊下を歩いて行ってしまった。
両手は縛られているので脱出はできそうにない。仕方なく部屋の中央にいくつもあるソファのうちの、最も大きなもののど真ん中に座った。どっかりと深く腰をかけ、大股を開いて座る。男の時の癖はなかなか抜けるものではない。
部屋を見渡すと床には絨毯が敷かれ、棚には食器、果ては観葉植物まで飾ってある。
──武装集団にしては随分とくつろいだ空間だな。
何故か居心地の良ささえ感じるインテリアに、いけないと思いながらもルムは緊張がほぐれていった。
これはそのボスの趣味なんだろうか──あの乱暴者達の趣味とは到底思えない。別にボスというくらいなのだからセンスがいいだけの狼藉者である可能性だって十分にある。
しばらくソファに座ってぼんやりしていたが、やがてドアを開けて男が一人入ってきた。武装は解いているものの、先程店を襲撃したうちの一人であることは顔を見てわかった。こいつはボスではない、と思った。
「おい、女。ボスが来られたぞ。心して迎えろ」
ルムはもたれ掛かっていたソファの背もたれから体を離し、やや前傾気味に座り直して顔を上げた。今し方自分に声をかけてきた男は扉の横に立っていた。どういう訳か顔が青ざめ引き攣っている。確かに何者かが近付いてくる気配は感じた。
ガリッ、ガリッ……と、何かを削るような音が耳に届いた。足音には到底思えないが、確かに少しずつ自分達のいる方へ近付いてくる。
「ヘヘッ。ボス、こいつです」
男は努めて気丈な言い方をしようとしているが、声が震えていた。
ボスが部屋に入ってきたその姿を見た瞬間、ルムは絶句した。自分の体温が急激に下がっていくように感じるのとは裏腹に、変な汗が全身から吹き出してくるのがわかった。