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装填完了

 少女は前を走る二人組を追いかけていた。

 あいつらが手に持っている鞄には、少女の貴重な旅の資金が入っている。奪われたまま逃げられるわけにはいかない。慣れない町を掏摸スリと鬼ごっこしている暇なんかない。

 彼女は長いウェーブがかった髪を靡かせ走り続ける。その目の前で、犯人の二人組は人目のつかない路地へと逃げ込んだ。


「チッ!」


 少女はその麗しい見た目に全くそぐわない盛大な舌打ちをした。犯人は撒くのに路地裏が都合がいいと思ったのだろう。

 しかし人目がないというのは追う側にとっても好都合だ、この少女にとっては。

 路地に飛び込んだ瞬間、少女は纏っているポンチョの下に隠していた猟銃のような長い得物を取り出す。走りながら銃を構え、正面に向かって撃つ。銃声と共に二人組のすぐ側に放置されていたゴミ袋が爆発する。彼女の銃の精度は彼らを威嚇する程度にしかならない。

 しかしそれで十分だった。なぜなら犯人を捕まえる役目は、彼女ではないからだ。


「サンダー!」


『グァァァァァァァァッ!』


 彼女の背後で雷鳴が轟く。閃光の如き速度で『何か』が彼女の頭上を飛び越え、疾走する。青い体に生えた靡く金色のたてがみは稲妻のよう。

 雷霆は瞬く間に犯人の背後まで迫った。そして犯人達の頭上も飛び越える。そいつらの前に回った『それ』は掏摸という小癪な犯罪に走った悪党の行く手を阻んだ。


「キャーッ!」


 甲高い悲鳴を上げ、二人組はその場に倒れるように崩れ落ちた。へたりこんで全身をガクガクと震わせ、正面に立ち塞がる『それ』を凝視していた。体長二メートルを超える真っ青な鱗に覆われた『怪物』など、奴らは初めて見るに違いない。

 『それ』の裂けた口から覗く鋭い牙と手足の立派な爪で自身の体をズタズタに裂かれる妄想を奴らはしていることだろう。

 しかしその『怪物』はそんなことをしないと少女だけが知っている。腰を抜かして動けなくなった犯人達に近付き、放り出された鞄を奪い返した。


「落とし物を拾い集めてもらう隙に貴重品を奪うような親切心をアダで返すような手口なんかするからこんな怖い思いをするんですよ」


 少女の口調には一切の同情など含まれていなかった。たとえ犯人がハイティーンの女達で、怪物に対する恐怖のあまり己の小便で股間を濡らそうと哀れむつもりはなかった。命までは取っていないんだからと。


***


「サンダー、もういいですよ」


 少女が言うと、青い怪物は俯いた。波が引き砂浜が現れるように、背が肩が腕が青から肌色へ変わっていく。顔を上げたのは口の裂けた化け物ではなく金髪碧眼の大柄な美丈夫だった。


「ルム、どこも怪我はないか?」


 その金髪の大男は小柄な少女の体を見回す。少女は髪をバサッと掻き上げ、自慢するような口振りで言った。


「ボクが掏摸を追いかけるだけで怪我をする訳ないじゃないですか? 騎士たる者そんな鈍くさくないですよ」


 いかにも涼しげに答えた。

 しかしすぐにふてくされた顔に変わる。


「それにしても遭遇するのはああいう軽微な犯罪者ばかりで、未だに【魔女】とは会えてないんですよね……。追いかけたいのはあんなんじゃなくて【魔女】なのに!」


 少女は悔しそうに文句を垂れた。


 少女達の旅の目的は彼女の言う通り「【魔女】に会うこと」である。

 それも「自身に『呪い』をかけた【魔女】」にである。


 少女は仮の名を「シュトゥルムフート」といい、【魔女】に女に変えられた『元』男である。愛称は「ルム」としている。仮の名は「復讐」「騎士道」という意味を持ち、友人に付けてもらった大事な名前だ。


 男は仮の名を「サンダーソニア」といい、【魔女】に怪物の姿を与えられた。愛称は「サンダー」としている。怪物時の雷鳴のような鳴き声に由来しているわけではない。綴りが違う。


 ルムは額に滲む汗を手で拭った。拭っても拭っても汗は筋になって顔を滑り落ちる。


「さすがにアジトを出たときの格好のままじゃもう暑いな。薄手の服を買うか?」


「まあ買ったところでこのポンチョは手放せませんけどね。銃は隠せるし、自分が女の体をしていることを見なくて済みますから」


 旅立ちは花の咲く穏やかな時期だったが、季節は夏に入ろうとしていた。

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